36章 深淵窟異常あり 10
そんなわけで土曜日になった。
『ヴリトラ』には朝からほぼフルメンバー集合である。もちろん目的はダンジョン探検だ。
今いるのは、青奥寺、双党、新良、レア、雨乃嬢、絢斗、三留間さん、清音ちゃん、リーララ、九神、宇佐さん、そしてルカラスだ。なおカーミラは臨時の仕事である。
全員で同じダンジョンに行っても渋滞するだけなので、引率を俺とルカラスにして2班に分けることにした。
俺の方は守る必要がある清音ちゃん、三留間さん、九神は外せない。となるとリーララと宇佐さんまで確定となる。
ルカラスの方はもともと武闘派の青奥寺、双党、新良、雨乃嬢、レア、そして絢斗を振り分けた。絢斗はもともと三留間さんのボディーガードではあるが、今日は俺に任せてもらうことにする。
全員に『ハイポーション』を配り、ルカラスには『エクストラポーション』まで渡しておく。これで万一の事態もないだろう。もちろん少女アンドロイド兵もついていくのでさらに安心だ。これが実戦訓練? と言われると返す言葉もないが、教師の引率モードだと思ってもらうしかない。
出発前に雨乃嬢が、
「まさか寝取られ弱者の宇佐朱鷺沙に出し抜かれるとは……!」
とか言っていて、それに対して宇佐さんが、
「そもそも雨乃は寝取られる資格がないのではありませんか?」
と勝ち誇ったように言っていた。よくわからない戦いがそこにはあるようだ。
見ると青奥寺と九神の間でもなにかアイコンタクトというか、じっと睨む青奥寺対余裕の九神みたいな対立があるのだが……まあこの2人はライバルだからそこは仕方ないのかもしれない。
「よし、じゃあ行く先はルカラスたちが『鉱山ダンジョン』、俺たちが『密林ダンジョン』な。時間は4時間を目安に、ボスを倒して帰還すること。手に入れた素材やお宝は、『ヴリトラ』に戻ってから山分け。それでいいな」
「は~い! お宝お宝~」
「楽しみでぇす!」
「お兄ちゃんに認められるよう頑張ります!」
と士気はすこぶる高い。
「ルカラス頼むぞ。まあメンバーがメンバーだから手間はかからんとは思うが」
「任せておけハシル。ハシルの後宮は我が全力で守ってやろう」
「だからそのネタはもういいっての」
胸を張る人化古代龍を小突いてから、『ヴリトラちゃん』に転送を指示する。
同時に転送され、俺たち6人は次の瞬間密林の中にいた。
「すごい! これがジャングルなんですねお兄ちゃん!」
「ただの森でしょ。清音はお子様だね~」
「リーララちゃん、そんな冷めた態度は逆にカッコ悪いよ?」
「べ、別にカッコつけてるわけじゃないし~」
などという年少組のやりとりにほっこりしつつダンジョンへと入る。中は前と変わらず密林型のダンジョンで、出てくるザコモンスターも変わらない。
とりあえず奥からEランクの『フレアクロコダイル』が4匹、頭のトサカを揺らしながら歩いてくる。
「一応『アロープロテクト』をかけておくけど、向こうが吐いてくる火の玉はできるだけ避けるか魔法で相殺すること。リーララは基本見てるだけで必要な時に援護な。じゃあどんどん撃ってよし」
俺が許可を出すと、清音ちゃん、三留間さん、九神、宇佐さんは利き手を前に出して初級魔法を撃ちだし始める。初級とはいえ4人での魔法斉射はなかなか見応えがある。
やはり特に強力なのは清音ちゃんと三留間さんだ。この2人は魔力発生器官の力も魔力の制御力も高い。同じ初級魔法でも威力が倍くらいになっているだろう。九神も始めるのが遅かった割には威力が高い。
時々フレアクロコダイルが口を開いて火の玉を吐いてくるが、全員反射神経もかなりいいらしく、素早く避けたり『ウォーターカッター』で相殺したりと上手く対応している。
接近を許したら俺とリーララの出番になるはずだったが、4匹のモンスターを危なげなく倒してしまった。
「先生、魔石の他になにか落ちてます」
三留間さんがそう言って持ってきたのは、丸められたワニ革だった。
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フレアクロコダイルの革 Eランク素材
フレアクロコダイルの革。
ワニ革として品質が高く、服飾品などの材料になる。
難燃性が高い。
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「見たまんまのワニ革だね。財布とかバッグとかになるやつだ」
「倒すだけでそのようなものを残すなんて不思議ですね」
「ダンジョンの不思議なんだよね。誰が用意しているのかって異世界でも考えている人間はいたよ」
「答えは出たのですか?」
「いや全然。なにも考えないで利用していた方が利口って感じだったよ」
「人間ってしたたかなんですね。こんなダンジョンがいっぱい出てきたら、たとえばこのワニ革で作られたバッグとかが売りに出されるんでしょうか?」
「俺が行った世界ではそうだったね。ベストとかも作られてたよ」
清音ちゃんも興味深そうにワニ革を見ていたが、これで作ったお財布欲しい? と聞いたらいらないと即答されてしまった。まあ子どもが欲しがるものでもないか。
「九神のところではワニ革は扱ってないのか?」
「もちろんそういった部門もありますわ。こちらの革をいただければ、製品にして先生の贈呈いたしますけれど」
「さすがに俺が持つようなものにはならなそうだ。よければ持って行って製品にできるか試してみるか?」
「いただいて参りますわ。継続して採取できてこちらに卸していただけるなら、もしかしたらいい定番の製品になるかもしれません」
「そんな上手くいくとも思えないけど、まあ頼むわ」
せっかく素材が取れるのに使えないのも勿体ないからな。ダンジョン産の素材は品質が高い上に安定しているので、製品を作るにはもってこいだったりするし。
4人に魔法を使わせまくって進んでいくと、地下への階段が見えてくる。
「ここから素早い奴が出てくるから注意な。危なくなったら俺が助けるから冷静に狙うこと」
と注意をして地下2階に下りていく。
地下2階で現れるのは前回同様『レイジングエイプ』。壁を蹴ったりして飛び跳ねながら近づいてくるトリッキーな奴だ。
清音ちゃんたちは最初は接近を許して俺やリーララに助けられていたが、途中からは動きを読んで魔法を当てられるようになっていた。2人で連携して、1人が牽制1人が狙撃みたいなことも練習させる。うむ、やはり実戦に勝る練習はないな。
休みながら進み、4時間弱でボスの間の前までたどり着いた。
「清音ちゃん疲れてない?」
「大丈夫です! ボスも頑張ります!」
と両手に拳を作って力を込める清音ちゃん。そのほっこりする動作に俺がつい頭をなでてしまうと、清音ちゃんは「もっとなでてください!」と身体をすり寄せてくる。
もちろんそれを見て不機嫌になるのはリーララだ。
「おじさん先生ここで本性出してくるとかサイテーでしょ。身体を触らせないとダンジョンから出さないとか言い出しそう」
「一言も言ってないだろ。お前も可愛げを見せればなでてやるぞ」
「うわっ、わたしまで狙ってるとか言い始めたし。九神先輩はこういうのはどう思いますか~?」
「今のは私もなでたいと思いましたから仕方ないと思いますわね」
「ええ~? でも先輩がなでるのとおじさん先生がなでるのは意味が違うと思いますけど~」
「意味は同じだと思いますわ。リーララさんもなでてもらった方がよいのではなくて? わたくしくらいの年齢になるともうなでてももらえなくなるのですのよ」
「おじさん先生にはなでてもらわなくてもいいかな~」
九神にあてつけるつもりが、アテが外れてちょっと勢いが落ちるリーララ。初めて見るパターンかもしれないな。
まあそれはともかく、九神も面白いところがあるんだな。
「九神もなでてほしいと思う時があるのか?」
「ええ。もちろん相手によりますけれど、相羽先生なら望むところですわ」
「そういうものか」
と俺がうなずいていると、三留間さんも少し慌てたように、「私も先生にならなでられたいです!」と力を込めて言ってきた。う~ん、女子にはそういう習性があるのだろうか。嫌がられるってどこかで見た気がするんだが。
宇佐さんまで眼鏡の奥から物欲しそうな目で見てくるので、大人でも褒められたいということか。そういうことなら納得だが、頭をなでていいのはせいぜい初等部くらいまでだろうなあ。
「よし、じゃあボスに挑戦しようか。ここのボスは深淵獣で言うと特Ⅰ型に相当するから、宇佐さんはいつもの武器で戦ってください。
「頑張ります!」「は~い」「かしこまりました」
という返事を聞いてボスの間へ。
『ジェノサイドパンサー』は強敵ではあるが、宇佐さんなら体術で負けてはいない。
宇佐さんが一撃与えて動きが止まったところを3人で魔法攻撃、などと連携をして、危ないところは俺が蹴り飛ばし、特に問題なく討伐は完了した。
宝箱は清音ちゃんが開ける。出てきたのは魔法の杖だ。杖頭に水晶がついた短めのもので、完全に魔法を使う時用の武器としての杖である。
清音ちゃんに使わせてみると、魔法の発動が早くなり、威力も3割増しくらいになっている。まあまあ強力な杖だ。
「これすごいです。杖があると魔法の感じが全然違うんですね」
「そうだね。単純に魔法を練習するときは素手の方がいいんだけど、実際戦う時はこういう杖とか使うのが普通なんだ」
「じゃあ次ダンジョンに来るときは使えますね!」
「そのためには杖を使った練習もしないとね。これは練習用でみんなで使うようにしようか」
「それがいいと思います!」
う~ん、双党にも見習ってほしいこの無欲さ。
俺はまた清音ちゃんの頭をなでてしまう。
するとリーララは不機嫌になり、三留間さんは少しうらやましそうな顔をして、宇佐さんはこちらをチラチラと見始める。九神がただ笑っているだけだったが、微妙にそわそわしているのを勇者の目は見逃さなかった。
やっぱりみんな褒められたいんだな。