33章 交渉あれこれ 01
「なあレア、『アウトフォックス』が動くのはまだ先か?」
本物の『応魔』遭遇から1週間ほど。
放課後の『総合武術同好会』が終わり、皆が帰ろうとするところで俺はレアを呼び止めた。
「そうでぇすね。ボスの話によるとそろそろのハズなんでぇすけど、最近動きが鈍い気がするのでぇす」
「なにか状況でも変わったのか?」
「可能性はありまぁすね。実はあの後、『クリムゾントワイライト』が流していた薬が、一斉に市場から消えたみたいなのでぇす。新しい動きにでたのかと思っていたのですが、その後はなにもなく、ボスも怪しんでいるようではありまぁした」
「そうか……。『応魔』の件で『クリムゾントワイライト』とは早いところ接触したいからな。あまり先になるなら、こっちが勝手に動くことになるかもしれない」
「ん~、それは困るのでぇすが……でもアイバセンセイが『クリムゾントワイライト』をなんとかしてくれるなら、それはそれで悪くはない気もしまぁすね」
「まあさすがに約束した以上勝手に動くことはしたくない。今日ボスにちょっと聞いてみてくれないか? 時間がかかるようなら俺が先に動く可能性があるって」
「ん~、それならセンセイが直接話したほうが早いと思いまぁす。ワタシの家で通信ができるようになっていまぁすので、今夜来てもらえれば会話できまぁすが」
「あ~そうか……それならその形で頼むわ」
「わかりまぁした。センセイがやる気になってくれて嬉しいでぇす」
「やる気というか、今回『クリムゾントワイライト』相手にやるのはただの交渉だけどな」
アメリカの『クリムゾントワイライト』については、向こうの特務機関『アウトフォックス』を補助する形で協力することになっている。しかし『応魔』とかいう新たな敵(?)がこの世界を狙っていることが判明して、事情が少し変わってしまった。
どうも『応魔』については、奴らが棲む『はざまの世界』にカチこんで討伐してしまったほうが早そうなのだが、その『はざまの世界』に行くためには『クリムゾントワイライト』の技術者が必要なようなのだ。
「センセイが交渉した結果として事態が解決するなら、それで十分だと思いまぁす」
「そうなると俺としては多少不本意なんだけど。ま、とりあえずクラークさんに話をしてからだな」
アメリカの『クリムゾントワイライト』の動きが変化したというのも気になるところだが、まあ最終的には首根っこ捕まえればいいだけだしな。『応魔』の件の方が明らかにヤバい匂いがするし、こっちは気楽に行くとするか。
その夜、俺はレアのマンションにお邪魔していた。
座っているのはリビングのソファ。
目の前のテーブルの上にはノート型のPCが置いてあり、その画面にはくすんだ金髪を綺麗にセットした壮年の男性の顔が映っている。特務機関『アウトフォックス』の実務部長のクラーク氏である。
『まさかミスターアイバから催促の連絡を受けるとは思っていなかったよ』
俺がいつ『クリムゾントワイライト』の本部に踏み込むのかと聞くと、クラーク氏は冗談めかしてそんなことを言った。
「申し訳ありません。こちらも少し別の事情ができてしまいまして、『クリムゾントワイライト』の支部長と接触をしたいのです」
『その事情というのは、聞くことができるのかな』
「必要があればお話しますが、かなり突飛な内容になりますよ」
『構わない。うかがおう』
どこまで話すかちょっとだけ迷ったが、どうせレアから報告は受けているだろうと思い直して、『応魔』の話から『次元環』のこと、そして『クリムゾントワイライト』の技術者の協力が必要ということろまですべて話した。
クラーク氏は黙って聞いていたが、俺が話し終えると顎をさすりながらしばし考え込み、それからうなずいて再度口を開いた。
『事情は理解した。ハリソン少尉からも少し聞いてはいたが、ミスターアイバが言うのであるから嘘やハッタリではないのだろう。しかし向こうに協力を要請するということになると、完全に敵対して叩きのめすという形にはしない方がよさそうだ』
「アメリカ側に『クリムゾントワイライト』と交渉する余地があるんですか?」
『我々はあらゆる事態、あらゆる解決策を想定していてね。その中には、『クリムゾントワイライト』と司法取引をすることや、共存することも含まれている』
「共存……ですか。ずいぶんと懐が深いんですね」
『無論こちらに見返りがあれば、という前提だがね。しかしミスターアイバの話からすると多少の見返りは期待できそうに思える』
「なるほど、そのあたりはさすがという感じですね。勇者としても見習いたいところですよ」
いやいや、国家ともなると、清濁併せ呑むなんてレベルじゃなく色々なことを考えるものだ。ともあれ今回に関しては、そういう対応の幅の広さはありがたいかもしれない。
『それでどうするのがミスターアイバにとって最良なのかな。ミスターアイバ自身が、『クリムゾントワイライト』の本部に乗り込んで話をつけてくれるなら本部の場所を教えてもよいが』
「え、いいんですか?」
それはかなりビックリな話だ。
『無論条件がある。それはその場に私が同席して先方と協議ができるよう計らってもらうことだ。その機会さえ設けてもらえるなら場所はお教えしよう』
「なるほどわかりました。向こうの首をつかまえて話はできるようにしますよ。その場で決裂した場合は懲らしめてやってもいいですし」
『そこはケースバイケースで行こうか。こちらも多少の兵は用意しておこう。決行はいつがいいかね?』
「3日後の、そちらの時間で午前9時にしましょう。自分は勇者パワーで直接現地に行けますのでお気遣いなく。ああ、不法入国になりますがそこは不問でお願いします」
『恐ろしいことをさらっと言うものだな。まあわかった、そこは問うまい。では後ほどハリソン少尉に詳細な情報を送るので、それで動いてほしい。なにかあればこの形で連絡を』
「わかりました。無理を聞いていただいてありがとうございます」
『ミスターアイバの話が真実なら、地球そのものの存亡がかかる話なのだろう? 最優先にするのは当然のことだ』
クラーク氏の意味深な笑顔で通信は終わった。
レアがPCを片付けて、その後コーヒーを持って俺の隣に座ってくる。
見ると先ほどまでいた母親役の機関員は姿を消していた。あれなんかちょっと処刑に……青奥寺には見せられないシチュエーションになってないかこれ。
「はいセンセイ、お疲れさまでぇした。どうやら大丈夫みたいでぇすね」
「ああ、話が早くて驚いたよ。ただクラークさん側もどうも態度が軟化していたように感じられたな。前会った時は決戦前みたいな雰囲気だったんだが」
「あ~そうでぇすね。実はこれは後で伝えて欲しいと言われていたんでぇすが、どうも『クリムゾントワイライト』に内部抗争があったみたいなのでぇす」
「仲間同士で争っていたっていうのか?」
「はぁい。詳細は分からないのでぇすが、もちろん勝ったのは支部長側のようでぇす。それ以来薬も流れなくなったので、部長も少し次の行動を考え直していたみたいでぇすね」
「なるほど、交渉の余地があると判断したわけか」
と納得しかけたところで、なぜかレアが身体を寄せてきた。
「ええと、実はこれはワタシの勘なのでぇすが、多分もっと上の方から指示があったのだと思いまぁす。可能なら『クリムゾントワイライト』と交渉しろ、と」
「あ~、そういうことか……」
レアは『勘』と言ったが、彼女の勘が鋭いのは以前に一度感じているところだ。とすると、実際にアメリカの上の方で、『クリムゾントワイライト』に利用価値があると判断したのだろう。
「ま、そのあたりは勝手にやってくれという感じだな。俺は俺で、勇者として必要なことをするだけだ」
「センセイのそういうのとてもカッコイイと思いまぁす。ワタシもできることは協力しまぁすので、なんでも言ってくださぁい」
いつの間にか俺の腕をとってグイグイとなにかを押し付けてくるレア。いやまさかこんなところにも柔らか地獄の罠があるとは……。
俺は心の中の処刑人に怯えながら、なんとかその場を逃げだすのであった。