32章 応魔 06
そんなわけで金曜日、朝学校に出勤し、関森先生の車で坂峰少年が通う高校に向けて出発した。
当日思い出したが、少年の学校は俺の妹・巡が通う学校でもある。お盆に帰省したばかりなのに、再び実家の近くまで行かなければならないというのが妙な感じである。
高速道路を行くこと2時間ほど、下道を30分ほどでその高校に到着した。いかにも地方の中堅普通科公立高校といった感じの、至って普通の学校であった。
着いたのは午前11時ごろで、校長室にて校長先生に挨拶をした後、まずは応接室で関森先生の知り合いという佐久田先生と打ち合わせをする。
佐久田先生は関森先生と同じく、20代中ごろの女性の先生であった。
「今日は遠くから来てもらって悪いわね摩耶。それと相羽先生もありがとうございます」
「美南の話を聞いて私も興味をそそられた。相手が生徒なら、教員同士なら相談に乗るのは当然だ」
「自分は助手みたいな感じなのでお構いなく」
2人がくだけた感じなので、俺も自然と少しくだけてしまう。まあ基本話をするのは関森先生だしな。
「それで美南、その生徒というのはどのような感じなのだろうか?」
「ええ、こちらが身体データなんだけど……」
佐久田先生はテーブルの上に資料を広げながら話を始める。
「1年から2年になった時に、大きく身体に変化が起きてるの。運動能力もまるで別人で、体育の先生も驚くレベルね。中には1年の時はサボってたんじゃないかなんて言う先生もいるくらい」
「ふむ。行動に変化があったりは?」
「1年の時に比べるとすごく自信家になったという感じはするわね。元は女子に積極的に話しかけたりするタイプじゃなかったんだけど、そのあたりも変わったわ。ただ勉強は特にできるようになったとかはないかな」
「ふむ……それだけならそこまで心配することもないような気もするが」
関森先生がつまらなそうな顔をすると、佐久田先生は慌てて手を振った。
「あ、でも、ちょっとトラブルを起こしてたりもするのよね。自信家になりすぎて、人に強く当たるようになったりとか、馬鹿にするようなった感じはするの。先日は他校の生徒と諍いになったりして……そのへんも少し気がかりなのよね」
「性格の変化か。脳に異常があるとそういうことも起こりうるが、身体能力が高まっているというならその線は薄そうか。こちらでもカウンセリングとか受けさせたりはしてるのか?」
「一度受けてもらってはいるわ。特に問題はないという結果だったけど」
「本人は再度調べられることについては嫌がっているのではないか?」
「面倒くさがってはいるわね。ただご両親も彼の変化には驚いていて、ぜひ受けさせてくれっていう感じだから」
「保護者が前向きなら問題にはならないか。少年との面談は午後だな?」
「ええ。午前中の課外が終わったら、昼食をとって1時にここに来ることになっているわ」
「わかった。資料は一通り目を通しておこう」
というわけで、関森先生は佐久田先生が用意した少年の資料に目を通し始めた。
坂峰少年については、俺はすでに誰よりも詳しいデータを知っているので適当に斜め読みしたが、やはり新しい情報はなさそうだった。
その後関森先生は、明蘭学園から持ってきたいくつかの測定器具を用意して、あとは坂峰少年の登場を待つのみとなった。
1時になって、佐久田先生と一緒に応接室に入ってきた生徒は、確かに先日会った坂峰少年に間違いなかった。
一度ストーカーまがいのことをしていた時に挨拶をしたので俺のことを覚えているかと思ったが、どうやら少年は気付いていないようだった。もっともあの時彼が俺の顔をロクに見ていなかったのはわかっているので予想通りである。
テーブルを挟んで俺と関森先生の向かい側に彼を座らせる。明らかに面倒そうな顔をして、坂峰少年は椅子に腰を下ろした。
関森先生と俺が挨拶と自己紹介をして、早速関森先生は本題に入った。
「さて、たぶん同じようなことはすでに聞かれているとは思うが、君の身長と体重の変化について、君自身なにか思い当たることはあるか?」
「体重はダイエットしました。身長は成長期が一気にきたとかじゃないですかね。自分には分かりません」
「運動能力が一気に上がったのも体重が軽くなったからか?」
「そうなんじゃないですか? っていうかこれくらい誰でもできると思いますけど」
坂峰少年の受け答えはやたらとダルそうな感じであった。横で見ている佐久田先生がハラハラした顔をしているのが可哀想に見えてしまう。
「学校でもトップの運動能力なのだから誰でもできるとは思えないがな。済まないが少し身体能力を測らせてもらいたい」
ということで握力やら肺活量やらを一通り計測する。どれも確かに成人男性としても飛び抜けた数値が出てくる。
その後関森先生はめまいがないかとか、耳鳴りがしないかとかそういった問診を行ったが、どれも問題はなさそうだった。気になるのは坂峰少年が終始面倒そうな態度でいたことか。前会った時はよくわからなかったが、こういう態度をとる少年だったとは思わなかったな。仲間内では普通に話をしていた気がするが。
1時間ほど色々と話をしたが、もちろん裏の話が出てくることはなかった。
こっちも調べたという体裁を整えたいだけなのでそれはそれでいいのだが、そろそろ切り上げようとしたときに、坂峰少年のポケットからスマホの着信音が聞こえてきた。
佐久田先生が眉を寄せて、
「坂峰君、スマホは電源を切ってバッグに入れておく決まりだったでしょう?」
と注意したのは教員として仕方がないのだが、そこで少年が顔色を変えて急に立ち上がった。
「そんなこと言ったってこっちにも事情があるんですよ! 先生たちみたいにつまらないことで騒いでるのは気楽でいいかもしれないですけど、こっちは忙しいんです! あんまり俺の時間を奪わないでもらえませんか!?」
「坂峰君、落ち着いて……」
「とにかく連絡が来たみたいなんでもう行っていいですか? これ以上はなにしても無駄だと思うんで。とにかく俺は大丈夫ですから、心配しないで結構です」
「待ちなさい、坂峰君!」
坂峰少年がそのまま肩を怒らせて部屋を出ていくと、佐久田先生も後を追って行ってしまった。
それを見送って、関森先生はふぅと息をついた。
「確かに感情面の揺らぎが大きいように感じるな。元はああではなかったというなら、体型や運動能力の変化によって行動様式が変わったということか。例の件も影響をしている可能性もありそうだが、相羽先生、そのあたりはどうだ?」
「う~ん、クウコが彼の性格を変えた可能性もなくはないですね。聞いてみますか?」
「聞きに行けるのか?」
「多分大丈夫だと思います」
しばらくして佐久田先生が戻ってきた。
「申し訳ありません、せっかく遠くまで来ていただいたのに……」
とたいそう謝られてしまったが、坂峰少年があのような態度をとるのは佐久田先生のせいでもないだろう。
その後関森先生が「特に問題があるとは思えない。言動の変化は、体型や運動能力の変化に従って周囲との関係が変わったことによるもの」と結論を伝え、俺たちは学校を後にした。