31章 勇者の里帰り 10
土手を超え、河原に下り、そこからさらに上流のほうに歩くこと10分ほどで橋の下に辿り着いた。
そこは確かに橋と土手と橋げたに囲まれて、周りからの視線が遮られる、ちょっとした真空地帯とも呼べる空間になっている。
驚くことに、橋の下にはすでに4人の少年少女たちが揃っていた。確かに昨日見た子たちである。
昼間見ると、全員スラッとした体型の、どことなくカッコいい雰囲気のある少年少女たちだった。すでにメッセージアプリで事情は伝えられたのだろう。全員が疑わしそうな目で双党たちを眺めている。
5人のリーダーっぽい、ソウヤと呼ばれていた、剣使いの少年が一歩前に出てくる。
「カズキ、その女子たちがそうなのか?」
「どうも俺に力があると思ってるみたいなんだ。それで魔法を見せてくれるらしい」
「ふぅん……。仲間って言ってたんだよな?」
「そうだ。ええと、そうなんだよな?」
坂峰少年に話をふられて、双党がうなずきながら少年たちの前に出ていく。
「初めまして、私は双党かがり。たぶん皆の仲間、というか同類だと思って声をかけたんだよね。う~んと……やっぱり皆特別な力を持ってるっぽいね」
と双党がもっともらしく言うと、ソウヤ少年は小さく首を横に振った。
「こっちが答える前に、その魔法っていうのを見せてもらっていいか?」
「あ、ごめん。じゃあ見せるねっ」
そう言って、双党は右手を前に出し、「『ファイアボール』」と口にした。手の先に魔法陣が現れ、そこから拳ほどの大きさの火球が放たれ、土手に当たって炎をまき散らした。
5人の少年少女が、それを見て目を丸くする。
「え、マジで使えんの?」
「うそ、私たちのほかにいるって聞いてないんだけど」
「でも今のは確かに魔法よね」
たたみかけるところと思ったのか、双党は「他の2人もやるね」と言って、青奥寺と新良に目配せした。
「『ウォーターエッジ』」「『ロックボルト』」
2人もそれぞれ魔法を発動する。しかし初級魔法とはいえ、3人とももう普通に使いこなしてるな。
ともかく双党たち3人全員魔法が使えることがわかると、坂峰少年たちは5人でなにか話し合いを始めた。
しばらくすると、リーダー格のソウヤ少年が前にでてきた。
「待たせて悪い。一応君たちが魔法を使えるというのは信じるけど、俺たちと同じかどうかは確認させて欲しいんだ。君たちはどうやってその力を得たんだ?」
おっとこれはちょっと面倒な話になったぞ。というかなかなかに慎重だな少年たち。まあ力自体は隠してるんだろうし当然か。
どうするかと思って見ていると、双党は特に動揺もなく答えた。
「これは別の世界に行って、そこで教わったんだよね。全員そうだよ」
「別の世界? 国の名前とかは覚えてるか?」
「国? 美園覚えてる?」
「え? 確か……バーゼルトリア王国、だったかな」
「さすがよく覚えてるね~。そうそれバーゼルトリア王国」
国名を聞いて、ソウマ少年は仲間を振り返る。しかし仲間たちは首を横に振って「そんな国はなかったと思う」とか言っている。
んん? その言い方だと、この少年たちも異世界に行ったクチか?
双党も気づいたらしく、すかさず質問をした。
「君たちが行った国はどこなの?」
「俺たちが召喚されたのはソルトラント王国だ。一応そこで大陸中の国はほとんど行ったけど、バーゼルトリア王国っていうのは聞いたことないな」
「そうなんだ。私たちもソルトラント王国は聞いたことないかな。ただ私たちはバーゼルトリア王国からほとんど出てないから知らないだけかもだけど」
「出てない? 向こうの世界で何をしていたんだ?」
「一応モンスター退治とか、ダンジョン入ったりとかはしたけど、それ以上は特になにもしてないかな。私たちより強い人がいて、大体その人が何とかしちゃったから」
「あ~、なるほど、そういう感じか……」
訳知り顔にうなずくソウヤ少年。仲間の所に戻ってまた話し合いを始めるが、今度はすぐに戻ってきた。
「オーケー、とりあえず君たちのことは信じるよ。確かに俺たちも魔法が使えるし、スキルとかも持ってる。一応異世界ではそれなりに活躍はしたんでね。ところで3人は、こっちに戻ってきてからは何かしてんの?」
「特になにも。だって人前で使える力じゃないしね。君たちは?」
双党の質問に、ソウヤ少年は多少自慢そうに答えた。
「俺たちはこっちの世界でも戦ってるんだ。『応魔』っていう、『はざまの世界』からやってくる敵とね」
その後双党たちとソウヤ少年たちは、色々と情報交換をした。
やはり少年たちは、ソルトラント王国に召喚された子たちで、勇者パーティを組んでいたそうだ。1年ほど魔王討伐の旅に出て、無事討伐してこちらの世界に戻ったらしい。召喚された直後の状態で戻ってきたのも俺と同じようだ。
その話のなかで俺が気になったのは、
「え~、最初から皆強かったの?」
「え? だって異世界に行った時にチートがなかったら何もできないじゃん。自慢じゃないけど俺って元々ただのデブだったし」
「は? ソウヤ全員が太ってたみたいに言うのはやめてよね」
「アンタとカズキくらいでしょ、特にヤバかったのは」
「五十歩百歩だったろ。今は痩せてんだからいいじゃね~か。まあそんなわけで、俺は勇者って称号持ちで最初からそこそこ強かったんだ」
というやり取りがあったことだ。
「チート」というのは「ズル」とかいう意味の言葉で、こっちに戻ってから知った言葉なのだが、俺はそれにあたる力は「言語理解」しか持っていなかった。それに勇者の称号持ち、というのも意味不明だった。どうもその『称号』なるものを持っていると最初からいろんなスキルや魔法が使えたり成長に補正がかかったりするらしい。なんだそのズルは。
それともう一つ気になったのは、
「それで、その『応魔』っていうのがいつどこで現れるかっていうのはどうやって察知してるの?」
「それはスマホにメールが来るんだよ」
「メール? 誰から?」
「異世界の女神さまから。なんかこっちでも力を貸してくれてるみたいなんだよね。異世界を救った褒美っぽい」
「褒美ならもっと別のものが欲しかったよな」
「そうはいうけどカズキ、これも重要だろ」
「まあそうだけど。でもこれって結局仕事が増えてるだけだし」
みたいなやり取りだ。
俺が行ったあの異世界も神様がいるのは多分間違いないんだが、直接メッセージを伝えるとかそういうのはなかったんだよな。聖女と呼ばれる人がいてその人はメッセージを受け取っていたらしいんだが、なにしろちょっとしか会わせてもらえなかったしなあ。
ともかく俺とは話がだいぶ違って、正直かなりイージーな異世界生活を送っていたようだ。姿を見せて「ズルいなお前ら」とか文句を言いたくなったが、そこはぐっとこらえた。
まあ、正直、彼らの話にずっと違和感を感じていたからというのもあるんだが。
ともかく双党たちに接触させるという思い付きは悪くなかったらしく、同い年同士で結構話は盛り上がったようだ。基本しゃべっていたのは双党だけだったが。
そして1時間以上お話をした後、この場はお開きということになった。
「もしよければ一度『応魔』と戦うところ見ておく? 連絡来たらメッセージ送るからさ」
「でもこっち遠いんだよね~」
「じゃあもし出現場所が双党さんたちの住むところに近かったらってことでどう?」
「それならいいかな」
「オッケー、じゃあそうしよう。ほらカズキ、お前も連絡先聞いとけよ」
「ああ、それじゃ双党さんよろしく」
見ると坂峰少年が微妙に赤い顔をしているのだが……もしかして双党に一目ぼれとかしたか?
そういえば巡と双党って似たタイプかも。特にちょっとおバカっぽいところとか……と思ってたら、なぜか急に双党がこっちを振り返った。
いや絶対に見えてないはずなんだが……。女子の勘って恐ろしいわ。