35章 『応魔』殲滅作戦 08
四本の腕で構えをとるトカゲ頭の『公爵位』2匹。
鈍く光る鉤爪を、殺意を持って俺に向けてくる。
『王を狙って来るものは排除せねばならぬ』
『せねばならぬ』
そう言うと同時に2匹の『公爵位』は距離を詰め、合計8本の腕を超高速で突き出してきた。もちろんその先端の鉤爪で俺を突き刺し引き裂こうというのだろう。
俺は瞬時に『魔剣ディアブラ』を取り出して、その凄まじい超速の連撃を弾きながら躱していった。当然こちらも反撃を加えるが、『公爵位』は超反応で俺の斬撃を鉤爪で防いでくる。
俺は『高速移動』で距離を取る。一瞬の攻防で、『公爵位』の『親衛』が、『特Ⅱ型』を超える力があることはわかった。ただ『特Ⅲ型』にはまったく及ばないだろう。強さとしては魔王軍四天王と同等クラス。とすれば今の俺なら2匹いても相手にはならなそうだ。
『これは危険な相手だ』
『必ず排除せねばならぬ』
『公爵位』の鉤爪が赤い光を放つ。その光は、次の瞬間真紅の刃となって飛来し俺を襲う。飛び道具だがその数がヤバい。なにしろ鉤爪は一匹につき12枚あるのだ。2匹で24枚の鉤爪から連続で放たれる赤い刃は、さながらマシンガンの銃弾のよう。しかもその一つ一つが銃弾など比較にならない破壊力を持っている。普通のドラゴンくらいなら瞬時にズタズタにできそうだ。
とはいえ、俺の『隔絶の封陣』を破ることはもちろん叶わない。しばらく赤い刃を放っていた『公爵位』もまるで効果がないと気付いたか、その技を使うのをやめた。
『我らの裂爪波がまるで効かぬ。これは必ず排除せねばならぬ』
『王のもとに行く前に排除せねばならぬ』
しかしどうしたものか。いくらなんでも王と話し合いに行くのに、門番を殺すのはさすがに問題だろう。かといってこのレベルの奴を生きたまま無力化するのは、さすがに勇者であっても簡単ではない。
と悩んでいたら、王の部屋につながる扉が開いて、そこから一体の『応魔』らしき者が姿を現した。
身の丈3メートルほどの、こちらはほぼ人間に近いシルエットの奴だった。しなやかそうな筋肉質の身体、顔はギリシャかどこかの西洋彫刻の男性像のそれのように整っている。肌はうっすらと青みがかった暗灰色で、表皮の光沢からすると質感は金属に近い。上半身は裸であるが、下半身はびっしりと鱗に覆われていて、派手なズボンを履いているようにも見える。灰色の長髪が背に流れ、側頭部から突き出たツノは、湾曲して天を衝くよう伸びていた。
『なにごとか』
いきなり現れた『応魔』の声は、他者を威圧し従わせるに十分な迫力があった。いや実際『服従』とか『支配』とかそのあたりのスキルが乗っているような声である。
その問いに、2匹の『公爵位』は膝を折って頭を垂れた。
『こちら、王の命を狙う不届き者』
『排除せねばならぬ者でございます』
『それはまことか?』
こちらは俺に対する質問らしい。
「いや、俺は話し合いに来ただけだ。こっちの2人が勝手に勘違いして攻撃してきただけだよ」
『そうか。お前は空に浮かぶ船たちの主だな?』
新たな『応魔』は、どうやら外の様子を知っているようだ。
「そうだ。こちらには十分な戦力がある。それを前提に王と話をしたい」
なんか黒船来航みたいな感じになってるが、まあ『話し合い』にそういった圧力はどうしても必要である。
向こうもそれを察したのか、かすかにうなずくような仕草を見せた。
『よかろう、こちらへ参れ。余が『応魔』の王。お前の話、聞かせてもらおう』
おっと、どうやら『王位』は、ひとまず話が通じる相手のようだ。
ただまあ、この先もずっと通じるとは限らない……というか、十中八九話は決裂しそうな気はする。
なにしろ王を名乗る目の前の『応魔』の姿に、俺はすごく見覚えがあるからである。
王の間は、やはりひたすらにだだっ広い空間であった。壁や床はすべて、黒い光沢のある石のようなもので作られている。
広い部屋の奥に一段高くなった雛壇があり、そこに玉座と思しき大きな椅子が鎮座している。
『応魔』の王は、その椅子に腰を掛けると、俺の顔をジロリと眺めてきた。
『して、まずお前は何者か?』
「俺の名は相羽走、今お前たちが侵略しようとしている世界の人間だ」
『侵略? ああ、我らの住める土地にすることか。我らの土地を、我らの住める場所にする。それを侵略とは言わぬな』
「悪いがお前らの土地じゃない、俺たちの土地だ。さっさと諦めて別のところに行ってほしい。それを伝えに来た」
『我らの土地から去れとは、意味がわからぬ。お前の言葉は意味をなしておらぬ』
「お前らの土地じゃない。俺たちの土地に、お前らが後からやってきたんだ」
『我らが見つけた土地だ。我らの物だ。そこにあるものはすべて我らの糧だ。お前という存在も、我らの物に過ぎぬ』
あ~だめだこれ。やっぱり世界の認識というか、概念が違いすぎるっぽいな。
一応俺の相手をしてくれているが、もしかしたらコイツにとっては飛んできた鳥に話しかけてる程度の感覚なのかもしれない。
「その考えにはまったく賛同できない。侵略をやめないならこちらもお前達を滅ぼすしかなくなる。それを前提にもう一度考え直してくれ」
『我らを滅ぼす? 我らの物が我らを滅ぼす? お前の言っていることは意味がわからぬ。お前は、お前らは、余に支配されるために存在する。支配されれば余の言うことも理解できよう』
「俺たちはお前に支配される存在じゃない。もう一度言う。俺たちはお前たちを滅ぼす力を持っている。滅ぼされたくなかったらさっさと別の所に行ってくれ。これは最後通牒だ」
『お前の言うことは意味がわからぬ。そのような話は理解できぬ。余はお前たちを支配する。お前達は余に支配される。それだけが真実である』
『応魔』の王はそう言うと、右の手のひらを、俺の方に向けてきた。
「あ~ちょっと待ってくれ。最後に、お前達は何者なんだ。この大陸以外に仲間はいるのか?」
『我らは「応魔」。「はざまの世界」をさまよい、「約束された楽園」を目指す者。同族は多い。「約束された楽園」に辿りついた者もいよう。途中で力尽きた者もいよう。そして余と、その同胞たちは今「約束された楽園」たりえる我らの土地を見つけた。何者にも邪魔はさせぬ』
「その同族に、『魔王』なんて名乗った奴はいたか?」
『そのようなことは知らぬ。だが我らはさまよう者。「約束された楽園」を目指す者。「約束された楽園」に辿りついたならば、その名も姿も、変えることはあるかもしれぬ。だからといって、我らの本質は変わらぬ。我らは「約束された楽園」を目指す者。ふさわしき土地があれば、すべてを支配し「約束された楽園」とするが我らの願い』
突き出した右のてのひらに、強い魔力が急速に集まるのがわかった。なにか破壊的な技を繰り出そうとしているようだ。やはり敵対は避けられなかったか。
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応魔 王位
『はざまの世界』を揺蕩う種族。
時折『世界』に現れ、その『世界』に甚大な被害をもたらす『厄災』とも言うべき存在。
位によってその特性や行動理念などが大きく異なり、『王位』はあらゆるものを『支配』することを行動の核とする。
『公爵位』以下すべての『応魔』を支配下に置いており、それらを手足のように扱うことができる。
『王位』は自らがふさわしいと認めた世界を支配し、『約束された楽園』と作り変えることを最終的な目的と定めている。
なお『王位』は、別の世界に現れる時にその世界にあわせた存在へと進化することがある。その場合『堕天使』『魔王』『邪神』などと呼称が変化する。
あらゆる属性の攻撃に対して強力な耐性を持つが、唯一『光属性』に対しては耐性が低い。
特性
強物理耐性 強魔法耐性 状態異常完全耐性
スキル
支配 進化 虚空球 反魔力網 次元渦 双裂斧 魔力転換 高速移動 分身 吸収 生命創造 強再生
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姿を見た瞬間アナライズする気が失せたのでしてなかったのだが、現実から目を背けても仕方ないので思い切ってやってみた。
予想通り『王位』だったのはいいのだが、説明文の最後で全身から力が抜けるのがわかった。正直『侯爵位』がモンスターを作り出した時点ですごく嫌な予感はあったのだが、それが的中した形である。
要するに俺が異世界で戦っていた『魔王』は、『応魔』の『王位』だったというオチだ。そして地球にもその『魔王』が現れそうになっていたという話である。