33章 交渉あれこれ 06
その後子どもたちを外に出し、『ウロボちゃん』に警察を呼ばせて、パトカーが近づいてくるまでは『欺瞞』スキルを使って隠れながら様子を見ていた。
どうやら警官たちはすぐにそこが人身売買の現場だと断定したようだ。子どもたちの保護も速やかに開始されたのであとは任せても大丈夫と判断し、俺はイグナ嬢と共に『ウロボロス』へと戻った。
「えっ!? えっ!? なにっ!? 転移の魔道具!? でもなにもなかったしっ!? しかもこの部屋ってなに!? こんな魔道具も機械も見たことないけど!?」
いきなり周囲の景色が変わって、周囲を見回しながら両手両足をバタバタさせて驚くイグナ嬢。尻尾が少し膨らんでるので本気で驚いているようだ。
イグナ嬢は、見た感じ確かに20歳くらいに見える女性であった。ショートにした赤っぽい髪から獣人特有の猫のような耳が飛び出ていて、長い尻尾も生えている。顔だちはどちらかというと少年っぽい感じで、背も比較的高いので、全体的にボーイッシュな感じがする。
気になるのはその顔に妙な既視感があるところだが……う~ん、誰かに似ているのだろうか。
「あ~、とりあえず説明はするから落ち着いてくれ。いや、その前に風呂に入った方がいいな。君も気持ち悪いだろ?」
「えっ!? あっ、はい、5日入ってないのでちょっと臭いがキツいかも」
「だそうだ。『ウロボロス』、シャワー室へ案内してやってくれ。それと服も用意して、飯も食ってないだろうからなにか出してやってくれ」
『了解でっす。え~と、イグナさん、こちらへどうぞ~』
「あっはいよろしくお願いします~」
銀髪猫耳アンドロイド『ウロボちゃん』の後について歩いていく赤髪猫耳獣人のイグナ嬢。なんとなくあの2人(?)は気が合いそうな気がする。本当になんとなくだが。
イグナ嬢は30分ほどで戻ってきた。
さっぱりした顔をして、心なしか髪や尻尾の毛づやがよくなっている気がする。服は『ウロボロス』製のメイド服だ。いやなんで?
「いや~、メイド服って初めて着ました。思ったより動きやすくていいですねこれ」
「俺の趣味じゃないとだけは言わせてくれ」
「えっでも『ウロボちゃん』さんは艦長の趣味だって言ってましたけど」
「あれは勘違いしてるだけだから。まあ適当な席に座ってくれ。話をしたい」
「あ、はいっ」
イグナ嬢は跳ねるような動作で船員席に座る。すごくコンソールをいじりたそうな顔をしていたが、なんとか頑張ってこっちに身体を向けた。猫獣人ってやっぱり気まぐれというか、自由人が多いイメージなんだよなあ。
「え~と、もう一度自己紹介をしておく。俺はハシル・アイバ。日本で高校の教員をやっているが、もとは君の世界ではるか昔に勇者をやっていた人間だ。知ってるかな、勇者と魔王の話」
「あ~少しだけ。勇者と魔王が相打ちになって世界がいったん平和になったっていう話なら」
「ああそれだ。その勇者が俺。で、このあいだ君のところのボス、スキュアだったか、彼女に許可をもらって君をここに連れてきたんだ」
「はあ、そうなんですか……?」
「それで君を連れてきた理由だけど、実はこの世界にもちょっとした危機が訪れてて、それを解決するために君の力を借りたいからなんだ」
「は、はあ……?」
イグナ嬢の猫耳の周りに「?」のマークが多数浮いているのが幻視できる。まあいきなり一気にあれこれ言われてもさすがに困るか。
「自分の置かれた状況はわかったかな?」
「ええと、支部長が了解済みというのはたしかなんですよね?」
「それは間違いない。こっちの用事が終わったら戻してあげるから大丈夫」
「それならいいです。それで、ハシルさんは私になにを求めてるんでしょうか?」
「簡単に言えば、『次元環』を渡る途中に通る『通路』の外に出て行く方法を考えて欲しいんだ。君は『次元環』発生装置の研究者だと聞いている。どうにかならないかな」
「ええっ!? なんでそんなことが必要なんですか」
「多分『次元環』のある空間のどこかにすごい悪い奴らがいるはずなんだ。それこそ魔王みたいな奴がね。それを倒しに行きたいんだよ」
「それ本気、なんですよね?」
「本気本気。ただ本当にそこが目的の場所かはわからないんだけどね。でも確かめないことにはどうにもならないから」
とちょっとだけ真面目な顔をして見せると、イグナ嬢は「う~ん」と首をひねってから、「うん」とうなずいた。
「以前『次元環』の『通路』の外に出るっていう研究はしたことがあります。それを実現できる技術も大体目途はついてます」
「本当に? それはありがたいな」
「ただ、そのためにはまず『次元環』の発生装置が必要です。それから色々と材料とかが必要ですね。もちろんそれ以外にも技術者が大勢必要ですし、部品とかを作る工場も必要です。一番重要なのはモンスターから取れる『雫』のすごく大きい奴なんですけど、たぶんそれが揃わないと思います」
「『次元環』発生装置はクゼーロのところのやつを持ってる。人員はアンドロイドがいるし、工場も工作システムがあるから問題ない。それと『雫』はこれじゃダメか?」
俺は『空間魔法』から、直径10メートルほどある黒い球体を取り出した。といっても『統合指揮所』は天井まで5メートルはないので全部は出せない。
その巨大『雫』を見て、イグナ嬢は椅子から転げ落ち、しかも尻尾を太くしながらコンソールの陰に隠れてしまった。
しばらくすると顔だけを半分出して、恐る恐るこちらの様子をうかがってくる。いやちょっと驚きすぎでしょ。
「そっ、それ、爆発とかしませんか?」
「いやたぶんしないと思うけど」
「でもそんな巨大な『雫』、見たことないんですけど~。『特Ⅱ型』でもそんな大きくないですよね?」
「ああ、これは『特Ⅲ型』の奴なんだ。これ以上のものはないと思うぞ」
「ええ……!? え~と、その、たぶん『特Ⅱ型』のやつで十分です~」
「あっそう。それなら5,6個あるから大丈夫だな」
俺が超巨大『雫』をしまうと、イグナ嬢はようやくコンソールの陰から出てきて椅子に座り直した。
「あ、えっと、その、ハシルさんはどういった方なんでしたっけ……?」
「君たちの世界で魔王を倒した勇者だって。ちなみに君たちが『導師』って言ってるやつがその魔王な」
「は? え、ええ~!?」
なんかこの娘さん反応が面白いな。というかもしかしたら俺の勇者的な部分に一番驚いてくれる娘さんな気がする。
俺の知ってる人たちって初手で絶対信じてくれなかったからなあ。ここにきて新鮮な反応に出会うのは楽しいかもしれない。