3章 青奥寺と九神 08
「貴方は学園の……1組の相羽先生……? なぜ先生が美園と一緒に戦っていらっしゃるんですの?」
後半は青奥寺に向けた言葉だ。青奥寺はなぜかちょっとだけ誇らしそうな顔をして答えた。
「相羽先生は信じられないくらい強い人で、今お願いして助けてもらってるところなの」
「助けてもらってるって……先ほどの強さは青奥寺家から見ても異常なのではなくて?」
「それはそう、訳が分からないくらい強い。でも担任の先生だし大丈夫」
「はぁ?」
と九神が妙な声を上げるが、まあ確かに「担任だから大丈夫」というのは意味不明だよな。ただ青奥寺としても俺のことをきちんと説明するのは無理だろう。
青奥寺との会話では埒があかないと思ったのか、九神は俺にずいっと近寄ってきた。
「青奥寺家の方でないなら、いったい先生は何者なんですの?」
「俺は異世界帰りの元勇者だ。担任だから青奥寺を助けてるだけで、それ以上のことはない」
と正直に答えたのだが、やはり「秘密ということですのね」と片づけられてしまった。まあいいけどね。
俺に対する追及を阻むためか、青奥寺が俺と九神の間に割って入った。
「ところでこの状況はどういうこと? 私にあんな電話をかけてくるなんて初めてじゃない。しかもここって九神家の研究所よね」
「ええ、この間賊に襲われた場所よ。状況については見ての通りだけれど。私がここに来たら『深淵獣』の出現に出くわしたというだけよ」
「そんな言い訳が通じるわけないでしょ。あんな強力な『深淵獣』があなたの前に現れるのが偶然だなんて誰も信じない。あなたは『九神』なんだから」
青奥寺が目つきを鋭くすると、九神もそれに負けず劣らずの強い眼力で返す。
「……それは私が先ほどの『深淵獣』を召喚したと言いたいんですの? 召喚した『深淵獣』に襲われるような愚か者だとでも?」
「あなた以外にも召喚できる人はいるでしょう? 何を隠しているの? 討伐するのはこっちなんだから、関係ないとは言わせないから」
「……それは確かに……そうですけれど」
痛い所を突かれたのか、眼を逸らして黙り込む九神。
しかしさすがにこの件に関してはさすがにダンマリだと青奥寺も納得はできないだろう。しかし九神の方も身内の恥的な話なのでしゃべれないなんてパターンっぽいな。
しょうがないからここは勇者の調停力を発揮してやるか。生徒同士が諍い合うのを教師としては放っておけないもんな。
「あ~、九神さん? 今回君が『深淵獣』に襲われたのが偶然ではないというのなら、可能性は1つしかない。君はここに『深淵獣』が召喚される、もしくは『深淵窟』が作られるという情報を聞いて直接確認しに来た。そしてここに来た途端上位の『深淵獣』に囲まれピンチになった。このパターンだ」
「なんでそう見てきたように言えますの?」
九神は咎めるような目で俺を見上げるが、その態度で図星と分かる。
俺は九神の問いを無視して続けた。
「しかしそれならまだ隠すには至らない。君は自分が九神家の誰かに命を狙われた、そう考えているんだろ? だから隠す。身内のいざこざなんて他人には口にできないからな」
「先生は妄想がたくましいのですのね」
九神はかぶせるように嫌味を言ったが、一瞬だけ瞳に動揺が走ったのを見逃すような勇者でもない。『あの世界』じゃ権力者や貴族の面倒ごとなんかにもさんざん巻き込まれたからな。この程度のお家事情なんて見抜くのはたやすい。
それにこっちは結構な情報を握ってるからな。
「九神建設の社長か、怪しいのは?」
「……っ!?」
ここまでポーカーフェイスを保っていた九神だが、さすがに激しく動揺して眉を吊り上げた。ついでに後ろで微動だにしなかった執事氏も目を見開いている。
「なぜそのことを……いえ、何を言っているのか分かりませんわ」
「『九神 藤真』さんだったか? 君のお兄さんなんだろう? 家族の問題に口を出すつもりはないけど、さすがに人の命がかかるレベルだと無視もできないかな。君は明蘭学園の生徒だし」
名前とか兄とかいうのはすべてネットから拾ったものだ。社長の名前なんて普通に会社のサイトに出てるしな。彼がどんな人間かなんてすぐわかった。
さすがにそこまで言われると九神も多少は観念したようだ。溜息をつきつつ俺を疎ましげに睨んだ。
「なぜ先生がそのことをご存知なのかは聞いても教えてはもらえないのでしょうね」
「たまたま誰かが『深淵窟』を発生させているところに出くわしてね。後をつけたら九神建設の社長が出てきたんだ。儲かるのに誰もやらないから俺がやる、みたいなことを言っていたぞ」
「そんなこと簡単にできるはずが……いえ、先生は普通の人ではないのでしたわね。それに今の話、確かに兄の言いそうなことですわ」
「そう思うなら早く止めて欲しいんだが。できない理由があるのか?」
「証拠がありませんもの。そういうところだけは昔からそつのない人でしたし。しかし今回の件はさすがに私としても見過ごせませんから対処はいたします」
「そうしてくれ。命を狙われたとすれば注意はした方がいいが。何か助けはいるか?」
「助けてくださるの?」
「教師としては助けるのが普通だろ」
「……ありがたいお申し出ですけれど、今は遠慮いたします。先生がおっしゃった通り、家族の問題ですので」
そう言うと九神は少し寂しそうな眼をした。兄に命を狙われたかもしれないのだから当然だろう。
その姿に何か感じるところがあったのか、青奥寺が横から声をかけた。
「もし今回みたいな事が起こりそうなら連絡してよ」
「美園……、ええ、そうさせていただくわ。今回も頼ってしまってますからね。お礼は必ずいたしますわ」
「私はいらないけど先生にはお願いね。先生がいなかったら間に合ってなかったし、そもそも上位種はまだ私には無理だから」
「わかりましたわ。しかし美園もいつのまにか乙を一人で倒せるようになっているのですね。負けていられませんわね」
とか言いながら、ライバル美少女二人が互いに不敵な笑みを浮かべながら見つめ合っている。今回青奥寺も呼ばれてすぐに助けに行こうとしたあたり、仲が悪いわけでもないんだろうな。
その姿を穏やか目で見ていた執事氏が、腕時計に目をやってから九神に声をかけた。
「お嬢様、そろそろお戻りになりませんと」
「そうですわね。お二方はどうされますか? よければ車でお送りしますけれど」
「ああ、飛んで帰るから大丈――」
「車に乗せてもらいましょう先生!」
「おう……!?」
襟首を掴まんばかりの青奥寺の迫力におされ、結局九神の高級車に乗って家に戻ることになったのであった。