4章 宇宙犯罪者再び 01
どうも九神家の方は九神自身関わって欲しくなさそうなので、それ以上首をつっこむことはいったんやめることにした。まあもともと積極的に関わることでもないし、彼女の身に危険が及ぶようなことがあれば俺の勘が反応するだろう。
というわけで平穏な教師生活に戻ったわけだが、放課後新良の相手をしていて思い出したことがあった。
「なあ新良、この間空間魔法に入れた宇宙船、調べてみないか?」
「いいんですか?」
組手の後に声をかけると、新良はいつもの表情に乏しい顔を俺に向けた。
「いいもなにも、新良にとっても調べないとマズい案件なんじゃないのか?」
「ええ、確かにそうですが、先生にお預けしている以上こちらの都合でお願いするのもはばかられて」
「柄にもなく変なこと気にするんだな」
この間の強引な態度を思い出してそう言ったのだが、これは失言だったようだ。光はないのに威圧感はある目で睨まれてしまった。
「私が強く何かを要求するのは犯罪者相手だけですので」
「ああすまん、別に新良の性格がキツいとか言ってるわけじゃない。仕事に関することだから遠慮することもないだろうと思っただけだ」
「そうですか。それでいつです?」
「土曜の午前でどうだ。場所はあの山の採石場跡地でいいか。場所は分かるか?」
「ええ、分かります。では午前9時に」
と話がまとまったところで、それまで黙っていた青奥寺が眼光鋭く割って入ってきた。
「今のは何の話ですか? 休日に女子生徒と会う約束をするのは不謹慎だと思います」
「あ、いや、まあそうなんだけど、新良の仕事関係の話だから……」
「それでも二人きりというのは良くないと思います。私たちの事情を知っている他の先生を入れるべきです」
「青奥寺の言うことは分かるんだけど、俺の力は今のところ他の先生には言ってないんだよ」
「え、そうなんですか? それじゃ仕方ありませんね、私が一緒します」
軽く溜息をついてそんなことを言い出す青奥寺。
「もしかして青奥寺も興味あるのか、宇宙船?」
「そうではありません。ただ先生と生徒の間で間違いが起こってはいけないと思っているだけです」
「美園はいつも先生と二人で行動してたと思うけど?」
新良の突っ込みはもっともだった。よく考えたら青奥寺と一緒にいる率はかなり高いんだよな。
「そうだけど、あれは仕方なくだから」
「その言い方は失礼だと思う。聞きようによっては嫌々一緒にいるみたいに聞こえる」
「そっ、そうじゃなくて、二人きりでいる状況が仕方ないって意味で……」
「じゃあ二人でいることは嫌ではないということ?」
「だからそれも違……ああもう、先生、勘違いしないでください、どちらの意味でもありませんから!」
「お、おう……?」
なんかよく分からないが最後はこっちに流れ弾が……。まあでも真っ赤になっているレア青奥寺が見られたからそれはそれでいいか。
土曜日の9時、俺がトレーニング場にしている採石場跡地に行くと、なぜかそこには3人の女子の姿があった。
もちろん新良、青奥寺、双党の3人である。
「なんで双党もいるんだ?」
俺が聞くと、双党はぷくっと膨れた。
「こんな面白そうなこと、私も誘ってくれないなんてひどいと思いますっ」
「いや、これは新良に権限がある話だから、俺が誘うわけにはいかないだろ」
「でも美園も一緒なら、私を仲間外れにするのはないと思います。断固抗議します」
「いやでも作文で忙しいはずだし」
と言ったら、さらに膨れて俺の胸にポカポカパンチを繰り出してきた。
青奥寺と新良はそれを見て笑っているのだが……二人がキチンと笑っているのを初めて見た気がするな。双党はいつもニコニコしているが。
「はいはい、俺が悪かったから。ところで新良はいいのか? 結構な機密事項だと思うけど」
「ええ、美園とかがりは私の協力者ですから構いません。それに見ても理解できるものではありませんし」
「そんなもんか。よし、じゃあ宇宙船を出すぞ。ほら双党どいたどいた」
双党はすでにパンチをやめて俺の胸をさすり始めている。っていうか何してるのこの娘、まさか痴女?
「かがり、なにしてるの?」
「あっ、この筋肉をもうちょっと調べて……」
青奥寺が慌てて双党を引っ張っていく。なるほどただの筋肉フェチか。いい趣味だ。
俺は空き地に向き直って空間魔法を発動。地面に大きな黒い穴が現れ、それが上にのぼっていくと収納していた宇宙船が現れる。
新良はそれを平然と見ていたが、さすがに青奥寺と双党は目を丸くする。特に反応が大きいのは双党だ。
「先生っ、今のどんな技術なんですか!?」
「空間魔法っていって、ものを別の空間にしまっておく魔法なんだ」
「そんな技術聞いたことありませんけど!? ねえ、璃々緒の科学力なら分かる!?」
「いえ、銀河連邦のラムダ技術をもってしても先ほどの現象の再現は不可能だと思う」
「それって璃々緒的に放っておいてオッケーなの?」
「そう言われても、解析不可能だからどうしようもない。完全に未知の技術」
「ええ~っ! 先生是非ウチの機関に!」
「はいはい、双党が国語で満点取ったらな」
「それ絶対不可能な奴じゃないですか~」
と嘆く双党を横目に、新良は宇宙船に近づいて例のリストバンドの端末を操作した。
しばらくすると宇宙船の横にあったハッチがバシュッという音とともに開き、階段が伸びてきた。
「セキュリティは解除したけど、中には何があるか分からないから勝手に触らないようにして」
そう言いながら、新良は躊躇なく宇宙船の中に入っていった。もちろん俺たちも後に続く。
宇宙船の中は思ったよりも狭かった。新良によると2~4人用の船だそうなのだが、そんな小型の船で宇宙を旅できるっていうのも恐ろしい話だ。
と思ったら「いえ、実際には相当な数の非正規船が遭難してるはずです」とのこと。犯罪者だけに命がけで逃げているということらしい。
内部の設備は、いかにも乗り物という感じの操縦席と、六畳間にも満たないような生活室があるだけのシンプルなものだった。生活室はゴミや工具などが乱雑に散らかっていて、この船に乗っていた人間がロクでもない奴だったと分かる。
新良は一人操縦室で宇宙船の航海データなどを調べているようだ。
「思ったより面白くないね」
双党がそんなことを言いながら、生活室の壁や収納の取っ手などを触っている。
「勝手に触るなって璃々緒が言ってたでしょう」
「少しくらい大丈夫だって」
青奥寺が注意するが、双党は収納を開けて中身のものを取り出したりをやめることはなかった。しかし日用品が見つかるだけで特に興味を引くようなものはないようだ。
俺も一応アナライズとかしてみるが、意外と特別感のあるものはない。科学が進歩しても人間が必要とするものはそれほど変わりがないということだろうか。
「ねえ璃々緒、これって飛ばせないの?」
物色に飽きた双党がそんなことを言うと、新良は操縦席から生活室へやってきた。
「動かすことはできるけど、この星間クルーザーはかなり老朽化しているから危険。よくこんな船でここまで来たと感心するレベルだから」
「え~、そんなものなんだ。見ただけじゃわからないね。この部屋は汚いだけだし」
「逃亡した犯罪者が乗ってきた船だから。ただこの船、ブラックボックスが一か所ある」
「ブラックボックスって?」
「この部屋の隣にもう一つ小さな部屋がある。多分何かを隠してる場所だと思うけど、もしかしたらこの船は密輸船だったのかもしれない」
「えっ、じゃあその部屋調べよっ。なんか面白いものが入ってるかも」
「そうしたいけど開閉プロセスにアクセスできなかった。多分物理的に制御システムから切り離されてる」
「それじゃ物理的にこじあけるしかないってこと?」
「そうなると思う」
そこまで話をして、新良と双党が二人して俺の方を見た。青奥寺は小さく溜息をついている。次に何を言われるのかはさすがに俺でもわかった。
「先生、お願いできますか?」
「先生のあの魔法で穴開ければいけますよねっ?」
「……場所はどこだ?」
まあ俺も興味あるしな。別に断る理由もない。
俺は新良が示した壁に手をあてて『掘削』の魔法を浅く発動した。