31章 勇者の里帰り 12
「だからといって便利屋扱いで急に連れてこられるのは違うのではないか、ハシルよ」
『ウロボロス』に転送したなり、白銀ロングヘアの美少女ルカラスは頬を膨らませた。
連絡した時は随分嬉しそうだったクセに、用件を伝えたら急に不機嫌になるとか、数千年生きてきた割には落ち着かないドラゴンだ。
「休んでるところ無理を言ったのは悪いと思ってる。ただちょっと俺の手には余るからどうしてもルカラスの力が必要なんだ」
「そういう理由で機嫌を損ねているのではないのだがな。ハシルがそこまで鈍い男とは思わなかったわ」
「そうか?」
聞き返すと、ルカラスは「はあぁぁ」とメチャクチャ深いため息をついた。それにシンクロして、青奥寺たち3人も同じ反応をした。
「そこな娘たち、ミソノ、カガリ、リリオと言ったか、お主たちも苦労しておるようだな」
「あ、やっぱり分かりますかルカラスさん」
双党が揉み手をしながら苦笑して答える。
「うむ、ようやく分かってきたと言った方が正しいか。まあよい、それで我はなにをすればよいのだ」
「ああ、このモニターに映っている一帯をちょっと飛んで、怪しい場所を見つけて欲しいんだ。実はな……」
今までのことをすべて話すと、ルカラスは眉を寄せて怪訝そうな顔をした。
「ハシルと同じように、違う世界に飛ばされて勇者になった者たちか。まさかそんな者たちがハシル以外にもいるとはな」
「俺としては微妙に怪しいとは感じてるんだ。ただまあ今のところはその話に合うだけの力は持ってるみたいだ」
「ハシルと同等くらいに強いのか?」
「あ~、俺よりはるかに強くて力を隠してるって可能性もあるが、正直見た感じはそこの3人に近いレベルだな。お前と旅してたあの時代で言うと、Aランクの冒険者くらいだ」
「人としては最強に近いが、魔王を倒せるようなレベルではないな。もっともその者たちが相手にした魔王が弱いという可能性もあるか」
「考えるだけなら色々考えられる。だからルカラスに調査を頼みたいんだ」
「要はその『女神』とやらを騙る者を探し出せということだな?」
「はっきり言えばそうだ。騙りかどうかもわからんけどな」
「ふむ、面白くはあるな。我の知覚ならハシルたちが気付かぬ力にも気付けよう。わかった、やってはやるが、その代わり褒美はもらうぞ」
「あ~、何がご所望だ?」
「決まっておる。ハシルとの同衾よ」
そこでルカラスは腰に手を当て、胸を張ってふんすとか言う感じで鼻息を荒くした。
いやそれ全然自慢とかにならないと思うんだが。
そのわきで双党が青奥寺に「ねえ美園、ドウキンってなに?」とか聞いている。
「同じ布団で寝ること」
と淡泊に答えた青奥寺は、なぜか俺のほうに刃のような視線を向けてくる。
もちろん双党はニヤニヤを始め、新良は目の光をさらに薄くした。
「同衾って……子どもじゃあるまいし、他にないのか?」
「あの清音やリーララという小娘にもしてやっているのであろう? それは第一のつがいとしては看過ならん事態である。これは必要なことだ」
「はあ……まあそんなんでいいなら聞くわ。一緒に寝るだけだぞ」
「当然だ。なにを勘違いしておる?」
なんかこめかみをグリグリしてやりたくなる生意気顔でこちらを見上げてくるルカラス。
俺はデコピンをしてやって、なるべくなんでもない風を装った。のだが、青奥寺は誤魔化せなかったようだ。
「先生、ルカラスさんと同衾するんですか?」
「今回の報酬と言われたらしょうがないだろ。俺にとってルカラスはドラゴンだ。問題はない」
「第三者から見たら問題あると思いますけど」
「ルカラスは戸籍上二十歳過ぎに設定したから大丈夫だ」
九神家に頼んだらそうなったんだよな。見た目通り十代にする話もあったが、九神世海が気を利かせて(?)、成人設定にしてくれたのだ。
しかしそれでは納得がいかなかったのか、新良も口を出してきた。
「そういう意味ではないと思います。私たちも生徒として、先生が性の乱れを感じさせるのは看過できません」
「性の乱れって……。新良は例えばドラゴンを恋人にできるのか?」
「それは不可能ですが、ルカラスさんはもうドラゴンではありませんから」
「俺の中ではドラゴンなの。見た目が可愛い女の子になったからラッキー、とか切り替えられる人間じゃないんだよ俺は」
と力強く言ったのに、3人の目はすこぶる疑わしそうなままだった。なんで分からないかなこの感覚。
「まあ良いではないかハシル。結局その女子たちが言いたいのは、自分たちも同衾の権利を得たいということよ。我の後なら構わぬ。存分に同衾してやるがよい」
だからなに言ってんのかねこの人化ポンコツドラゴンは。
青奥寺と新良は顔真っ赤にしてるし、双党は「あっ、じゃあルカラスさんの翌日で予約します」とか言ってるし、後で処刑されるのは俺なんだから本当にやめてほしい。
「いいからお前はさっさと調査に行け。『ウロボロス』、転送」
『了解でっす。ルカラスさん、転送しますね~』
「おい待てハシル、お前も一緒に――」
すべて言い終わる前に、ルカラスの身体は光に包まれた。
モニターには街の上空を飛んでいるルカラスの姿が見える。
羽と尻尾とツノを出した状態の姿で、パタパタと羽ばたきながらゆったりと旋回しながら、時々高度を変えたりして飛び回っている。
ちなみにこちらからは見えているが、『ウロボロス』特製のリストバンド端末をつけていて、光学迷彩シールドを張っている。モニターに映っているのはAI処理の結果らしい。
「ルカラス、通信は聞こえるか?」
『うむ、聞こえるぞハシル。しかし面白いの。今飛んでいる辺り一帯がうっすらと、初めて見る妙な力に覆われている。覆われているというか、広がっていると言った方がいいか』
「なにか悪い感じのやつか?」
『いや、むしろ神聖なものに近いかも知れぬ。かなり強い力をもったなにかがいるのは間違いなさそうだ』
「マジか」
青奥寺たち3人もルカラスの言葉に驚いたような顔をする。
双党が「それじゃ本当に女神がいるのかな~」と言い、新良は「超常的な存在というのは、大抵は未知の現象や生物というだけ」と冷静な態度を見せる。
「で、その出所は突き止められそうか?」
『今やっておる。どうやら特に欺瞞したりはしていないようだな。どれ……』
ルカラス身体が急に加速し、街の中心部から少し離れた、単独でぽつんとある小さな山の方へと向かった。
その山には緑に覆われていて、山頂付近に小さな小屋、というか神社があるようだ。
ルカラスその山が一望できるところで止まった。
『うむ、あの小さな山の頂上にある建物から妙な力は流れ出しているようだ。あれはなんだハシル、祠のようだが』
「多分神社だな。氏神様……その土地を守る神様を祀った社だ」
「ふむ、いかにもな雰囲気だな。さてどうする、このまま我が下りてもよいが」
「俺も行くわ。その神社の前に直接転移するから下りてきてくれ」
『わかった。気を付けるのだぞ』
俺が艦長席を下りると、青奥寺たちも一緒に行きたそうにする。まあさすがに置いてきぼりにはするつもりもない。
「じゃあ行くか。警戒はしておくように」
と注意をしておいて、俺は『ウロボロス』に転送を指示した。