36章 深淵窟異常あり 06
ダンジョン発生の件はその日のうちに九神父の仁真氏に報告をした。
するとなんとその3日後の夜には、ダンジョンに関する報告・会議の場が設けられた。
場所は九神グループの総本山、都内にある九神総合商社ビルの最上階に近い会議室である。
参加者は九神仁真氏、青奥寺父の青奥寺健吾氏、『白狐』局長東風原氏、そして驚いたことに俺の勤務する明蘭学園の明智校長、そしてアメリカの特務機関『アウトフォックス』のグレアム・クラーク氏までがそこにいた。特にクラーク氏はこの会議のために日本に来たらしいのだが、一体どれだけフットワークが軽いのだろうか。
会議室は映画とかに出てくるような近代的、というよりいっそ未来的な装いの部屋で、大きな円卓のそれぞれの席の前には端末やらモニターやらが設置されている、一般人だと気後れするような雰囲気の場所だった。
この場で議長的な役割を務める仁真氏の隣に俺は座らされた。まあ特別顧問みたいな扱いなので仕方ない。
全員が席につくと、早速仁真氏が話を始めた。
「皆さま遠いところまでご足労いただきましてありがとうございます。遠隔会議ですませることも多い昨今ですが、事の重大さに鑑み、このように直接顔を合わせての会議をしたことをまずはご了承ください」
皆その辺りは分かっている人間なので黙ってうなずくのみだ。
「では早速本題に移ります。皆さんご存じの『常在型深淵窟』ですが、今から10日前に異変が確認されました。具体的には、出現する『深淵獣』の形態に変化が現れたのです」
と言いながら仁真氏が端末を操作すると、それぞれの席の前にあるモニターに見慣れた『深淵獣』の写真が表示された。元の姿と、姿が変わったものが分かりやすく並べられて表示される。
「この異変について、2日前に相羽先生に調査をお願いしたところ、『常在型深淵窟』に大きな変化が現れていることが分かりました。
モニターの表示が変化し、『常在型深淵窟』に地下構造が新たに見つかったという表示がなされる。しかもご丁寧に3DのCGつきなのだが、実は一昨日『ウロボちゃんず』を潜らせて作らせたものである。
「相羽先生によると、この新たな地下構造は『ダンジョン』と呼ばれるもので、簡単に言えば、『深淵獣』とよく似た『モンスター』が多数徘徊する迷宮であるそうです。実際に調査をしましたが、確かにその通りのものでした」
この説明には、事前に話を知らなかった明智校長だけが少し驚いた顔をした。他のメンバーは全員娘や部下から話を聞いているのでうなずくだけである。
「さらに重要なのは、この『ダンジョン』の最奥部には『ダンジョン』の主のような存在がいることです。それはより強力なモンスターということになりますが、これを倒すと、不思議なことに宝箱が出現するのです」
モニターに、『赤の牙』とドラゴンラーヴァの戦いの動画が映し出される。パッと見るとよくできたCGか特殊撮影にも見えるが、ここにいる全員はこれが事実だと知っている。
モニターの中の『赤の牙』は危なげなくドラゴンラーヴァを倒す。さすがに強い連中だ。問題はそのあと、ドラゴンラーヴァの死骸が消えた後に宝箱が出現したことだ。レグサ少年がその宝箱を開くと、中からは金塊ではなくアロマポットのような魔道具が現れた。形状は近代的だが、中身は魔力によって結界を張る魔道具である。
今まで特に反応をしていなかった面々も、その映像を見てはさすがに多少表情を動かした。なにしろあまりに不思議な映像である。何もないところからいきなり物が出てくるという、物理法則を足蹴にして唾をかけるようなレベルのものなのだ。
「今見ていただいた宝がこちらです」
仁真氏は、傍らにあった大きな携帯用のケースを開き、『結界の魔道具』を取り出した。見た目はやはり樹脂製の白い卵型アロマポットに見える。
「こちらは、相羽先生に調べていただいた結果、『結界の魔道具』というものであることが分かりました。結界というのは、簡単に言えば透明な壁のことです。試しに使ってみます」
仁真氏が魔道具の頭を押すと、魔道具全体がほのかに光り、続いて仁真氏の周囲にわずかな空気のゆがみのようなものが発生した。
「青奥寺さん、すみませんがそちらの棒で叩いていただけますか?」
仁真氏に言われるままに、健吾氏は壁に立てかけてあった鉄パイプを取って野球のスイングでまずは軽く結界を叩いた。当然カーンという高音とともに跳ね返される。仁真氏の指示で今度は全力のフルスイングで叩くが結果は同じだった。健吾氏がしびれた手をさすりながら席に戻る。
「この結界は軽量ライフル弾までなら貫通しないことを確認しています。相羽先生の見立てだと、携帯用のロケット弾までなら余裕で耐えられるそうです」
その情報に反応したのは東風原氏とクラーク氏だ。特に反応が大きかったクラーク氏はアメリカの軍ともつながりがある人物である。この結界の魔道具がどれほど価値のあるものか、すぐに察したことだろう。
「なお、さきほど討伐されたダンジョンの主ですが、すでに2回討伐しております。つまり一定期間を置くと復活するらしいということです。そして最初に相羽先生が討伐をしたときは、10キログラムの純金のインゴットが出ました。あの宝箱の中身は毎回変化するようです。今後も継続して討伐をして確認は取りますが、もし今後も継続して宝箱が出現するとなると、少し面白いことになりそうです」
一通りの話を終えたという風に、仁真氏はそこで言葉を長く切った。
集まった面々も、そこで大きくため息をついたり深呼吸をしたりしている。まああまりに突飛な話には違いない。
その後クラーク氏や東風原氏が『結界の魔道具』を実際に使ってみて、その効果を確かめていた。2人は俺から見てもデキる男たちなのだが、さすがに自分の身で魔道具の性能を確認した後は、しばらく言葉を失っていた。
再び全員が席に着くと、まず明智校長が挙手をした。
「九神家では、そのダンジョンで発見された金塊や魔道具はどのように扱うつもりなのでしょうか?」
「私たちとしても、それはとても悩ましい話です。少なくとも半年は様子を見て、どのようなものが手に入るかを確認した上で、外には出さないつもりでいます。もちろん内内では研究をしますが、相羽先生の見立てでは魔道具は非常に特殊な材料が使われていて、この世界の科学では複製などは難しいとのことです」
次に手を挙げたのはクラーク氏だ。
「その魔道具を、こちらにも融通してもらうことは可能でしょうか?」
「それについては残念ながら九神家だけで判断することはできません。上のほうで話がまとまれば、ということになるでしょう」
「了解しました。どちらにしろ、この話は上にあげないわけにはいきませんな」
「だと思います。さて、実はこのダンジョンについて、もう一つ問題があるようなのです。それは相羽先生の方からお話いただきましょう」
と仁真氏が言うと、皆の視線が一斉に俺の方に集まった。とはいえ全員知っている人たちなので特に緊張することもない。
「では私から一つ。このダンジョンですが、今後地球上のあちこちに出現する可能性があります。恐らく例の『深淵獣』と同根の現象なので、『深淵獣』が出現した場所や地域に発生する可能性が高いと思われます」
実は一番問題になるのがこれだった。『導師』こと『魔王』がこちらの世界に来て世界の法則に変化が生じたのだとすれば、ダンジョンが他にも現れる可能性は高かった。もしそれが実際に起こったら、下手をすると社会システムまで変わりかねない。実際異世界ではダンジョンに頼ったシステムが構築されていたし、今の異世界もダンジョン産の魔道具が重要な役割を担っているという話だった。
ともかくダンジョンが増えるかも、という話は結構な衝撃だったようで、皆一瞬黙ってしまった。
すぐに手を挙げてきたのは東風原氏だった。
「ダンジョンが増えるとどういう問題が生じるのだろうか?」
「ダンジョンは放っておくと、中にいるモンスターがどんどん増えていって、増えすぎるとそのモンスターが一斉に外に飛び出します。異世界では『オーバーフロー』と呼んでいましたが、それが発生すると大災害になりますね」
「つまりダンジョンは発見次第管理をしないといけないということだね」
「そうなります」
「ふうむ……」
次に手を挙げてきたのは健吾氏だった。
「相羽先生には、このダンジョンの出現の原因に心当たりがあるとうかがっています。それは本当なのでしょうか」
「憶測に近い話ですが、自分が過去に戦って倒した『魔王』という存在が復活して、こちらの世界に渡ってきています。今はどこか遠くの星に隠れてるようなのですが、恐らくその『魔王』の影響だと思います」
「『魔王』……つまりその元凶を倒せば、ダンジョンは現れなくなるということですか?」
「自分が倒した時はそうなったと聞いています。ただ残念ながら、『魔王』の居場所は全くわかりませんので、当分の間はダンジョンと付き合うことになると思います」
奴はそのうち攻めてくると言っていたけど、それはまだ黙っておこう。面倒くさいし。
すると次はやはりクラーク氏が質問をしてきた。
「もしダンジョンが見つかった場合、たとえば軍などで対応は可能なのだろうか?」
「ダンジョンのモンスターは基本的に『深淵獣』と同じで、こちらの世界の通常兵器は効果が低いはずです。魔力を扱う武器が必要ですね」
「もしダンジョンが見つかったら、ミスターアイバの手を借りることは可能だろうか?」
この質問には、やはり全員の目が集まった。まあ一番重要なことではあるからな。
「ケースバイケースですね。青奥寺家や『白狐』や九神家のように、人員をそちら持ちで、という形であれば協力はできると思います。もちろん相応のものはいただきますが」
「それはもちろんだ。その時は是非お願いしたい」
「連絡をいただければ対応しますよ」
と言っておくが、当然『ウロボちゃん』『ヴリトラちゃん』には全地球レベルでの監視はすでに頼んである。発生すればまず俺のところに連絡が来るので、地元での対応が可能になるまでは謎の少女アンドロイド部隊が対応することになるだろう。
問題は日本アメリカ以外に発生した時だが、それはまあその時に対応しよう。
そのあと具体的な対応策などが話し合われたりしたが、そこでは俺の出番はほぼなかった。
ちなみにこの場に俺の知り合いしか来ないのは俺に対する配慮らしい。仁真氏や東風原氏によると、国の方には「他の人間を入れたら相羽がヘソを曲げるぞ」と脅しているらしい。まあそれはそれで間違ってはいないので、こちらとしてはありがたい。
なおこれは誰にも言っていないが、この会議の様子は新良の宇宙船『フォルトゥナ』経由で銀河連邦のライドーバン局長も聞いている。すでにいくつかの惑星で『深淵窟』が現れている銀河連邦でも、間違いなくダンジョンは現れることだろう。