32章 応魔 03
クラーク氏はそのまま話を続ける。
「ああすまない、今日話したかったのはその件ではないのだ。わが国で先日民家を狙ったテロがあってね。日本でもニュースになったと聞いているが」
「犯罪組織のボスの家が爆発したって奴ですね」
「そう、それだ。こちらではあの事件は『クリムゾントワイライト』の犯行というところまでは断定している。彼らが取引している商品の扱いでトラブルがあって、『クリムゾントワイライト』が犯罪組織を取り込もうとしたというのもほぼ確定だ」
「大変な話ですね」
「その上『クリムゾントワイライト』が製造して流している商品……正直に言えば薬なのだが、これがじわじわと社会問題化していてね。こちらも末端を潰す対策はとっているのだが、根本的な解決には程遠い状況だ」
「そのあたりのことはよく分かりませんが、きっと対処は非常に難しいのでしょうね」
「言い訳にはなってしまうが、法治国家である以上怪しいからといってその家に爆弾を落とすわけにもいかない。ニュースではあの爆破された家はボスの家だと断定するように報道していたと思うが、事実上そうわかっている、というのと、法手続き的に認められている、というはまるで違うのだ」
「なんとなく理解はできます。しかし今回相手が『クリムゾントワイライト』なら、そうも言っていられないということでしょうか?」
「『クリムゾントワイライト』自らが直接商品を売りさばき始めるというのは、我々にとっても大きなバッドニュースなのだ。情けない話だが、今の我々にとって『クリムゾントワイライト』は恐ろしい人食い虎のようなものだ。今まで虎の尾を踏まないようにやってきたが、そうもいかなくなってしまった」
「その言い方ですと、『クリムゾントワイライト』を相当な強敵と認識しているように思えますが」
「その通りだよ。我々は一度『クリムゾントワイライト』の本拠地に大部隊を派遣している。そして返り討ちにあった。生き残ったのは3人だけ。しかも彼らは全員いまだに精神の治療を行っている。正直に言って、正面から戦うのは極めて難しいと判断せざるをえない」
「大々的に軍が出せないのも、さっきの法治国家だからということでしょうか?」
俺の指摘に、クラーク氏は非常に苦い顔をした。
「それもある。その上軍隊を動かすのは結局は政治だ。たかだか犯罪組織一つ潰すのに軍隊を出して、そして大規模な戦いになり、多くの被害と犠牲者を生むなどということになったら、それこそ政局に大変な激震が走る」
「なるほど。そこまで大きな犠牲を生むくらいなら、薬くらいは仕方ないという感じですね」
「弱腰だと思うかね?」
「いえ、それは当然の判断だと思いますよ。日本支部のクゼーロの話を聞いていると思いますが、『クリムゾントワイライト』の支部の長とやりあったら恐ろしいほどの被害がでるでしょう。彼らは核ミサイルを使っても倒せない可能性がありますからね」
「そのクゼーロを倒したニンジャマスターにそう言われると背筋が寒くなるようだ。しかし今回はさすがにそういうわけにもいかないのだ。『クリムゾントワイライト』が売る薬が非常に危険なものだというのが分かってきてね」
「それは?」
「その薬は一定の使用回数を超えると、人間をモンスターに変化させてしまうようなのだ。モンスターといっても姿は人間とはあまり変わらず、せいぜい角や牙が生える程度ではあるのだが、身体能力が飛躍的に上がると同時に理性を失うようでね。それが暴れまわる事件が次第に増えてきているのだよ。今のところはただの暴力事件という形で処理をしているが、いずれ明るみに出てしまうだろう」
クラーク氏はそこで言葉を切り、俺を見抜くような視線を向けてくる。
しばらくして息を小さく吐き出すと、再び口を開いた。
「そこで我々から、ニンジャマスターであるミスターアイバに頼みがあるのだ。『クリムゾントワイライト』の壊滅に力を貸してもらいたい。報酬はできる限りのものは用意しよう」
「なるほど……」
なにか変化球で来るかと思ったら、直球で来られてしまった。
まあその方が話は早くて助かるのだが、話を聞く限り結構追い詰められている感じではあるな。
『クリムゾントワイライト』が売りさばいている薬も明らかに『魔人衆』の本拠地で見た『オーガ化する薬』の類似品だろう。
しかし気になるのは、なぜいきなり『クリムゾントワイライト』がそんな派手な動きに出たのかだ。『導師』に置いていかれて自棄になったというなら間抜けな話だ。地下で地道にやれば生き延びることは難しくないはずなんだが。
俺が少し黙っていると、クラーク氏はさらに話を続けた。
「それからミスターアイバの情報については、今のところ『アウトフォックス』内でとどめていて政府筋には知らせていない。もし貴方が望むなら、その状態を保持することもできる。はっきり言えば、『クリムゾントワイライト』の支部と戦える君も、我らにとっては眠れる虎……というより龍と言った方がいいか、そのような存在だ。その逆鱗に自分から触れるつもりはない」
「つまり今回協力をしたとして、そちらの政府筋からなんらかの接触があることはないと?」
「そうなるよう努力はする。ハリソンから聞いているが、君はその気になればこちらのリーダーをも余裕でとれるのだろう?」
「そのつもりは毛頭ありませんけどね」
「それを聞いて安心したよ。返事はすぐでなくていい。ただ恐らく、2週間から1ヶ月の間に、『アウトフォックス』は大規模な作戦を行う。そこに参加してもらえれば幸いと考えている」
「そんな情報を漏らして大丈夫なんですか?」
「ミスターアイバについてはハリソンだけでなく、『ビャッコ』のコチハラにも話は聞いている。極めて信頼できる人間だとね」
「それはどうも」
面と向かって言われると恥ずかしいなこれ。しかしまあどうしたものか。
といっても、ここまでこっちに合わせてくる人間に対して断るというのも勇者的にはナシか。ただもう一つ、確認しておきたいことがある。
「ところでその作戦にはミスハリソンも?」
「無論だ。彼女は貴重な戦力だからね」
「なるほど。彼女が今日、俺に対して妙に感情を向けてきたのはそのためですか」
俺がカマをかけると、クラーク氏は眉を寄せて怪訝な表情をした。
「もしかして、ミスターアイバに対してハリソンを使って搦め手を仕掛けていると考えているのかな? だとしたらそれは勘違いだ。私はそのような指示はハリソンには一切していない。むしろそういうやり方を嫌う人間だろうというのは、こちらも理解しているつもりだ」
う~ん、かなりわかりづらいが、勇者の勘が嘘をいっていないと判断している。それならある程度信用できる人間なのかもしれないな。
「それは失礼しました。ならばその作戦には協力しましょう。ただし報酬としてなにをいただくかは少し考えさせてもらいます」
「結構だ。迅速な判断に感謝する、ミスターアイバ」
のばされた手を握り返す。クラーク氏の手は確かに戦う者のそれだった。
まあどっちにしろ、『クリムゾントワイライト』の残党が自棄になって暴れているとなれば、俺にもその責任の一端はなくもない。そっちはちゃちゃっと行って片付けてしまおう。