35章 『応魔』殲滅作戦 03
10分後、『ウロボロス』の『統合指揮所』の正面メインモニターには、なかなかに刺激的な映像が映し出されていた。
「これは凄まじい景色だの。長く生きた我でも、さすがにこのような風景は見たことがないわ。ハシルはどうだ?」
「ダンジョン内でもこういうのはさすがに見たことないな」
ルカラスとそんな会話をしながら見ているのは、赤や黄や、オレンジや紫といったビビッドな色がマーブル模様に入り混じった、極彩色の空が広がる空間であった。
ただそれだけならば、新良の宇宙船『フォルトゥナ』が作り出す『ラムダ封鎖空間』と似ていると言えなくもない。
問題はその空が、360°全周囲に広がっているということだ。つまりその空間には地面がなく、駆逐艦『レーナオン』はその極彩色の空を飛んでいることになる。
1分ほどまっ直ぐに航行していた『レーナオン』だが、急に回頭し、加速を始めた。
その理由はすぐにわかった。前方に陸地が見えてきたのだ。陸地と言っても、それは極彩色の空に浮かぶ島のようなものだった。ファンタジー映像作品とかに出てくる空飛ぶ島みたいなアレである。
その浮遊島は直径1キロメートルほどの小さなもので、地表はテーブルのようにまっ平、しかもひび割れた土がむき出しになった不毛の土地であった。当然生き物の姿などはなにもない。
『レーナオン』はその島の上空を通り越して、さらに加速をした。すると次は遥かに巨大な島……浮遊大陸と言っていいくらいの島が現れた。
その浮遊大陸もわずかに起伏はあるものの地表はほぼ平坦で、ひび割れた地面が一面に広がっているだけである。なお極彩色の空のせいで、その地面もずっと見ていると目が痛くなるような色に照らし出されている。
『レーナオン』は、その浮遊大陸上空に進入していく。大陸はどこまで進んでも一面の荒れ地、と思われたのだが、
「建物か、あれ?」
荒れ地の上に、ぽつぽつと四角い物体が現れ始めた。
それは次第に数が増えて行き、大きさも増していく。映像にスケールが表示されていて、最初に現れた物体は一辺が1メートルくらいだが、今は5メートルくらいになっている。奥にあるのは10メートルを超えていそうだ。
しかも奥の大きな物体――建物の間には、あの『応魔』の姿があった。数は見えるだけでも100体はいるか。ほとんどが上半身人間男、下半身タコの触手の『子爵位』か、それより小さい恐らくは『男爵位』だが、ところどころに半身人間女、下半身ナメクジの『伯爵位』の姿も見える。
「先生、もしかして『応魔』って、社会を作って生活しているということですか?」
そう口にしたのは青奥寺だ。隣では新良もうなずいている。もちろん俺も気になったところだ。
「映像を見る限りその可能性が高そうだ。しかしこれは驚いたな」
さてどうなるかと思っていると、その集落、というか町の奥に一際巨大な建造物が見えた。それはただの四角い箱ではなく、上が平らになったピラミッドのような形をしていた。しかも見る限り、高さ200メートル、基底部の一辺は500メートル以上ありそうなものだった。
『レーナオン』はそこへ接近を試みたのだが……
「ワイバーンどもはあの建物のほうから飛んできたように見えるの」
ルカラスの言葉通り、その巨大建築物のほうから急に10匹以上のワイバーンが現れ、『レーナオン』に向けて火の玉を吐きながら飛んできた。その内3匹が、『ヒュージスライム』を運んでいるのも見える。
攻撃を受けた『レーナオン』は転進して離脱、『次元断層ドライバ』を稼働させ、元の宇宙空間に戻ってきたところで映像が終了した。
映像が終わると、『統合指揮所』内には微妙な空気が流れはじめた。色々と驚きの映像ではあったが、皆が一番度肝を抜かれたのは、やはり『応魔』が想像より多かったことだろうか。群れでいるだろうとは思ったが、まさか町、というより国とも言えるような集団を作りあげているとは思わなかった。
「まあともかく、これで『はざまの世界』が存在して、そこに行けるってことはわかったな。あとは連中をどうするかだ」
俺が艦長席の上でそう言うと、新良が隣にやってきた。
「話が通じないのであれば全滅させるしかないのではと思いますが、しかし先生はそれをできるのですか?」
「できるというか、やらないとこっちが食われるわけだからな。誰かがやらないとならないなら俺がやるさ」
「そうですか……」
普段無表情な新良が、微妙に眉を寄せて苦い顔をする。
まあ言いたいことはわかる。『応魔』が言葉を話すだけでなく、社会と形成しているというなら、彼らも存在としては人間と同じようなものなのだ。相容れない存在である可能性が高いとはいえ、それを完全に根絶やしにするというのは普通の感覚なら野蛮などというレベルの話ではない。
青奥寺だけでなく双党も、新良との会話に感じるところがあったのか、俺の方をじっと見てくる。俺はそれに対して、特になんのリアクションもすることはできない。
まあともかく、今この時点をもって、『応魔』についてはこれ以上彼女らを関わらせるという話はなくなった。ここから先は勇者がやるべき仕事、勇者が負うべき業の世界になる。種族ごと滅ぼすなんてのは、向こうの世界じゃそこまで珍しいことでもなかったからな。
そのことをよく知っているルカラスは、気負った様子もなく俺のところへやってくる。
「しかしハシルよ、あの数はハシルと言えど面倒ではないか? 当然我も手伝うが、『伯爵位』が複数いるだけでも結構面倒であろう。その上『侯爵位』にモンスターを呼ばれたら、さすがに物量で押されかねんぞ」
「そうだな。向こうにはまだ上位種がいるだろうし、場合によってはかなり面倒なことになりそうだ」
「ここにいる娘たちを連れていっても間に合うまい。どうするのだ?」
「そこは考えがある。『ウロボロス』、『次元断層ドライバ』は艦隊全部の船に用意できるか?」
『時間をいただければ可能でっす』
「じゃあ用意してくれ」
「ハシルよ、まさかとは思うが、あの世界にこの船ごと乗り込むつもりか?」
「船っていうか、艦隊ごとだな。せっかく戦力が揃ってるんだから使わないともったいないだろ?」
俺がそう言うと、ルカラスは呆れたような顔をして、大きな溜息をつくのだった。
その日は時間が遅くなったので全員をいったん帰した。
翌日も魔法練習のために全員集まったので、『ヴリトラ』のミーティングルームにて、『はざまの世界』についてわかったことを『ウロボちゃん』に説明してもらった。
『――以上から、「はざまの世界」で短時間人間が活動することは可能でっす。ただしその大気成分から、1時間以上活動を行うと呼吸器系に深刻なダメージを受ける可能性が高いと思われまっす。ですので、船外に出ての活動は推奨できません~』
「わかった。やはり艦隊で乗り込んでドンパチやるしかないってことだな」
『それが一番いいと思いまっす。もちろんアンドロイド兵を降下させての地上戦も可能でっす』
「ああなるほど、それも考えよう」
昨日のうちに青奥寺たちの不参加を心の中で決めたところだが、結局環境としても人間が降下して戦うという方法はないようだった。それについてはむしろ俺にとってもありがたかったかもしれない。
まあもちろん勇者である俺は降下してもたぶんノーダメだろうが、それはわざわざ言う必要もない。俺は神妙な顔をしている青奥寺たちに向き直って作戦を伝えることにする。
「聞いての通りあの世界に下りて戦うという選択はないようだ。なので俺が艦隊を率いてちょっと行って全滅させてくる。今回の件は皆はノータッチになるがそこは了解しておいてくれ」
「私たちを連れていってくれないのはなぜですか?」
まっさきに反応したのは青奥寺だ。その質問には新良や双党、レアたちも同調してうなずく。
「あ~……、『応魔』は一応コミュニケーションが取れる連中だ。その上昨日の映像を見る限り、社会まで形成しているように見える。となると、存在としては人間に近い。それはわかるだろ?」
「ええ、それは私も感じました」
「俺がやろうとしているのは、そういう存在を根絶やしにするってことだ。それが必要であるかどうかとは関係なく、一つの種族を滅ぼすということだ。たぶん何人かは昨日の時点でそれに気付いていたと思うけどな」
と言うと、慣れているルカラス以外の子は皆苦い顔をした。
清音ちゃんやリーララ、三留間さんにはちょっとキビしい話かもしれないが、関わってしまった以上聞かせないのも不誠実だろう。
「教師としては、さすがにそんな場に皆を関わらせるわけにはいかないんだ。これは『フィーマクード』や『クリムゾントワイライト』みたいな連中を退治するのとは意味合いが違うからな。そんなわけで納得して欲しい」
俺が真面目な顔で話したからか、青奥寺たちも俺の言葉を真剣な表情で受け止めている。雨乃嬢や九神、宇佐さん、カーミラなどは納得をしたようにうなずいているようだ。
それでも食い下がってくるのはやはり青奥寺だった。
「先生はそれで平気なんですか?」
「ん? ああ、まあ慣れてるからな。勇者の時は種族ごと滅ぼすなんてよくやったし、そのあたりの覚悟はとっくに決まってる」
「いくら勇者であっても、先生一人が背負わなくてもいいと思いますけど」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、こんなのに関わる人間は少ない方がいいんだよ。そうだろ?」
聞き返すと、青奥寺も黙ってしまった。
まあ別に討論になるような話でもないしな。と思っていると、今度は新良が口を開いた。
「『応魔』については、これ以上は調べずに攻撃を開始するのですか?」
「それなんだが、一応向こうの王様を探して一度話はするつもりだ。たぶん話は通じないと思うが、向こうが退いてくれるかどうかの確認は取るよ」
「そうですか……。であれば、私も言うことはありません」
「そのあたりは最低限のことはするさ。さて、じゃあいいかな。全部終わった後でどうなったかは報告するからそこは心配しないでくれ。各自魔法の練習に入ってよし」
青奥寺はまだなにか言いたそうだったが、新良と双党に連れられてミーティングルームを出て行った。
ルカラスだけはその場に残って、俺の方にやってきた。
「ハシルよ、我は共に行っていいのだろう?」
「それは頼む。『特Ⅲ型』相当のやつもいるかもしれないからな」
「当然だな。しかしまあ、キヨネやトネリあたりは連れては行けぬが、他の者は連れていってもいいのではないか? 恐らくハシルが気にしていることも、あやつらなら受け止められると思うが」
「わざわざ受け止めさせることもないだろう。さすがにこんなことは滅多にないだろうし、慣れる必要もないさ」
「そんなものか。まあよい。やるなら徹底的にやらぬと要らぬ禍根を残すからな。完膚なきまでに叩きのめすとしよう」
「艦隊で行ったら、俺たちの出番はあまりないかもしれないけどな」
さて、これで『ウロボちゃん』とイグナ嬢のほうで準備さえ整えてくれれば、あとはやることをやるだけだ。
妙な展開で始まった『応魔』騒動だが、これで解決してくれるといいんだが。
なんて考えていると、きっとなにか起こるんだろうなあ。まったく勇者の勘というのも困ったものである。
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