32章 応魔 12
話が通じなさそうな『応魔』を前にして俺が溜息をついていると、クウコが驚いたような顔をしてこちらを見た。
「相羽様は……『応魔』の言葉がわかるの……ですか?」
「一応な。でもこいつは俺たちとは違う概念の中で生きてるやつみたいだ。多分永遠に分かり合えないタイプだな」
「やはりわたくしが感じた通りの……存在なのですね……」
「なんかこっちの世界を食うみたいなことをずっと言ってるな。ロクなもんじゃなさそうだ」
「まさにそう……世界を食いつくし……そして作り替える……そんな存在だと……わたくしはずっと感じていたのです……。しかしこれほど……強大な……相手とは……」
クウコが人化を解いて狐の姿に戻る。人化したままだと全力が出せないとかそんな感じだろうか。
9つの尻尾が膨らんで、強力な魔力を帯び始める。
『ほほほう、我らに抗うものがいる。歯ごたえは美味の一要素。これは楽しみこれは楽しみ』
『応魔』が大きな体をくねらせると、海藻みたいな髪がゆらゆらと揺れて、そこから『瘴気』とも言えるほどの毒々しい魔力が広がり始める。
それにあてられたのか、後ろで少年たちが「ひ……っ!?」と悲鳴をもらした。
『これで……どうでしょうか……』
念話とともに、クウコ(狐)の尻尾から9つの光球が生まれ、そしてそれらが光弾となって『応魔』に向かって放たれた。
光弾は海藻のような髪に命中すると、ビシッという音と共に炸裂して激しい光芒を放った。中級魔法程度の威力はありそうな攻撃だ。並のモンスターなら一撃で倒せるはずだが……。
『ふむむう、これでは歯ごたえが足りぬ。もっと歯ごたえを。早う早う』
クウコの攻撃は、どうやら『応魔』にはほとんど効果がないようだった。一応髪が10本くらいは飛び散っていたのでノーダメージでもないようだが、本体にはなんの打撃も与えてはいない。
『これは……やはり想像以上に……恐ろしい相手……です。相羽様……彼らを連れて……逃げてください……。ここはわたくしが……命を引き換えにしてでも……』
クウコが再び尻尾に魔力を溜めながら前に出る。その狐の背中には悲壮な覚悟みたいなものが見えるんだが、勇者的には残念ながら(?)そこまでのシーンじゃないんだよなあ。
「あ~クウコ、悪いがこんな奴は俺の相手にはならないから気張んなくていいぞ」
『……はい?』
「まあ任せてくれ」
と言ったが、一応『アナライズ』はしておくか。
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応魔 伯爵位
『はざまの世界』を揺蕩う種族。
時折『世界』に現れ、その『世界』に甚大な被害をもたらす『厄災』とも言うべき存在。
位によってその特性や行動理念などが大きく異なり、『伯爵位』は『世界を食らう』ことを行動の核としている。
特性
強物理耐性 強魔法耐性 状態異常耐性
スキル
呪弾 呪撃 拘束 丸呑み 再生
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俺は『空間魔法』から、ちょっと悩んで聖剣『天之九星』を取り出した。相手は『再生』持ちのようだし、それに長らく忘れていた相棒の機嫌をとってやる必要もある。
俺が嬉しそうに輝く長剣を片手に前に出ると、『応魔』はブルッと巨体を震わせた。
『ほほほう、歯ごたえのありそうな食材がもう一つ。これはよい世界だ。ふふふふむう』
そう言いつつも、6本の腕を動かして構えのようなものを取る『応魔』。さすがにこちらの実力を量るくらいの力はあるようだ。
俺が5メートルほどまで近づくと、『応魔』は6つの手に赤黒い光をまとわせた。腕を突き出すと、その光は赤黒い光弾になって飛んでくる。
避けると少年たちに当たりそうだ。俺は『天之九星』を六回閃かせ、すべての赤黒い光球を切り裂いた。感じとしては、状態異常効果のある飛び道具のようだ。まともに食らうと麻痺とか毒とか石化とか、そんなのが一度にくるやつだな。まあ状態異常完全耐性のある勇者には効かない攻撃だが。
『ほほほほう、我らの呪弾を止めるとは。味付けする楽しみが奪われるのは腹立たしいのう』
ミチミチミチと口から音を吐きながら、ナメクジの下半身で滑るように近づいてくる『応魔』。その動きは意外と速い。というかこのレベルのモンスターの動きが遅いということはありえないが。
次はなにかと思ったら、『応魔』はワカメみたいな髪を伸ばして俺をつかまえようとしてきた。もちろん『天之九星』で斬っていくが、鉄かなにかを切っているような手応えだ。防御力もかなり高いということか。
さっきのクウコが与えたダメージ分は再生していたようだが、俺が斬った髪は再生しないので髪がどんどん短くなっていく。聖剣の再生妨害効果は有効のようだ。
『ふむむう、厄介なトゲを持った食材よ。しかしその方が食いではあろう。楽しみ楽しみ』
『応魔』は再度6つの手に赤黒い光をまとわせると、マシンガンのような勢いで連続のパンチを放ってくる。避けたり剣で弾いたりしてみるがなかなか強烈な打撃だ。『深淵獣』で言うと『特Ⅱ型』に近い力はありそうだ。青奥寺たちにはまだ任せられない感じだが、もしかしたら特訓にはちょうどいい相手かもしれない。
「だいたいわかった。ありがとさん」
俺は『天之九星』を超高速で振り回し、6本の腕をすべて斬り飛ばした。
『ほほほあ!?』
とか叫んで後ろに下がろうとした『応魔』だが、すでに手遅れなんだよな。俺は『高速移動』ですれ違いざまに胴を真っ二つにしてやり、さらに上半身が崩れ落ちてきたところで首を落として止めをさしてやった。
まあ魔王軍で言うと四天王に近いレベルだから、ちょっとこっちを舐めてたのは仕方ないだろうか。
『応魔』の死骸は、ありがたいことに再び現れた禍々しい魔法陣に吸い込まれて消えていった。代わりに赤黒い球が床に転がっていたので、拾ってこれも『アナライズ』。
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伯爵応魔の核
応魔の真体を封じた核。
周囲の魔力を吸い上げる特性を持ち、一定量を吸収すると応魔として復活する。
破壊すれば真体は拡散し消滅する。
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うわまためんどくさそうな物を残していくなあ。
『空間魔法』に入れておこうかと思ったが、気持ち悪いのでそのまま握り潰すことにした。
球がグシャッと潰れると、ヘドロみたいな妙な物質が中から溢れでて、そのまま空気に溶け込むように消えていった。魔力も消えたので、どうやらこれでさっきの『応魔』は完全に消滅したようだ。
「倒した……のですか?」
再び人間の姿になったクウコが、恐る恐る俺の方に歩いてきた。まだ状況をうかがうような表情なのはそれだけ本物の『応魔』を脅威と感じていたからだろう。
「さっきの奴は完全に消えたみたいだな。あれくらいならルカラスでも余裕だぞ」
「ルカラスは……わたくしより……強い力を持っているようでしたから、きっと……そうなのでしょうね……。しかし相羽様が……それより強いというのは……驚きしかありません……」
「ルカラスは俺のことは話さなかったのか?」
「つがいだと……言っていただけです」
「ああ……」
う~ん、ルカラス幼児退行説は本格的に調べる必要がありそうだな。
まあそれはともかく、クウコは『応魔』が討伐されたと確信したのか、胸に手を当ててホッとしたような顔になった。
「しかしこれで……『応魔』の脅威は……去ったのではないでしょうか……。とすれば……彼らに与えた力も……必要がなくなりました……」
「あ~それはどうだろう。どうも『応魔』っていっぱいいるみたいだぞ。しかもさっきの奴は『伯爵位』ってランクだったから、もっと強いのがいる可能性が高い」
「え……?」
クウコの顔が一瞬で強張る。
さもありなん。実は今回の『アナライズ』さんはちょっと無慈悲がすぎたのである。