36章 深淵窟異常あり 09
『ヴリトラ』の食堂は全部で3か所あるらしいのだが、俺たちが入ったのは収容人数50人くらいの比較的小さな士官用の食堂である。
厨房には3人のコック姿のアンドロイド少女がいてこちらの様子をうかがっている。
テーブルにはすでに20皿ほどの料理が並べられていた。確かにすべて魚介料理のようだが、焼き魚やムニエルや煮つけやといった分かりやすい料理はもちろん、魚の姿など影も形もないほど手の込んだ高級そうな料理までが並んでいる。当然俺がリクエストした寿司も並んでいる。
『こちらには有毒物質は一切入っておりませんのでご安心してお召し上がりいただけます』
と『ヴリトラちゃん』が逆に微妙に不安を煽ることを言ってくるが、銀河連邦の科学力を信じて食べることにする。まあ一応『アナライズ』もして調べたが。
席も用意されていたが、料理が多すぎるので自然と立食パーティ状態になる。
「どれも美味しいですお兄ちゃん! このフライが特にお気に入りです!」
「魚あんまり好きじゃないけどこれなら食べられるかな~」
と清音ちゃんとリーララの年少組の評判はいいようだ。
「オウ、ワタシお寿司大好きでぇす。でもサシミだと普通の魚と変わらないでぇすね」
「これはそれなりの格のレストランなどで出しても十分通用する味ですわね」
レアの感想は確かにその通りなのだが、昨日見た感じだと出てくる魚介類は地球にあるものばかりだったので仕方ない。
それとガチのお嬢様、九神が太鼓判を押してくれたのは大きい。アンドロイドレストラン経営も視野に入れていいかもしれない。ただアンドロイドが食品衛生責任者とかの資格を取れるのかどうかはわからないが。
俺もいくつか食べてみたが、鮮度も高く非常に美味かった。調理場からこちらの様子をうかがっているアンドロイド少女料理人たちにサムズアップをしてみせると、彼女たちは嬉しそうな顔をしてハイタッチを始めた。銀河連邦の科学技術さん芸が細かすぎませんかね。
「しかし皆夕食食べてきてるんだろう? よく腹に入るな」
「魔法を使っているとお腹が空くんですよね~」
「魔力はかなりのカロリーを消費すると思います」
双党と新良が答えると、ほかの娘も食べながらコクコクとうなずいた。
まあ確かにそうだけど、でもさっき食べたばかりのものがすぐ消えるわけじゃないと思うんだが。
「先生、女の子は普通に食べるときはかなりセーブしてるものなのよぉ。だからこれくらいなら入らないことはないの」
というカーミラの言葉に女子の大変さを感じてしまう。
もっとも青奥寺たちバトル組はいくら食っても太ることはないだろうが。
「そういえばイグナも呼んでやってくれないか? 魚好きだろ、猫獣人だし」
『了解しました』
すぐにイグナ嬢がやってきて、挨拶もそこそこにすごい勢いで料理を食べ始めた。
「これすごい美味しいです~。こんな料理を作らせるなんて、急にどうしたんですか~?」
「ダンジョンから魚とかが取れるようになったから試作させたんだ。それよりイグナ、また夕飯抜いてたろ?」
「だって『ウロボちゃん』さんといるといろいろ研究が楽しいんですよ~」
「だからって食事を抜くな。というかそろそろ弟のもとに行く気はないのか? レグサからも来るように言ってくれって頼まれてるんだが」
「別に生きてればいいですよ~。ハシルさんが時々転送で行くことを許可してくれればそれでいいです~」
「いやしかしなあ……」
イグナは研究者肌……とういよりかなりマニア気質なので、趣味の研究に没頭すると空腹を感じない性質らしい。
実は一度、『ウロボちゃん』と一緒に『次元断層ドライバ』研究をしていた時、3日間ほど飲まず食わずをして倒れた時があったとか。以後『ウロボちゃん』が常に彼女のバイタルチェックを行い、生活習慣を管理しているとのこと。
「ところで今はなんの研究をしているんだ?」
「それなんですけど、実は『次元断層ドライバ』を上手く工夫すると、ラムダドライブとはまったく原理の違う、遠距離移動技術が作れるようなんです~」
「それはつまり……さらに遠くまで一瞬で行けるようになるってことか?」
「そうです~。『ウロボちゃん』さんにいろいろ宇宙のこととか教わったんですけど、この技術が完成すれば、銀河連邦の主星まで5分くらいで行けるようになりそうなんですよ~」
「すまんそのすごさが分からん。新良ちょっと来てくれ」
「なんでしょうか?」
「今イグナが新しい遠距離移動技術を研究しているらしいんだが、銀河連邦の主星まで5分で行けるようになるらしい。それってどれぐらいすごいんだ?」
と聞くと、新良は急に指で眉間を押さえて難しい顔をした。
「それは……もし実現したら、銀河連邦の技術者や科学者は揃って倒れますね」
「そうなのか?」
「ええ。銀河連邦では、現在恒星間航行の主流であるラムダ航行のさらなる改良を進めているところですが、もちろんそれは一気に移動速度が変わるものではありません。例えばここ10年の研究で上昇した速度は5%くらいです。もちろん次世代の航行技術の研究は進められていますが、その実現には現行の艦載ラムダドライブの100倍ほどのエネルギーが必要と言われています。しかも速度の上昇は10倍が目標と言われています」
「なるほど」
「主星まで、地球からラムダ航行で行ったとするとだいたい36時間、2160分かかります。5分で行けるとすると2160分の5、つまり432倍の速度が出るわけです」
「あ~そりゃ驚きの数字だな」
「移動速度というのはそのままその勢力の版図の広さに影響を与えます。流通や経済面での影響も計り知れません。もちろんコストの問題もありますが……」
「たぶん使用エネルギー量は格段に減りますね~。10分の1くらいになるって『ウロボちゃん』さんが言ってました」
イグナが寿司を頬張りながらあっさり言うと、新良は眉間に皺まで寄せ始めた。
「パラダイムシフトすら引き起こしかねませんね。申し訳ありませんが、もしその移動機関が完成したら、局長に報告しないわけにはいかないかもしれません」
「そうなるか。俺からも話さないといけないこともあるし丁度いいか」
「先生から局長に? 珍しいですね」
「銀河連邦にも関わることだからな。まあその前に九神の父上とかに話すのが先だが」
「あら先生、なんのお話でしょうか?」
九神がエビフライの載った小皿を片手にやってくる。
「ダンジョンが今後も増えるかもしれないって話さ。しかも素材が取れるようになるから、色々とその処理も考えた方がいいんじゃないかってこともかな」
「先生のお持ちのお知恵をお借りできるということですの?」
「必要があれば教えるさ。といっても錬金術とかそっちは全然知らないんだが」
ダンジョンの素材が現代地球で手に入ったとして、それがどこまで文化文明に影響を与えるかは未知数だ。
正直ここまで文明が進み人口が増えた地球では、多少新しい素材が手に入っても、そこまでの影響は起きないとも思う。
例えば今回見つかった鉱山系ダンジョンでミスリルやオリハルコンが手に入ったとしても、1日にせいぜい数百キロとかいう程度の産出量しかない。世界で使われる金属の総量からいったら海とバケツの水くらいの差があるだろう。
結局は極一部の金持ちとかの嗜好品にしかならないと思うのだが、さすがにそれは勇者でも読めない話である。