4章 宇宙犯罪者再び 02
確かにそこだけやたらと分厚い金属板で仕切られている部屋だった。とはいえ勇者の『掘削』の前には無力である。すぐに直径1メートルほどの穴が開く。
「連邦捜査局のヴィブロハンマーより強力。しかも素手で……?」
「へぇ~、こうやって穴が開くんですね」
こんな時でも俺の能力チェックに余念がない新良と双党。青奥寺も興味深そうに穴を見ているが、3人ともちょっと距離が近いんだよな。双党に至っては俺の腕をすりすりしてるし。
「中を調べないのか?」
「私がやります」
新良が上半身を穴に入れて、ごそごそと中を探る。30秒ほどで穴から身体を引き抜いた新良の手には試験管のようなものが握られていた。
試験管の中には、SF映画とかでよく出てくる妙に蛍光色な緑の液体が入っている。見るからに怪しいブツだ。全員の目がそれに集中する。
「それが何か分かるのか?」
俺が聞くと、新良は頷いた。
「これは『違法者』と関係があると言われている物質です。一説にはこれをさらに加工、投与して『違法者』を作っているとも言われています。銀河連邦捜査局が出所などを含めて探っているものです」
『違法者』とは、この間新良とともに逮捕した、ドラゴン並の生命力をもつ強化人間のことだ。
「要するに人体改造に必要な物質ってことか? なんでそんなものがこの船に?」
「分かりません。今までこの星に来た犯罪者でこれを持ち込んだものはいません。ですからこの星に密輸しようとしたという可能性は低いと思います」
「そのつもりなら放置して暴れ始めたりはしないだろうしな。そうすると知らないでこの船に乗っていたということか?」
「可能性は高いですね。もしかしたらたまたま強奪した船がこれだったという可能性もあります」
「そんな映画みたいなことが……ありえなくもないか」
俺の周りにはフィクションを超えた女子がいるからな。そもそも俺自身がそうだし、ドラマチックな展開を否定するのは自己否定に近いんだよなあ。
「しかし出所不明の物質って面白いね。中身も正体不明なの?」
双党が目を輝かせて蛍光色の液体を眺めている。
「連邦の専門機関で調べても原材料が一部不明という話。試験動物にそのまま投与すると、奇形化して暴れたあと数時間で死に至るそう」
「怖っ」
と言ってのけぞる双党を青奥寺が後ろで支える。
「不明ね。ちょっといいか」
俺は新良の手から試験管を取り、試しにアナライズを発動してみる。
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生体進化触媒「イヴォルヴ」
生物を特定方向に進化させるために使われる触媒
正しく使用するには複雑な工程が必要。
惑星ファーマクーンで製造されている。
原材料として『深淵の雫』が必要。
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あ~、アナライズさんかなりヤバい情報持ってきましたね。そのまま話したらまた銀河連邦の独立判事さんに犯罪者の仲間扱いされかねないな。
しかし原材料が『深淵の雫』って、青奥寺や双党の方にまで関係するんじゃないのか。いや、その惑星ファーマクーンとやらに『深淵獣』が出る可能性もあるか。
俺が眉間にしわを寄せていると、新良の切れ長の目に鋭利な光が宿る。
「先生、どうかしましたか?」
「ん? ああ、いまコイツを魔法で調べたんだが、ちょっと気になることが分かってね」
「どんなことですか?」
と新良がズイッと俺の方に顔を近づけてきた瞬間、彼女のリストバンドが耳障りな音を立てた。
新良が操作すると、リストバンドが空中に画像を映す。どうやら地球を宇宙から見た画のようだが――
「強襲揚陸艇……!? 目標はこの船? フォルトゥナ、アームドスーツトランス」
新良が例の銀鎧姿になり、俺たちに向かって言った。
「正体不明の強襲揚陸艇がこの場所に接近しています。目的は恐らくこの船、というかこの積み荷。間違いなくこれを回収しにきた犯罪組織の部隊でしょう」
俺たちは外に出ると、近くの岩場に身を隠した。
もちろんそのままだと簡単に探知されてしまうので、『光学迷彩』『熱遮断』『音響遮断』魔法で欺瞞している。熱や音で獲物を探すモンスターを相手にするときの魔法だが、宇宙人相手に使うことになるとは思わなかった。
『感知』スキルによると、『光学迷彩』で姿を隠している船のような形状の『何か』が、宇宙船の近くに降りてきている。
着地はしない……というか大きすぎて着地する場所がこの採石場にないため、50メートルほど上空で止まっているようだ。
「青奥寺、一応これを貸してやる」
俺は空間魔法から剣を取り出して青奥寺に持たせた。『ムラマサ』と俺が勝手に命名した日本刀っぽい異世界の片刃剣だ。
青奥寺はその剣を握り直して、白い刃をじっと見つめた。
「これは……強い力を感じます」
「このあと戦いがあるとしても銃の撃ち合いだから使うことはないと思うけどな。何もないと不安だろ?」
「ありがとうございます。落ち着きます」
頷く青奥寺の横で双党が物欲しそうな顔をするので、やはり空間魔法からライフル銃に似た道具を取り出して渡してやる。
『魔導銃タネガシマ』(俺命名)という、充填した魔力を魔法に転換して打ち出す魔道具だ。どっかのダンジョンボスのドロップ品だが、国に献上して量産されようものなら国家間のパワーバランスが崩れそうだったので死蔵していた一品だ。
「先生、これは何ですか? 銃、ですよね?」
「似たようなものだな。引き金を引けば先っちょから魔法が飛ぶ。勇者の魔力が充填されてるからかなり強いぞ」
「それ面白そう。でも照星も照門もないんですねこれ。何発くらい撃てますか?」
「あ~多分200発くらいは撃てるぞ。一発で5~6人くらいは吹っ飛ぶから注意してくれ」
「ええっ、グレネードランチャーとかそういう感じですか? ちょっとヤバそう」
と言う割には嬉しそうな双党。というかそわそわし始めてるので、ほっとくと試し撃ちをしかねないな。
「動きがあります」
新良が指差す先を見ると、上空の何もないところからいきなり人が降ってきた。
強襲揚陸艇とやらから部隊員が降下してきたということだろう。数は30人程、彼らは背中や足からジェットを噴射して、散開しながら地上に降り立った。パワードスーツのようなものを着て手には銃のようなものを持っているが、装備がバラバラなので正規兵でないことがわかる。共通しているのは首に黒い布を巻いているところだけだ。
「黒のネクタイ……フィーマクードの兵で間違いありません」
新良が銃を構えながら言う。
「フィーマクード?」
「銀河連邦内でも屈指の巨大犯罪組織です。むしろ一つの国と言った方がいいかもしません。『違法者』を大量に生み出している組織でもあります」
「そりゃまた大層な連中だ。で、どうする? 放っておけば帰るか?」
「その可能性は低いと思いますが、一応様子を見てみましょう」
犯罪組織の兵士たちはそれなりに訓練された動きで宇宙船を半包囲していた。2名が開きっぱなしのハッチに取りつき、警戒しながら中に入って行く。
しばらくすると一人がハッチから顔を出して仲間を呼んだ。どうやら『積み荷』を発見したので運び出すつもりらしい。
仲間が3名ハッチに近づいていき、『積み荷』を受け取ると、ジェットを噴射して上空の透明な揚陸艇へと運んで行った。
このまま帰ってくれるとありがたいんだが……と思っていたが、どうやらその願いは叶えられなかったようだ。
上空の見えざる揚陸艇から20機ほどの円盤……恐らくドローンだろう……が現れ、周囲に散っていった。
「やはり……!」
新良がヘルメットの向こうで歯がみするのが分かった。
「あいつら何を始める気だ?」
「彼らは裏切り者を許しません。恐らくあの船を奪った者を探して処刑する気でしょう」
「奪った者って、あいつはもう銀河連邦に送り返したんだろ?」
「ええ。ですから彼らは見つからないものを探すために、この星でろくでもないことをしでかすはずです」
新良の言葉を証明するように、揚陸艇から大きなロボットのようなものが5体降下してきた。初めて見るはずのそれに、なぜか強い既視感を覚える。
青奥寺も同じことを感じたらしく、近寄って耳打ちしてきた。
「先生、あれはもしかして乙型深淵獣では……?」
「やっぱりそう見えるよな」
採石場跡地でゆらゆら動きながら待機しているそのロボットは巨大なカマキリの形をしていた。カマのついた腕が四本、明らかに『深淵獣乙型』の特徴だ。身体のあちこちに装甲のようなものが取り付けられているのでロボットに見えるが、よく観察するとむき出しの部分はやはり深淵獣のそれだ。
「深淵獣って、美園が戦っている化物のこと?」
双党が耳聡く聞きつけて青奥寺に身体を寄せてくる。
「そう。多分間違いない。でもなぜ宇宙人が深淵獣を連れて来ているの。璃々緒、知ってる?」
「いえ、初めて聞いた。あの兵器を見るのも初めて。格闘戦用のものに見えるけど」
「あれが本当に深淵獣だとすると、普通の武器がほとんど効かない恐ろしい兵器になると思う。街に出たら大惨事になりかねない」
「それならここで何とかしないといけない。けど、あの数を相手にするのは私でも……」
そこで3人は一斉に俺のほうを見た。
……まあ確かに、こういうときのための勇者ではあるんだよな。