35章 『応魔』殲滅作戦 02
週明けの火曜日、夜『ヴリトラ』で魔法練習の指導をしていると、貨物室に銀髪猫耳アンドロイドの『ウロボちゃん』がやってきた。
『艦長、「はざまの世界突入装置」改め「次元断層ドライバ」の試作機が完成しました~。試運転をしてデータを取りたいと思いますので、許可をお願いしまっす』
「ああ、ついに、というか随分と早くできたんだな。その『次元断層ドライバ』ってカッコいい名前は誰がつけたんだ?」
「それは私がつけました~。変更しますか?」
と聞きながらもちょっと困った顔で首をかしげる『ウロボちゃん』。ん~、あざとい。
「ああいや、カッコいいからそのままでいい。で、試運転はどういう形で行うんだ?」
『ミッドガラン級駆逐艦1隻に『次元断層ドライバ』試作機を搭載して行いまっす。すでに搭載は完了してますので、許可があればすぐにでも開始できまっす』
「わかった。じゃあすぐやろう」
と話をしていると、耳聡く聞きつけた双党がやってくる。
「先生っ、ぜひお供させてくださいっ!」
「お供って、無人の戦艦を飛ばすだけで、俺たちは見てるだけだぞたぶん」
「でも新開発の装置の試運転とか面白そうじゃないですか~」
「絶対見た目地味だと思うけどな。まあ別に構わんが」
様子に気づいた青奥寺や新良、雨乃嬢なども全員がやってきたので、結局試運転には皆で立ち合うことになった。
とりあえず『ウロボロス』の『統合指揮所』に移動する。
『ではちょっと地球から離れますね~』
『ウロボちゃん』が言うと、『ウロボロス』は地球から離れたところにラムダジャンプアウトした。
正面大型モニターには、同時にジャンプアウトした駆逐艦が映っている。全長は300メートルほど、楔形の船体の後部に円筒形の推進装置が並び、船体の各所に半球状のドームが並んでいる。あのドームは開くと砲塔になるやつだろう、たぶん。
その艦首に、明らかに異質な、矢じりみたいな装置が取り付けられている。モニターに文字が表示され、それが『次元断層ドライバ』であることが示される。
『ウロボちゃん』がモニターの前に立ってこちらを向く。
『ではこれから「次元断層ドライバ」の試運転を開始しまっす。ミッドガラン級駆逐艦「ナーレオン」はこれより「次元断層ドライバ」を稼働させて「次元環」に突入、さらに「次元環」を形成する「次元網」に穴をあけて「はざまの世界」に進入しまっす。「はざまの世界」のデータを収集後、再度「次元断層ドライバ」を稼働させてこちらの世界に戻ってくる予定でっす』
「あの船にもアンドロイドを乗せているんだな?」
『緊急時に対応できるよう、100体のアンドロイドを乗せていまっす』
「オーケー。あれ、そういえばイグナはどうした?」
『イグナさんは研究室で測定データを観察してまっす』
「なるほど。じゃあ始めてくれ」
『了解でっす。ただ今より「次元断層ドライバ」のテストを開始しまっす』
『ウロボちゃん』がモニターの方を向くと、画面に映っている駆逐艦「レーナオン」はゆっくりと加速を始めた。
同時に艦首の矢じり型『次元断層ドライバ』の先端が光を放ち、艦首を覆うように光の円錐が現れる。
『「次元断層ドライバ」稼働、「魔力」出力安定して上昇、次元穿孔開始』
『次元断層ドライバ』が発生させた光の円錐の先に、黒い穴が広がるのが見えた。実際には宇宙に黒い穴が開いてもほとんど見えないが、そこは画像処理によって視認できるようになっている。
『「次元環」発生、「次元環」拡大、直径50メートルを超過、「レーナオン」、「次元環」に突入』
『レーナオン』の艦首が、ゆっくりと黒い穴『次元環』の中に入っていく。30秒ほどで、その船体はすっぽりと『次元環』の中に収まってしまう。
『「次元断層ドライバ」モード2、「次元網」に干渉。「次元網」にほつれを確認。ほつれ拡大。「レーナオン」、ほつれに向けて進行中』
モニターの画像は、『レーナオン』の艦首を、後部甲板上から映したものに切り替わった。『次元環』内部はやはり宇宙空間みたいな景色だが、『レーナオン』の前方に穴のようなものが開いていくのが確認できる。ただしその穴は黒ではなく、赤とオレンジと紫が交じり合ってウネウネとマーブル模様にうねっている、気持ちの悪いものだった。
『「レーナオン」、ほつれへ進入。艦体に負荷なし。ほつれ内進入10メートル、20メートル……』
『レーナオン』の艦首が、その気持ち悪い色の中へと入っていく。映像で見ている限り、特に船体に負荷がかかっていることもないようだ。
見ているうちに『レーナオン』はどんどんと進んでいき、穴の中に完全に入っていってしまった。
すると急に映像が乱れ始め、ほどなくしてブラックアウト、通常の宇宙空間の映像に切り替わった。どうやら『次元環』そのものが閉じてしまい通信ができなくなったようだ。
『ウロボちゃん』がこちらに向き直って首をかしげる。
『「はざまの世界」への進入は無事に成功しました~。あとは「レーナオン」のAIによって「はざまの世界」のデータが収集され、同じようにしてこちらに戻ってくる予定でっす』
「どれくらいかかるんだ?」
『15分を予定していまっす。その結果次第でさらに精度の高いデータ収集を行う予定でっす』
「なるほど。じゃあとりあえず待つか」
と俺が言うと、『統合指揮所』内に広がっていた緊張感が少し緩んだ。なんだかんだ言って全員固唾を飲んで見守っていたのだ。
俺が艦長席で伸びをしていると、ニコニコ顔の双党がやってくる。
「いや~、緊張しましたね。でもうまく行ったみたいで良かったですね」
「そうだな。ただ問題はきちんと戻って来られるかどうかだからなあ。向こうで『応魔』に齧られたりしたら大変だし」
「『はざまの世界』がどういう世界なのかにもよりますよね。普通に地面とか空とかがあるならわかりやすいんですけど」
「昔行った人間がいるくらいだら、一応は地面はあるんじゃないか? 『応魔』だって地面を歩いていたしな」
「あ~たしかに。あとは毒とかウイルスとかそういうものがあるかどうかですかね。その迷い込んだ人が戻ってきたのであれば、とりあえず人間が生きられない世界じゃないみたいですけど」
「だな。まあそのあたりの調査は『レーナオン』に任せよう」
そのまましばらく、俺たちはアンドロイドが持ってきてくれた飲み物を飲んだりして『統合指揮所』で時間を潰した。
きっかり15分後、アラートが鳴り響いた。
『「次元環」の出現を確認。「レーナオン」との通信再開。艦長、「レーナオン」が何者かの攻撃を受けていると言っていまっす」
「あらら。ホントに『応魔』に噛みつかれたか?」
モニターを見ると、『次元環』から楔形の船体が出てくるところだった。
拡大されると、船体の10か所以上に翼竜のようなモンスターがしがみついていて、装甲に噛みついたり火を吐いたりしている。
モニターを見ていたルカラスが、少しだけ興奮したような声を出した。
「あれは『ワイバーン』ではないか。あのレベルのモンスターが群れで棲んでいるというのはなかなかに面白そうだな『はざまの世界』とやらは」
「『侯爵位』の『応魔』が作ったのかもしれないな。『グレーターデーモン』を作り出していたくらいだし、『ワイバーン』を作れてもおかしくはない」
「なるほどたしかにな」
『ワイバーン』は、モンスターの格としては『グレーターデーモン』よりは下である。ただ身体が大きいので攻撃力は上回ることもある。
ところでその『ワイバーン』たちだが、「レーナオン」が完全に宇宙空間に出ると一斉に苦しみだし、そして体中から体液を流しはじめ、最後には力を失って船から離れながら、黒い霧となって消えていった。どうやらモンスターも宇宙空間では生きられないらしい。
と思ったら、『ウロボちゃん』が、
『艦長、一体だけ活動中のモンスターがいまっす』
と言ってきた。
「どれだ?」
『レーナオン』が船体を回転させると、反対側に張り付いていたモンスターが姿を現した。
それは巨大なスライムだった。べちょっと広がって船体にくっついていて、どうやら装甲を溶かそうとしているようだ。
「『ヒュージスライム』か、あの真ん中あたりにある4つの丸い核が弱点だ。狙い撃てないか?」
『レールガンで試してみまっす』
モニター上に照準が表示され、『ヒュージスライム』の核にロックオン。無音でレールガンが発射され、『ヒュージスライム』の核は4つとも綺麗に消失した。そのまま『ヒュージスライム』全体が黒い霧に変わって消えていく。
『「レーナオン」を攻撃していたモンスターはすべて排除できました~。データを回収して解析に回しまっす』
「映像だけ先に見せてくれ」
『了解でっす。準備ができるまでしばらくお待ちください~』
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
モンスターが出てきたということは、少なくとも『次元環』の外になんらかの世界があったのは確かなはずだが、さて……。
突然ですが、もう一つ小説の連載を始めました。
タイトルは「おっさん異世界で最強になる~物理特化の覚醒者~」です。
他サイトで連載していたものの転載になりますが、しばらくの間1日4~5話更新する予定です。
書籍1巻も発売しております。
お気に召すようであればそちらもよろしくお願いいたします。