34章 インターバル 04
そんなわけで、魔法のトレーニングは結局毎日『ヴリトラ』で行うことになった。
今まで満足にやっていなかったこともあって、見る見る内に上達していくのがやはり大したものである。
特にもともと魔力適性の高い『聖女』三留間さんと、清音ちゃんの上達スピードは格段に早い。勇者パーティの賢者が見たら弟子にしたいと言い出したかもしれない。
なお清音ちゃんについては、後方師匠面で見ているリーララがちょっと慌てた様子なのに吹き出してしまう。
一方で、俺がアパートにいる時間が減ったので、カーミラやルカラス、クウコまでが『ヴリトラ』に来るようになった。いつの間にか貨物室の一角は完全にリビング状態になっていて、カーペットが敷かれて土禁になったほかキッチンやテレビや冷蔵庫やPCやらが設置され、完全に生活できるスペースが出来上がっていた。
青奥寺たちもトレーニングの合間にそのスペースで休憩を取ったりするのだが、中でもすっかりいついているのが双党と絢斗だった。
「先生、やっぱりここに住んでいいですか~?」
「ボクもここの居心地がとてもいいんですけどだめですか? 東風原所長の家にずっとお世話になってるんですけど、さすがに居候の身分だと肩身が狭くて」
「私も似たような感じなんですよね~。でも高校生とか中学生で部屋を借りるとか難しいじゃないですか。だからここに住まわせてもらえると嬉しいんですけど~」
「もちろん賃貸料は支払いますからどうでしょうか。東風原所長は僕たちに関してはなにも言わないでくれるんですけど、やはり所長にも家族がいるんでボクたちも気にしてるんです」
などとかなり圧が強い。
というか2人とも親がいないのは知っていたが、東風原所長が面倒見てるのか。あの人も大概苦労人で人がいいんだなあ。
しかしそこまで言われると俺としても心が動かないではない。『ヴリトラ』の部屋をいくつか貸すくらいなら俺の懐が痛むわけでもないし、そもそも俺も住もうとか思ってたくらいだ。
ただそれを許すとタガが外れる気がするのもたしかである。なにしろカーミラとかリーララとかルカラスが俺の方をチラチラ見てきてるからな。双党と絢斗に許したらなしくずしで奴らまで住みたいと言い出すのは目に見えている。
『提督、必要でしたら地球式の生活様式に合わせた部屋を用意できます。提督自身がこちらで生活なさることも可能です。その場合わたくしがお世話をさせていただきます』
『ヴリトラちゃん』が横からそんな余計なことを言ってくるので、さらに双党たちの圧が強くなってきてしまった。
「先生、皆でここに住みましょうよ~。家族が欲しいんですよ私も絢斗も~。リーララだってそうでしょ?」
「えっ!? そんなことはないけど、まあおじさん先生がどうしてもって言うんなら住んであげてもいいかな~」
「あっ、リーララちゃんずるい! だったらわたしもここに住む!」
「清音はお母さんがいるでしょ」
「お母さんもここに住むから大丈夫だもん」
「それ全然大丈夫じゃないでしょ。だいたい清音のお母さんが許すはずないし」
「許すもん。お母さんもたぶん相羽先生のことは好きだから」
「ちょっと清音、そこでしれっと爆弾発言しないようにね~」
う~ん、なんかいきなり収拾がつかなくなってきたぞ。青奥寺と新良の目つきがちょっと危険な感じだし。
とそちらに気を取られていると、ルカラスがやってきて俺の腕を引っ張った。
「どうやらハシルも後宮を作る時が来たようだな。まあ女たちの管理は我に任せよ。ハシルのいいようにしておいてやろう」
「頼むから冗談でもそういうのはやめろって。小中学生もいるんだぞ」
「昔の皇帝の後宮には5歳の幼子もいたと聞いている。問題あるまい」
「そんな例外中の例外を出してくんな。っていうか5歳なんて完全に政治案件だろ」
などとアダルト……ではなく異世界歴史の話をしていると、清音ちゃんが不思議そうな顔をしてリーララをつついた。
「ねえリーララちゃん、コウキュウってなに?」
「わたしが知るワケないでしょ~」
「じゃあ雨乃お姉さん、コウキュウってなんですか?」
「後宮っていうのはね、多くの女性が一人の男を巡って血みどろの寝取り合い……痛っ!」
「師匠、そういう有害な上に間違った知識を初等部の子に教えないでください」
「え~、間違ってはいないと思うけど……いたたた、わかった、わかったから美園ちゃん!」
雨乃嬢が青奥寺に耳たぶを引っ張られて行ってしまったので、清音ちゃんは標的をルカラスに変更した。
「ルカラスさん、コウキュウってなんですか?」
「ん? 後宮というのはな、時の王や皇帝が自らの妻たちを住まわせておくねぐらのことよ」
「妻たち? お嫁さんが何人もいたんですか?」
「昔の王や皇帝はそれが普通なのだ。力のあるものは多く女を囲っておく義務がある」
「へぇ~、じゃあお兄ちゃんもそうなるんですね。5歳が大丈夫ならわたしは10歳だから大丈夫です!」
そう言って胸を張る清音ちゃん。
「いやいや清音ちゃん、5歳っていうのはさすがにおかしいからね。それに王様がお嫁さんを多く持っていたのは、子孫を絶やさないようにするって目的があったからなんだよ。だから俺はそういうの必要ないの。そもそも清音ちゃんだっておかしいと思うだろ、お嫁さんが何人もいるとか」
「えっでも勇者の子孫っていっぱいいたほうがいいですよね?」
「清音って時々ナチュラルですごいこと言うよね~。おじさん先生も固まってるからそれくらいにしておいた方がいいよ」
リーララが清音ちゃんを連れて行って魔法の練習を始めてくれたので、なんとかその場を凌ぐことができた。たぶんあの後何を言っても処刑に……青奥寺たちの逆鱗に触れた気がする。
しかし双党たちについては、学生の間くらいはここに住ませてやってもいいかもしれない。正直『深淵獣』や『応魔』の対応とかでここまで頻繁に集めることになると、その方が色々やりやすいのはたしかではある。
とんでもない話だという自覚はあるが、一応明智校長には相談をしてみるか。




