33章 交渉あれこれ 11
現れた5体の『応魔』。
1体は前回と同じ『伯爵位』だった。身長5メートルで、上半身はワカメみたいな髪をたらした人間の女、下半身は巨大ナメクジだ。6本の腕は無駄に長く、遠くから見ると虫に見えなくもない。『アナライズ』してみるが、前回とほぼ同じ能力だった。
下位のものに見える3体は、身長3メートルくらいにまでスケールダウンする。こちらは上半身が人間の男で、頭部からは糸こんにゃくみたいな白い髪(?)が顔まで覆うように垂れ下がっている。長い腕は4本、下半身はナメクジではなくタコの足みたいな触手の集合体だ。
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応魔 子爵位
『はざまの世界』を揺蕩う種族。
時折『世界』に現れ、その『世界』に甚大な被害をもたらす『厄災』とも言うべき存在。
位によってその特性や行動理念などが大きく異なり、『子爵位』は『混ぜる』ことを行動の核とする。
『子爵位』が混ぜたものは、『伯爵位』にとって『食らう』ことが容易となる。
特性
強物理耐性 強魔法耐性 状態異常耐性
スキル
歪弾 砕爪 歪盾 混合 再生
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『混ぜる』というのはよくわからないが、見た感じ『伯爵位』をそのまま下位にした感じの個体のようだ。
スキルは比較的対処しやすい物理系っぽいから、青奥寺たちなら初見でも問題なく戦えるだろう。
問題は最後の一体である。
そいつは身長こそ2メートル半くらいだが、存在感は一際デカい奴だった。
基本は人型に近い。ただし、腕がほとんど地面につきそうなくらいに長い。しかもその腕は肘の先から三つ又に分かれていて、それぞれ3本指の手が付いている。
全身は鎧のような造形だが、表面はビニールみたいな光沢を持っていて、硬いのか柔らかいのすら判別ができない。まあ上位個体である以上、防御力はとんでもなく高いだろうが。
頭部は洋梨を逆さにしたような形状で、下の部分にビー玉みたいな目が10個くらい不規則に並んでいて、その下の口に当たる部分にはヤツメウナギみたいな吸盤に歯が円状に並んだ口がついている。
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応魔 侯爵位
『はざまの世界』を揺蕩う種族。
時折『世界』に現れ、その『世界』に甚大な被害をもたらす『厄災』とも言うべき存在。
位によってその特性や行動理念などが大きく異なり、『侯爵位』は『生み出す』ことを行動の核とする。
『伯爵位』が食らったものを再構築し、新たな生命体を『生み出す』ことができる。
特性
強物理耐性 強魔法耐性 状態異常耐性
スキル
吸引波 吸収 生命創造 強再生
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『アナライズ』すると、なんか微妙な情報が出てきてしまった。
『生命体を生み出す』とか勇者の勘的に嫌な予感しかしないが、逆に言うと戦闘タイプではない可能性がでてきた。『特Ⅲ型』相当だと厄介だと思っていたが、そうではないのかもしれない。
「あの糸こんにゃくみたいな髪の男型が『子爵位』で一番弱い。ただそれでも『特Ⅰ型』程度はありそうだから気を付けてくれ。一応『アロープロテクト』かけておくけど飛び道具にも注意な」
俺は青奥寺たち9人に『アロープロテクト』をかけてやると、ルカラスが不満そうに「我にもかけぬか」と言ってくる。
「いやお前はいらんだろ」
「そういう問題ではない。ハシルは本当に情を理解できぬ男よのう」
「そりゃ悪かったな」
口喧嘩してる時でもないのでルカラスにもかけてやる。
「先生、ラムダ空間封鎖を行います」
「やってくれ」
新良に応えると、近くの道路に並んでいた外灯や、遠くに見えた幹線道路を走る車のヘッドライト、さらにはすぐそこにあった商業施設の建物などがすべて消えた。残るのは無限に広がる駐車場と極彩色の空だけ。『ラムダ空間封鎖』はいつ見ても便利だな。
その変化にさして驚いた風もなく『応魔』のうち、『子爵位』の3体が前に出てきた。
人間に近い口から、ビチビチビチと妙な音が漏れる。
『混ぜろ混ぜろ混ぜろ、すべて混ぜて混ぜて混ぜて混ぜるのだ』
『混ぜて混ぜれば世界が平ら平ら平らになる』
『世界が平ら平らになれば食って食って食いやすくなろう』
う~ん、どうも『伯爵位』よりさらに話が通じない感じだ。ランクが下がると知能も下がるのだろうか。そういえば俺が戦った『魔王』配下の魔族とかいう連中も似たような感じだった気がする。
双党が『応魔』の気味悪い声に顔をしかめながら聞いてくる。
「先生あれってなにかしゃべってるんですか?」
「『混ぜろ混ぜろ』とか言ってるな。なんか世界を混ぜるのが趣味の奴らみたいだ」
「なんですかそれ?」
「混ぜたものをあの後ろの女性型が食うらしい。そしてその後ろの小さいやつが、食ったものを元にしてなにか生み出すっぽいぞ」
「意味がわからないですけど、やっぱりわかり合えない感じですか?」
「それは永遠に無理そうだ」
「ですか~」
そんなことを言っていると、『子爵位』3体が一斉に広がって、こちらを囲むようにして迫ってきた。下半身の触手をウネウネ動かしながら滑るように動く姿はかなり気持ち悪い。ミミズ嫌いの雨乃嬢がちょっと心配だったが、どうやら触手系は大丈夫のようだ。
「ルカラス、俺たちは後ろの奴らをやるぞ」
「うむ、一瞬で片を付けてくれよう」
俺は『機動』魔法で、ルカラスは翼を出して空を飛び、それぞれ『侯爵位』『伯爵位』へと向かっていく。
見ると『子爵位』と青奥寺たちの戦いが始まったようだ。
双党と新良、レアが一体ずつ担当して魔導銃で射撃を行う。『五八型魔導銃』から放たれるのは中級光魔法『ジャッジメントレイ』、見た目はちょっと太めのレーザー光線であるが、威力は戦車の装甲くらいなら一発で貫通できる強力なものである。
あわせて宙に浮かぶリーララが弓型魔道具『アルアリア』による光の矢で、杖を振るカーミラが中級炎魔法『フレイムジャベリン』でそれぞれ自由に攻撃をする。
直撃すれば無事では済まないと思われる魔法の斉射を、『子爵級』は2本の腕の先に赤黒い盾のようなものを出して防いだ。さらに残り2本を前に突き出すと、そこから赤黒く渦を巻く火の玉のようなものを放って反撃してくる。
青奥寺、雨乃嬢、絢斗、宇佐さんの前衛組4人はその火の玉を躱しながら、『高速移動』スキルを使って接近していく。2人一組になって相手をするようだ。初見の相手に数的優位を確保するのは常道である。残った一体はリーララとカーミラが集中攻撃をして、動きを止めつつ徐々にダメージを与えていく。
『子爵位』は思ったより防御に長けた個体のようだが、あの感じなら大丈夫だろう。もともと強い娘たちだしな。
俺が青奥寺たちを見てる間に、ルカラスは『伯爵位』と接敵したようだ。『呪弾』という状態異常特性のある飛び道具を躱しながら懐に入ると、伸ばした赤い爪を閃かせて『伯爵位』を切り裂いていく。しかしワカメみたいな髪が邪魔をしてそこまでのダメージは与えられないようだ。しばらく格闘戦を行っていたが、埒があかないことに業を煮やしたのか、ルカラスは上空に飛び上がり、上半身を思い切り反らした。
「消えるがよい、外道の者」
上半身を前に突き出すと同時に、口から青白い光を放つ。古代竜の『ドラゴンブレス』を受け『伯爵位』は綺麗に消滅、と見えたのだが、『伯爵位』はその『ドラゴンブレス』を吸い込み始めた。どうやらあれが『食らう』ということらしい。
「舐めるな若造が」
ルカラスの『ドラゴンブレス』が勢いを増すとさすがに吸い込む許容量を超えたのか、『伯爵位』は青白い光芒に飲まれて消滅した。
さて俺の方だが、近づくと『侯爵位』は大きくバックステップをして、三つ又になっている両腕を前に向けた。
飛び道具かと思ったらそうではなく、なんと合計6つの手のひらからコールタールのようなドロッとした液体をぶちまけ始めた。
そしてその黒い液体は、みるみるうちになにかの形を取り始める。