34章 インターバル 01
「ふぁあぁ……」
「おや相羽先生、お疲れのようですね」
俺があくびをしていると、同期のイケメン眼鏡先生、松波君がさわやかな笑顔でそう言ってきた。
今俺たち2人が立っているのは朝の通学路、学校近くの交差点である。
今日から『交通安全週間』とやらで、常時登下校指導をしている初等部だけでなく、中等部高等部すべての教員が児童生徒の登校指導にあたっているのだ。俺はたまたま松波君とペアで、交差点を渡ってくる子たちを見守っている。
「ええ、ちょっとここのところプライベートで色々ありまして。ただこれから少しだけ落ち着けそうですけど」
「相羽先生は学校でも初任者とは思えないほど仕事をしてるみたいですし大変ですね。もしかして神崎がなにかやってるなんてことは……?」
「さすがにそれはないので大丈夫ですよ。あんなのは適当にあしらっておけばいいんです」
『神崎』というのはひねくれ褐色娘リーララのことで、奴は最初この松波君をからかってストレスを与えていたのである。リーララがいつの間にかターゲットを俺に移したおかげで松波君は救われたのだが、以来彼は俺に負い目を感じているようだ。
しかしリーララがしょっちゅう俺のアパートに泊りに来てますとか、あまつさえ一緒に寝てますとかは間違っても言えないが。
「松波先生はもう余裕の感じですか? 来年は担任でしょうし、そういった話は来てるんですか?」
「教頭から来年担任は確定だからそのつもりで仕事は覚えておけとは言われてますね。初等部ではそれが当たり前なので、自分も最初からそのつもりではありますけど」
「ですよね。若手を遊ばせておくほどの余裕はウチもないですもんねえ」
「担任をやりたくて教員になりましたしね。望むところですよ」
お、さすがやる気のある松波君。正直俺はできるなら担任はしたくなかったよ。まあやればやったで楽しいけど。
としゃべっていると、明蘭学園高等部の徒歩通学組の一団が歩いてきた。ウチの子たちは皆真面目なので、信号無視とか横断歩道以外で道路を横切るとか、そういうことはしない。
「先生おはようございます」「おはようございます」
「おはよう」「おはよう」
と生徒たちと挨拶を交わしていく。
一団が通り過ぎると、その後ろから見慣れた3人組が歩いてくる。言うまでもなく黒髪ロングに鋭い目つきの青奥寺、ツインテール小動物系の双党、銀髪ボブで目に光のない新良の訳あり3人娘だ。すでに魔力を身につけた彼女たちは、他の生徒とは雰囲気がさらにかけ離れてきている。
「先生、おはようございます。指導お疲れ様です」
「おはようございますっ。交通安全週間ですね」
「おはようございます先生」
「おはよう。あ~、今日は同好会はやるよな?」
一応会長である新良が答える。
「はい、もちろん行います。なにか?」
「そろそろ違うトレーニングをしようと思うんだが、なにか希望があったら考えておいてくれ」
「わかりました。それとレアについては、あれは教えないんですか?」
『あれ』とは恐らく『魔力トレーニング』のことだろう。レアはアメリカから来た訳あり留学生だが、実は彼女に伝授するかどうかはずっと迷っていたのだ。しかしさすがに仲間はずれにはできないか。
「ハリソンさんが望むなら教えることにする。それも言っておいてもらっていいか?」
「わかりました。では失礼します」
「あれ、璃々緒今日はネクタイを直してあげないの~?」
双党がからかうと、新良は赤い顔をしながら「もうしないから」と言って歩いていってしまった。青奥寺と双党も後を追って去っていく。
その後ろ姿を見おくってから、松波君が「ふむ……」と声をもらした。
「あの生徒たちは前にも見た子たちですね。僕から見てもとても目立ちますが、なにかやっている子たちなんですか? 同好会と言っていましたが」
「3人ともああ見えて武道の有段者なんですよ。同好会というのも『総合武術同好会』ってやつで、武術の同好会なんです」
「ははあ。なるほど、そういうことなら納得です。ウチの生徒は皆がなにかしら特技を持っているからすごいですよね。しかし先生が指導しているんですか。ああ、そういえば相羽先生はお強いんでしたね」
というのは、以前起きた不審者の校内侵入の件のことを指しているのだろう。あの一件で俺も武道の有段者みたいな話になっているらしい。
次にやってきたのは、中等部の二人組だった。グレーのショートカットがボーイッシュな絢斗と、銀髪ロングで見るからに『聖女』といった雰囲気の三留間さんだ。
「おはようございます先生がた。朝からお疲れ様です」
「おはようございます先生。交通指導お疲れ様です」
彼女らも中等部なのにしっかりしたものである。
三留間さんが俺の前で立ち止まり、聖女フェイスを向けてくる。
「相羽先生、今日も同好会はやるんでしょうか?」
「さっき新良に聞いたらやるって言ってたよ。新しいことを教えようと思うから、なにかあったら考えておいてね。ああ、絢斗もな」
「それは嬉しいです! 実は考えていたことがあるので同好会でお話しますね」
「先生から新しいことを教われるとなると色々悩みますね。でも考えておきます」
2人はそう言って学校へ向かっていった。
そういえば絢斗の制服姿って初めて見たような気がするな。いつもジャージかパンツルックだから、スカートをはいてるのは新鮮な感じがする。まあそんなこと言ったらセクハラになりかねないけど。
「今の片方の生徒は前にも見ましたけど、白根先生は『聖女さん』と呼んでいましたね。なるほど、そんな雰囲気がありますね」
松波君が口にした『白根先生』は、やはり俺たちの同期の中等部の美人先生である。俺が三留間さんと会うきっかけを作ったのも白根先生である。
「しかし今の話だと、彼女たちも相羽先生が顧問をしている同好会に参加しているんですか?」
「ええ。武道を習いたいというのと、高等部の生徒とつながりがあるっていうので参加してもらってます。熱心ですよね」
「生徒もすごいですが、相羽先生が中等部の生徒まで相手をしているというのに驚きますよ。それに加えて初等部の神崎まで……」
ああ、また松波先生の負い目にヒットしてしまったか。気にしなくてもいいってずっと言ってるんだけどなあ。
と考えていると、まさにそのひねくれ褐色娘神崎リーララと、おさげが可愛い清音ちゃんが歩いてきた。
「あ、まっちゃん先生おはよ~。おじさん先生もおはよ~」
「松波先生、相羽先生、おはようございます」
「おはよう清音ちゃん。それとそこの君もおはよう」
「はぁ!? 朝から差別発言とかおじさん先生ってカンペキ教師失格でしょ」
「お前は生徒失格だろ。ちゃんと松波先生、相羽先生と呼べ。何度も言ってるが清音ちゃんを見習え」
「そうだよリーララちゃん。わたしを見習ってキレイな言葉を使わないとだめ!」
清音ちゃんがビシッと指をつきつけてリーララに指導する。その姿が可愛いので、俺も松波先生も揃って少しほっこりしてしまう。
「清音はさあ、そうやっておじさん先生に使われてるって気づいたほうがいいよ。ズルいんだから、このおじさん先生は」
「相羽先生関係なくリーララちゃんには注意してるでしょ! きたない言葉使うと相羽先生に嫌われちゃうよ?」
「べっ、別に嫌われるとかどうでもいいし~。それにこのおじさん先生はヘンタイだから、わたしたちくらいの女の子が好きだし大丈夫」
朝の街頭で恐ろしい問題発言をかますリーララ。俺は密かに拳を握り、リーララのこめかみを挟む準備をした。
「あっ、相羽先生、保護者の方も見てますから体罰はダメですよっ」
敏感に察して止めに入る松波先生。そういえば初等部はPTA総出で登下校指導してるんだった。ちっ、命拾いしたなリーララめ。
俺の構えを見て一瞬ビクッとしたリーララだったが、状況が有利と見て、すぐにムカつく笑顔を見せた。
「うわ~、暴力とかホントサイテーでしょ。清音もこんな先生に近づいちゃだめだよ。いきなり襲われるかもしれないし」
「相羽先生はひどいことはしないから大丈夫だもん。何度も言うけどリーララちゃんは先生に近づいちゃダメ」
「え~、ホントになんなのそれ。別に私から近づいたことはないでしょ」
「リーララちゃんって本当に自分のことわかってないんだから。はいはい、もう行くからね。先生方、失礼します」
清音ちゃんはお辞儀をして、リーララの背中を押しながら去っていった。
う~む、相変わらず騒がしい奴だ。松波君も露骨にホッとした顔をしているし、彼のトラウマ克服はまだまだ時間がかかりそうだ。
「オウ、アイバセンセイ! オハヨウゴザイマース!」
リーララたちが去って数分後、怪しげな日本語とともに現れたのはアメリカン留学生なレアだった。高校生とは思えないダイナミックな体型な上に、いちいち動作もダイナミックなので非常に目立つ。
しかも抱き着かんばかりの勢いでやってくるのでこっちも慌ててしまう。というか俺が抑えなかったら抱き着いてたな確実に。
「ああおはようハリソンさん。今日も元気だね」
「ハイ。最近いろいろと楽しくて充実しているのでぇす。センセイは今日はなぜここにいるのでぇすか?」
「先週ホームルームで言ったと思うけど、生徒の交通安全の意識を高めるために見回っているんだ。教員の仕事の一つだな」
「なるほど、お疲れ様でぇす。あ~、今日も同好会はあるのでぇすね?」
「ああ、それについては青奥寺たちにも話を聞いてくれ」
「わかりましたでぇす。では失礼しまぁす」
こっちも嵐のような勢いで来て去っていった。というか去り際にまたハグしようとしてきたので素早くかわした。公衆の面前でとんでもない罠を仕掛けてくるもんだ。あとで厳重注意しておこう。
「……ええと、今のが留学生ですね? 色々とすごいというか、文化の違いを感じさせますね」
松波君の目が点になっているのは仕方ないだろうなあ。
「万事あんな感じですね。少し自重して欲しいというかなんというか……」
「たしかに。しかし相羽先生は生徒に信頼されている感じがしますね。見習いたいところです」
「単に担任で顧問だからですよ。松波先生も来年担任になれば同じになりますって。その分仕事が増えますけど」
「ですね」
とか話しながら、立ち番はつつがなく終了した。
なお見ていると、松波君は初等部の女子にとってすっかりアイドル的存在になっているようだった。その分きゃあきゃあ騒がれて対応に少し困っているところも見られたが……モテすぎるというのも大変なものである。