32章 応魔 10
というわけでその週末の夜、俺は遠くの街の、とある大型のショッピングセンターの屋上駐車場へと来ていた。
クウコがそこに坂峰少年たちを呼び出すとのことで、先回りして隠蔽魔法をかけての待機状態である。
11時過ぎころだろうか、外灯も消えて完全に闇の世界となった屋上駐車場。その真ん中あたりがぼんやりと輝きだし、地面に魔法陣のようなものが出現した。
そしてその魔法陣からなにかがズズズとせりあがってくる。以前ビルの中で見た『応魔』のシミュレーション体だ。上半身が人間の女、下半身が触手のモンスターで、全高は前より大きい4メートルくらい。今回はさらわれた人間はいない設定らしい。
さらに待っていると、そこに5人の少年少女たちが現れた。間違いなく坂峰少年たちだ。
彼らは『応魔(仮)』を認めるとすぐに戦闘態勢に入った。しばらく触手と格闘をしていたが、最後坂峰少年と女子一人が魔法を放ち、ソウヤと呼ばれていたリーダー格の剣士ともう一人の戦士系の少年が突っ込んでいって勝負を決めた。もう一人の女子は回復役だ。
改めて戦いを見たが、彼らの実力は冒険者パーティでいうとAランクとBランクの間くらいだろうか。残念ながら勇者に鍛えられた青奥寺たちの方が確実に強い。正直あの程度で天狗になられては困る……というのは俺がおかしいだけか。普通に強いのは間違いないからな。
まあともかく、今日来たのは戦力分析のためではない。
俺は隠蔽魔法を解いて、彼らの前に姿を現した。ただし坂峰少年には顔を見られているので、顔だけ『隠形』の魔法をかけて、印象が残らないように操作してある。
いきなり暗闇から現れたように見えたのだろう、少年たちはビクッとなって、全員すぐに武器を構えた。ふむ、反応は悪くない。
「誰だアンタ?」
最初に口を開いたのはリーダーのソウヤ少年だった。
「俺はそうだな、君たちの先輩といったところだ。異世界で勇者をやっていた人間さ。ちょっと気になる気配があったんで来てみたんだ。君たちはなかなか強いね」
「先輩? 勇者? 証拠はあるのか?」
「証拠ね。これでどうかな?」
俺は『空間魔法』からミスリルの剣を出して軽く振ってみせた。ついでに中級火魔法の『フレイムジャベリン』を放ち、途中でキャンセルもやってみせると、少年たちは互いに顔を見合わせた。
しばらくして、ソウヤ少年が再び話し始める。
「確かに俺たちと似た力はもってるみたいだな。それで、その先輩がなんの用だ?」
「いや、特に問題なければそのまま帰ろうかと思ったんだが、ちょっと君たちの技に隙があるのが気になってね。先輩としてアドバイスをしようかと思ったんだ」
「隙があるってどういうことだ?」
「いやまあ、単に熟練度が不足しているというか、ちょっと心の弱さが技に現れているというかね。異世界でも君たちみたいなそこそこ力のある連中は見てきたけど、そこからさらに強くなるには精神的なものも必要なんだ。君たちにはそれがあるかな?」
「そんな曖昧な言い方されても分からねえよ。結局なにが言いたいんだ?」
「まあ簡単に言えば、君たちは今慢心しているだろう? 人より強い力があって、人知れず人のために戦ってる。素晴らしいことだが、逆にその自覚が、君たちを傲慢な人間にしていないかな?」
俺の言葉に、ソウヤ少年は眉を寄せて黙り込んだ。
代わりに斜め後ろにいた坂峰少年が、なにかに気づいたようにピクッと反応をした。
「……もしかして、この人はあの女神になにか言われて俺たちを説教しに来たんじゃないか?」
坂峰少年がそう言うと、少年たちは「ああ……」と納得顔になった。あらら、意外と鋭い少年たちだな。いやさすがにタイミング的にバレバレか。
ソウヤ少年もうなずいてから、俺の方に向き直った。
「今の言い方だと、アンタは俺たちより強いってことだよな。そうじゃなきゃ話を聞く気にもならないが」
「それはもちろんだ。俺がその気になれば君たちなんて5秒で倒せる。はっきり言って、その程度の実力でイキがられてもこっちは恥ずかしいんだよ。女神様も困っていらっしゃるのさ」
「へえ……。じゃあ5秒でやれるかどうか、まずは証明してくれよ」
とソウヤ少年が言うと、回復役の少女が「ちょっとソウヤ……」と難色を示した。だが他の3人はリーダーに同調しているようだ。皆の様子を見て、回復役の少女もしぶしぶリーダーの意向に従う態度をとった。
さて、悪くない流れになったな。俺はミスリルの剣を軽く構えて、
「じゃあやってみようか。そっちのヒーラーの子が号令をかけたら、その瞬間に始めようか。ちなみに全力で来ないと意味ないからな。殺す気でかかってきてくれ」
「だってよサヤ。カウントダウンからの始めって感じで合図してくれ」
ソウヤ少年に言われて、回復役の少女、サヤがうなずいた。
「じゃあやるね。3、2、1、始め!」
合図と同時に、坂峰少年ともう一人の少女が魔法――『フレイムジャベリン』を放った。それに合わせるように、ソウヤ少年ともう一人の戦士系少年が『高速移動』スキルを使って斬りかかってくる。
いやいや、本気で殺す気で来てるのがなかなかすごいな。クウコの暗示は相当に強力そうだ。
俺は『高速移動』『感覚高速化』を発動し、まずは前衛の少年二人の脇腹を、すれ違いざまにミスリルの剣で『軽く』叩いてやる。
さらに魔法使い2人も『軽く』叩き、最後回復役のサヤの背後に回って後ろから首に剣をあてがった。
これで大体2秒か。
「ええと、サヤさんだったかな? 降参って言ってもらっていいかい?」
「えっ!? あっ、ウソッ、じゃなくて、降参……ですっ!」
サヤ以外の4人は地面に膝をついたり倒れたりして苦しんでいる。まあ鼻っ柱を折るには多少の痛みはどうしても必要だから、これは許してもらいたい。
「じゃあサヤさん、彼らに回復魔法をかけてやってくれ。かなり痛かったと思うから」
「はっ、はい……っ」
サヤがいそいそと回復魔法をかけて回る。
回復したソウヤ少年らはその場に座り込み、俺の方を恨めし気な目で見上げてきた。