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33章 交渉あれこれ  04

『腕試し』もつつがなく終わり、俺とスキュアは再度ソファに腰を下ろした。


「それで、『次元環』を扱える研究者だけれど、先程も言ったとおり今行方不明なのよ」


 部下が持ってきたお茶に口をつけて一息ついてから、スキュアは話を始めた。


「先日、ある犯罪組織のボスの家が破壊された事件があったでしょう? 恥ずかしい話なのだけれど、あれは私の部下の一部が暴走してやったことなのよ。その部下たちはこちらで処分したのだけれど、その騒ぎに際してその研究員がどこかへ行ってしまったの」


「逃げだしたんですかね」


「わからないわ。彼女は獣人だから、こちらの世界の人間に混じって生きていくのは難しい。だから自分から逃げたということはないと思うし、そもそも逃げだす理由もないのよ。彼女はここで研究するのが好きだったから」


「最後にいた場所は?」


「例の爆発したボスの家ね。暴走した部下の一人に騙されてついていってしまったみたい。なにしろ研究以外はまるでダメな子だったから」


「なるほど……」


 俺が少し考え事をしていると、クラーク氏が代わりに質問を始めた。


「先ほど部下の暴走と言っていたが、なぜ彼らはあのような暴挙に出たのかね?」


「単に薬を売る販路を独占したかっただけのようね。リーダーは単純な男だったから、深い考えはなかったはずよ」


「しかし貴女に無断で行うということは、それなりに別の理由もあるのではないかね?」


「ま、それもなくはないわ。私たちも事情が変わって、少し不安定な状態になってしまったのよ。それが不安だったのでしょうね」


「不安定……とは?」


 その質問にはスキュアは首を横に振った。答える気はないという意思表示だろうが、まあ予想はつく。


「『導師』がいなくなったのがショックだったわけですね」


 俺がそう言うと、スキュアは睨むように見てきた。


「やはり貴方が『導師』を追い詰めたのね、ミスターアイバ」


「追い詰めたというより、向こうは俺が来るのを知ってあわてて逃げたって感じでしたけどね。そのうち戻ってくるそうですよ。少なくとも俺が生きているうちに」


「あらそう。それは吉報ね」


 スキュアは俺を睨んだまま、それ以上『導師』について話をしたくないという様子を見せた。まあ自分が崇拝する者について、それ以上あれこれ言われたくはないだろう。しかも俺は『導師』とは不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の敵同士だ。


 クラーク氏も今のやりとりでなにかを察したのか、それ以上は事情に深入りはしなかった。


「それで、ミスターアイバはどうなさるつもり? 研究員の名はイグナという名で。20歳くらいの女の獣人よ。ただ、それ以外の情報はこちらも持っていないわ。そういえば『導師』のところに弟がいたはずだけど、『導師』と一緒に遠くに行ってしまったでしょうね」


「そうですか……」


 俺はスキュアの後ろにいるクリムゾントワイライトの構成員たちに目を向けた。一番前に獣人の女性が立っていたのを見て、ふと思いついたことがあった。


「ちょっとそこの女性の獣人の方、こっちへ来てもらっていいですか?」


 その獣人はスキュアがうなづくのを見て、俺の前までやってきた。


 俺はリストバンド端末に声をかける。


「あ~、『ウロボロス』、こっちのことはモニターしてるか?」


『はい艦長、ばっちりでっす』


「俺の目の前にいる人間だが、生体波ってやつをスキャンしてくれ。それで普通の人間と同じかどうか比べてもらっていいか」


『了解でっす。30秒ほどお待ちください~……解析完了。一般の地球人とは異なる、特殊な生体波を持ってるみたいでっす。かなり身体能力に優れた種族のようですね~』


「正解だ。この生体波を持っている人間を街中から探すことはできるか?」


『範囲を指定してもらって、時間をかければ可能でっす。「ヴリトラ」と「カンザス」「ジンメル」「ドワルゴ」に手伝ってもらえば時間の短縮も可能でっす」


「じゃあ始めてくれ。場所はこの間アメリカで犯罪組織のボスの家の爆破事件があったところを中心に、範囲を広げる感じで頼む」


『了解でっす。「ヴリトラ」「カンザス」「ジンメル」「ドワルゴ」とリンク、ドローンを射出。30分後に第一報をお知らせしまっす』


「頼む」


 俺が指示を終えると、スキュアとクラーク氏がなにか言いたそうにこちらを見ていた。


「あ~、今のやりとりについて質問は受け付けませんので悪しからず。ではこちらの話はとりあえず以上なので、後はそちらで話をまとめてください」


 そう言うと、2人は揃って溜息のようなものを吐き出した。どうやら俺のおかげで微妙な連帯感が生まれたのかもしれない。



 クラーク氏とスキュアの間では、いくつかの取り決めがなされたようだ。


 興味もないから聞き流していたが、どうやら『アウトフォックス』としては、スキュアたちを今のままで放置する代わりにいくつかの技術を供与してもらうという形を取ったようだ。スキュアの側としても、『導師』の後ろ盾がない状態で、これ以上この世界で好き勝手やるつもりはないらしい。技術を供与することで金がもらえるならそれで十分という感じだった。


 倫理的道義的には気になるところは大いにある話だが、当事者同士がそれで納得するなら勇者の出番はない。


 最後、家を出る時にスキュアは、「『導師』が戻るまでは大人しくしているわ。ただし『導師』が戻ったらそちらに合流する。その時は敵同士になるからそのつもりでいてね」と言っていた。表面上は話し合える相手だが、残念ながら根底では相容れない奴らなのかもしれない。


『赤の牙』の4人を見る限りは違う道もある気はするが……少なくとも支部長クラスは思想的にも難しい気はする。


 帰りはまたクラーク氏の車に乗り、来たときのホームセンターまで送ってもらった。


 彼は彼で俺に対していろいろ聞きたいことがあるだろうが、そこはノータッチで済ますつもりのようで、車内でも探るような話はしてこなかった。こっちの世界に来てからそのあたりを察してくれる人ばかりでありがたい。


 駐車場に車を停めると、クラーク氏は握手を求めてきた。


「ミスターアイバのおかげで信じられないくらい話がうまくまとまった。今回のことは非常に感謝する」


「お役に立ててなによりでした。こちらもあの家を教えてもらえて助かりましたよ」


「うむ。ところでハリソン少尉だが、この件をもってこちらに帰ることになるはずなのだが、彼女からなにか聞いてはいないかね?」


 そう聞いてきたときのクラーク氏の目は、どことなくいたずらっ子のように笑っている気がした。


「あ~、多少聞いています。今後はハリソン家の事情で俺のところに来るとか」


「そうか。彼女の家は少し特殊でね。私の指揮下から離れることもありえるという話はもとからあった。ただ完全に関係が切れるわけではない。なのでもしなにかあれば、再び彼女を通して私の方からミスターアイバに連絡を入れることがあるかもしれない。それは了承してもらいたいのだ」


「ええまあ、そこは大丈夫です。スキュアが暴れ出したとか、そんな話なら言ってください」


「ありがとう、助かる。今回このような形になってしまったが、報酬については渡そうと思っているので受け取ってくれ。多少の金銭になると思うが、ハリソン少尉を通して連絡をしよう」


「わかりました、いただけるものはいただいておきます。では」


「よい旅行を」


 俺が下りると、クラーク氏はすぐに車を発進させ、ホームセンターの駐車場を去っていった。


 なんか結局アメリカの『クリムゾントワイライト』はドンパチやらずにすんでしまったな。とはいえ『導師』が戻ってきたらその時は決着をつけることになるのだろうな。 

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