33章 交渉あれこれ 07
さて、その後色々と具体的な話をして、実際にイグナ嬢に『次元環』発生装置を改良してもらうことが決定した。
しばらくは一緒にやっていくことになるので私的な話も色々としたのだが、どうも彼女は思想的ななにかがあって『クリムゾントワイライト』に参加していたわけではないようだった。
「実は弟が『魔人衆』に行くって話になって、一人だと行かせられないので私もついていったんです。そしたらいつの間にかこんな感じになってたんです~」
「そりゃまた大変な話だね。それでその弟さんは?」
「それがどこに行ったのかわからなくなっちゃったんです。『魔人衆』の本部に出入りしていたはずなんですけど、本部がなくなったとかで……」
「あ~それは俺が潰したからだな。しかし『導師』は『魔人衆』の構成員とかも遠くに連れていったはずだし、行方はちょっとわからないな」
「ですよね。レグサって名前なんで、もしいたらなんとかしてやってください~」
「ん……?」
「え……?」
「レグサ」ってすごく聞き覚えがある名前だな。『魔人衆』配下の精鋭『赤の牙』の一員だ。
言われてみればたしかに目元とか似てる気がする。
「レグサなら心を入れ替えて、俺のところで馬車馬のように働いてるぞ」
「えっ!? えっ!? 本当ですか!? なにやってんのあの子!? 連絡もよこさないで!」
「いやさすがに連絡は無理だったと思うぞ。っていうか親類はいないみたいなこと言ってた気がするが」
「そういう年頃なんですあの子。はぁ~まったく~」
「会いに行けるけどどうする?」
「お願いします!」
ということで、『ウロボロス』に頼んで『赤の牙』が住んでいるはずの家に転送してもらった。
『赤の牙』は最初アパート住まいだったのだが、なにしろ異世界人なので隣人トラブルが危惧された。そこで九神家に頼んで適当な中古物件の一軒家を探して、そこに押し込んだのだ。まあそれはそれでご近所付き合いとかもあるわけだが、新興住宅地なのでそのへんゆるい地域らしい。
在宅は確認してあるので、家のインターホンを鳴らす。「勇者だ」と言うと、すぐに『赤の牙』のリーダー、金髪イケメンのランサスがでてきた。上下スウェットとかいうダラけた格好のくせにめちゃくちゃカッコいいのが微妙に悔しい。っていうかすっかりこっちの世界に染まってんなあ。
「久しぶりだなアイバさん。なにもないが上がってくれ……ん? そちらの方は……イグナか!?」
一応パーカーを着せてフードで耳を隠させたイグナ嬢を見て、ランサスは目を丸くした。どうやら旧知の仲のようだ。
イグナ嬢の方はニコニコしながら手をふる。
「ひさしぶりランサス。バカ弟がまだお世話になってるようでごめんね~」
「いやレグサはだいぶ大人しくなったが……ともかく上がってくれ。おいレグサ! イグナが来たぞ。部屋から出てくるんだ」
そんな感じで『赤の牙』の住処にお邪魔したが、どうやらこちらの世界にうまく溶け込んで生活をしているようだ。
というか溶け込み過ぎて、もうこちらのデジタルデバイス抜きでは生きていけないレベルらしい。特に獣人のレグサと鬼人族のドルガがネットにハマっているらしく……妙な影響を受けなきゃいいんだが。
ともかくイグナ嬢とひねくれ獣人少年レグサの感動の再会は果たされた。
「なんだよ生きてたのかよ姉貴」
「うるさいバカレグサ! 連絡くらいしなさいよ!」
「イテッ! だってしゃあないだろ。そこのおっさん勇者に拉致られたんだからよ」
「なにが拉致よ! 助けてもらったんでしょ!」
「だから痛いっての!」
という感じで、いかにも獣人っぽい荒っぽさだったが、ランサスと女暗殺者ロウナと鬼人族魔法使いドルガが温かい目で見ていたのでいつものことっぽい。というかこいつらもそんな目ができるんだなと少し感じるところがあった。
そんなわけでしばらく姉弟の方は放っておいて、俺はスウェット姿のランサスに声をかけた。
「仕事や生活の方はうまくいってそうだな」
「アイバさんのおかげで万事うまくいっている。『深淵窟』のモンスター退治は我々の力からすれば楽なものだ。それにこちらの生活も、向こうの世界と比べると便利なものが多くて過ごしやすい。近隣住民とはまだ壁を感じるが、それについては仕方ないだろうな」
「この国じゃお前達は明らかに違う国の人間って見た目だからな。言葉はまだ翻訳機を使っているのか?」
実は言葉の壁については『銀河連邦』製の翻訳機を渡してあり、獣人のレグサと鬼人族のドルガについては見た目を変えられる魔道具で対応していたりする。
「話す方は少しずつできるようにはなっている。ただ読む方は難しいな。この国の文字は難度が高い。だが長い時間をかければそれなりに慣れるだろう」
「ああ、文字は漢字があるからなあ。そこは頑張ってもらうとして、別にニュースだ。もしかしたら『赤の牙』には、『深淵窟』のモンスターより強い相手を相手にしてもらうことがあるかもしれない。ちょっと新しく怪しい奴らが出現してな」
「ふむ。無論戦えと言われれば戦うが、どのような相手なのだろうか」
「『応魔』とかいう気持ちの悪いモンスターだ。たぶんあっちの世界にもいなかったような奴だ。一応そいつらの住処に乗り込んでいって根絶やしにしてこようかとは考えてるんだが、その場所はこれから探すところでな」
「なるほど、アイバさんは休む暇もないようだな。ところでイグナはなぜここに?」
「ああ、その『応魔』の住処がもしかしたら『次元環』と関係のある場所かもしれないんで、彼女を借りたんだ。ええと、スキュアとかいう支部長にな」
というと、ランサスはハンサムな顔を急に渋くした。
「ん? スキュアとはなにか縁があるのか?」
「ああ、まあ、彼女とは以前少し深い仲だったことがあってね。彼女は今どうなっているのだろうか」
「アメリカっていう国にいるんだが、その国の政府と取引をして、とりあえず共存する道を選んだみたいだ。ただ『導師』が戻ったらそっちに合流すると言ってたけどな」
「そうか……。合流をしたらアイバさんと敵対するということになるわけだな」
「そうなるだろうな。悪いが向かってくるなら容赦はできない」
「それは当然だが……その前に、私に説得の機会をもらえないだろうか。彼女は『魔人衆』の幹部の中では、たぶんもっとも『導師』に対する思いは弱いはずなんだ」
あ~そんな話になるのか。
正直スキュアはランサスと違ってこっちの世界でだいぶ悪さをしているから、説得できたとしても微妙な立場なのは変わらないんだよな。俺としてもそこまでギルティな人間の世話をするつもりはないし。
もっともここまで関わった以上、話す機会くらいはやってもいいだろう。大した手間でもないしな。
「オーケー。向こうとも連絡をとってみて、余裕ができたときにスキュアのところに案内してやるよ。それまで待っててくれ」
「済まない、恩に着る」
ということでちょっとしっとりした話がまとまったところで、イグナとレグサ姉弟の話……というか小突きあいも終わったようだ。
「え~と、イグナさん、仕事は明日からということで、今日はここに泊めてもらう感じでいいかな?」
「いえ、レグサとは連絡先を交換したから大丈夫です~。寝泊まりはできれば『ウロボロス』の方がいいですね。すぐに研究は始めたいですし」
「あっそう。まあ弟に会いに来たければ言ってくれればいつで転送するから」
「おっさんそんなことしなくていいから。さっさとこのうるさいの引き取ってくれよ」
「なに言ってんのこのバカ弟は! 助けてくれた相手にはきちんと礼を守りなさい!」
レグサの脳天に拳がヒットしていい音を立てる。
う~ん、こうしてると本当にただの家族なんだよなあ。
まったく人間なんてちょっとしたボタンのかけちがいで、とんでもない人生を歩むようになるもんだ。
まあ勇者としては、あまり深く考えないで目の前の面倒だけ片づけるようにしていこう。そうしないと無駄に疲れるだけだしな。