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31章 勇者の里帰り  13

 その社は、そこだけ木の生えていない山の頂上の狭い土地に、ぽんと置かれたように建っていた。


 多少手入れはされているので、恐らく地元では定期的に清掃なり行事なりをやっているのだろう。しかし今は完全に無人の神社である。


 後ろを見ると苔むした登山道が見えるが、登ってくる人の気配はない。周囲を見回すが、木に囲まれていて周囲の町並みはまったく見渡すことができない。逆に言えば、昼間である今であっても、この場所は人に見られないで済むということだ。


 すぐにルカラスも下りてきて翼やツノを隠す。


「うむ、確かにこの(やしろ)の中から流れ出しておる。しかもハシル、感じるか?」


「ああ、確かになにかいるな。それも人間ではないなにかだ。霊体系って感じでもなさそうだが、初めての感覚だ。いや、微妙に覚えがある気もするな……」


「本当か?」


「ああ。どこでだったか……」


 確かにどこかで見た力を感じる。それも最近だ。恐らくこっちの世界で感じたものだ。


「先生、なんとなく世海(せかい)が使っていた『()き落とし』に近い感じがしませんか?」


 そう言ってきたのは青奥寺だ。


『憑き落とし』というのは、九神家に伝わるという、『深淵獣』から取れる『深淵の雫』を有益な材料に変換する技のことだ。


 言われてみれば、九神はその技を使う時に自分の持つ魔力をこんな感じの力に変換していたような気がする。たしか『霊力』と言っていたか。


「青奥寺ナイスだ。多分それだな。全く知らない力じゃないってのはちょっと安心するな」


「そうですね。でもそうすると、この中には九神家と関係があるなにかがいるんでしょうか?」


「そんな話は聞いてないけどな。まあ見てみれば分かるだろう」


 とにかく現物(?)が目の前にある以上、まずは見るのが先だ。


 俺は社に近づき、石段を上がって正面の格子戸から社の中を覗いてみた。


 中は意外と奥が深く、勇者の目をもってしても見通せない。


「もしもし、どなたかいらっしゃいますか? ちょっとお話を伺いたいんですが。あ、自分は元勇者、現教員の相羽と言います」


 声をかけると、奥にいる『なにか』の気配が、ぐぐっと揺らいだ気がした。


「ええと、そこの奥にいらっしゃるのはもうわかってますので。こちらも全員訳ありなんで、ちょっと変わった存在とかも全然オーケーです。敵対する意志もないんで話をさせてもらえませんかね」


「先生って相変わらずこういうの適当だよね~」


 双党が呆れ声を出す。フレンドリーかつ誠意のある挨拶だと思うんだがなあ。


 しばらく様子を見ていると、何かの気配がじりじりと近づいてくるのが感じられた。


 時々止まって様子を見たりしているようだ。


 ルカラスが「じれったい奴だ。無理矢理引きずりだしてみるか?」とか言い出すので、頭を小突いてやった。


 その『なにか』は、ゆっくりと格子戸のすぐそこまでやって来た。見た感じ動物か何かのようで、白い毛皮が見える。


「先生、戸を開けないと出てこられないのでは?」


 と新良が言うが、その戸そのものは南京錠がかかってて開けないようになってるんだよな。


 もちろん魔法を使えば一発ではあるが……と思ってると、不思議なことが起きた。


 その白い毛皮を持った『なにか』は、明らかに格子を通り抜けられる大きさではないにも関わらず、小さな格子をするっと抜けこちら側に出て来たのだ。


「うわぁ、先生、あれって狐ですよねっ!? しかも尻尾がいっぱいありませんか!? えっ、白くて尻尾がいっぱいとか、なんかどこかで聞いたような感じですけど」


 それは確かに白い狐だった。全身が完全に純白の毛皮で覆われていて、クリッとした瞳だけが赤い。それだけなら狐のアルビノっぽいが、尻尾がパッと見ただけでも5本以上生えているので明らかに普通の狐ではない。


 ともあれ双党が騒ぐと、その白い狐は、ビクッとして中に戻る素振りを見せた。どうも気弱な感じのやつらしい。


「かがりが騒ぐと驚いて逃げてしまうから」


「でもあれって珍しい動物だよ? UMAって奴?」


「どう見ても普通の生き物じゃないでしょ。多分見た目通りじゃないと思うけど」


 青奥寺の意見はそのとおりかもしれない。狐に見えるがあれは擬態の可能性もある。白い狐がまとっている力は相当に大きいのだ。そりゃ街を覆うほどだから当然ではあるが。


「あ~、出てきてもらってありがとうございます。私は相羽走、こっちはルカラス、そして青奥寺、双党、新良です。全員普通じゃない人間なんで大丈夫です」


 俺が再度挨拶をすると、白い狐は首をかしげる動作をした。


「うわ、可愛くないですか?」


 と騒ぎそうになる双党を青奥寺が肘でつつく。


『そちらの……ルカラスという者は……わたくしと……同じ気配を感じますね』


 おっと、脳内に直接語りかける系のスキルか。異世界でも噂だけは聞いたが、ついぞ使い手にお目にかかったことはない。


 双党がまた騒ぎ出しそうになるが、青奥寺が先制して口を押える。


「あなたがどのような存在かは分かりませんが、ルカラスはドラゴン……日本で言うと龍になります」


『なるほど……幻獣や神獣に類する者でしょうか?』


「竜は竜だ。我は数千年を生きる古代竜ぞ」


『数千年……。あなたは……この世界の者では……ありませんね?』


「うむ。このハシルのつがいとなるべく別の世界から来た」


『わたくしの……知らないことがあるとは……なんということでしょう』


 白い狐は目をくりくりと動かしてまた首をかしげた。


 双党の言う通り確かに可愛い動作かもしれない。


「ええと、済みません、あなたはどのような方なのでしょうか? 神社にいたということは、やはり氏神(うじがみ)様とかでしょうか?」


『いえ、そうでは……ありませんが、遠くも……ないかもしれません。わたくしは……クウコと……申します』


「クウコ?」


『恐らく……妖怪……のような扱い……かと』


 ええ、まさかここに来て本当にこっちの世界の超常現象的な話が出てくるの?


 まあでもルカラスを同類とか言っていたし、そういう人知を超えた生き物がいるのは驚くことでもないのか?


「それでクウコさんは一体何をしているんでしょうか? ええと、こちらが知っているのは、5人の少年少女が不思議な力を身につけていて、彼らは『応魔』とかいう化物と戦っていて、しかもその化物の居場所を『女神』から聞いているということです。で、俺たちはその『女神』を追っていたらあなたに出会ったという形ですね」


 そう言うと、クウコはその多すぎる尻尾をふさふさと揺らした。あの尻尾、多分9本ありそうだな。『クウコ』は聞いたことないが『九尾の狐』は有名だもんな。


『なるほど……まさかそこまで……知られるとは。しかし……そちらのルカラスのような存在がいれば……可能なのですね』


「そうだ、と言いたいところだが、我はお主がここにいるのを感知しただけに過ぎぬ。ほとんどはハシルがやったことだ」


「あっ、今回は情報集めたのは私ですよっ」


 ルカラスの言葉に耳聡く反応して手を上げる双党。


 確かに今回は多少働いていたので、俺は頭をなでてよしよししてやる。なんか青奥寺と新良が睨んできたが、双党本人は「もっと」とか言っているのでセーフのはず。


『わかりました……。そこまでご存知なら、話を……いたしましょう』


 そう言うと、クウコはその場に座って語り出した。


 まずクウコ本人(?)だが、やはりルカラスと同じような、太古から生きる幻獣的な存在らしい。人間から見ると超常的とも言える力をいくつも使えるようだ。


 そして彼女(?)自身、人間社会に強く干渉しないように生きているというのもルカラスと同じようだ。そのあたりの行動原理は人間には理解しがたいが、久遠の時を生きる存在としてなにかあるのだろう。


 問題は、クウコがなぜ『女神』のふりをしているか、それ以前になぜあの5人と関わっているかということである。


『簡単に言えば……「世界のはざま」から……「応魔」という存在が……この世界にやってこようとしているのです。そしてわたくしは、その「応魔」と……戦える人間を……鍛えているのです』


「その言い方だと、まだ『応魔』とかいうのはこっちに来てないように聞こえるな。だがこの間、その『応魔』と少年たちが戦っているのを見たんだが」


『あれは……わたくしが作り出した……仮の「応魔」です……。現代風に言うと……戦闘シミュレーション……ということになります』


「マジか……」


 実際に魔力っぽい力まで再現した戦闘シミュレーションって、すごい力があったもんだ。まああの『導師』のコピー能力を考えればありえなくもないか。あ、ということは――


「あれだけの人間がさらわれていても騒ぎにならないのはそのせいか?」


『ええ……あの捕まっていた人間たちも……わたくしが造った仮のものですから……』


 なるほどそれなら納得だ。双党たちも「そういうことかあ」とうなずいている。


「それで、あの少年たちはなんなんだ? あなたが異世界に送ったのか?」


『ああ、そうではありません……。わたくしが彼らに……特別な力を与えたのですが……その力を彼らが納得する形で……与えようとして……「異世界に転移して力を身につけた」という記憶を……刷り込んだだけです』

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― 新着の感想 ―
クウコは空狐かな それなら神様に近い力を持つのも納得 応魔に対処しているのは、もしかしたら徳を積んで天狐になるためかな
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