31章 勇者の里帰り 08
ビルの屋上は真っ暗だった。
地上からのぼる繁華街の光のせいで、逆に屋上は闇が一層濃くなっている。
屋上にある建屋の扉を静かに開いて中に入る。ちなみに扉の鍵は風魔法でスパッと切った。よく考えなくても器物破損だなこれ。あとで管理会社にこそっと金を置いてこよう。
すぐに下りの階段があるが、俺はその前で立ち止まり、下の様子をうかがった。
どうやら丁度、例の5人が階段を上がってきて、5階の廊下に入っていったようだ。『気配察知』からして向かったのは10人の人間と異形の影がいる部屋だろう。
階段を降り、暗い廊下を歩いていく。もちろん各種隠蔽スキルは全開である。
廊下の向こうで、5人が部屋の扉の前で何かを確認し合っているのが見えた。どうも各自剣や杖のようなものを持っているようだ。雰囲気としてはモンスター部屋に突入する冒険者パーティだが、いやいやまさかなあ。
5人が部屋の扉を開いて一気に中に入っていった。
俺は部屋の入口まで急いで走っていき、中の様子をのぞいてみた。
そこはなんというか、予想通りの光景と、予想外の光景の両方が展開されたいた。
予想通りなのは、部屋の奥にやはり異形のモンスターがいたことだ。上半身が人間の女で、下半身が吸盤のないタコの足を持つ、全高が3メートル近い化物だ。
上半身は人間と言ったがスケール感が微妙に違い、普通の人間の1.5倍くらいの大きさがある。ワカメみたいな長い黒髪を持ち、その髪に隠れて顔はほとんど見えない。ただ髪の奥に輝く目は不吉さを覚える赤色で、どうも雰囲気的に『悪魔』と言いたくなるような感じである。
異世界で似たようなモンスターを見たと言ったが、目の前のそれは明らかに異世界のものとは思えない異質さがある。
一方で予想外だったのは、その周囲にいる10人の人間が、性別や年齢や容姿などが全員バラバラの人間たちであったことだ。小さい男の子から、中年の会社員、さっきまで畑仕事をしていたようなおばちゃんまで様々だ。つまり完全に一般人が適当に選ばれてそこに集められたことになる。
しかもその人々は、立ってはいるものの表情は虚ろで、よく見ると全員タコ人間の触手が足に絡みついている。状況的には生気かなにかを吸われているみたいな感じだ。
そしてその異様な状況を前にして、5人の少年少女たちは平然として剣や杖を構えていた。その姿は確かに素人という感じではなく、目の前の化物と戦う人間たちといった雰囲気である。
「ソウヤ、これって第3階梯のオウマじゃない?」
「そうだな。だけどまだ力を十分にたくわえてないようだし問題ないだろう」
「まあね。っていうかこれならカズキでもいけるんじゃないかな。ねえカズキ?」
「……え? まあ、いけるかも」
そう言いながら前に出たのは例の坂峰少年だった。手に持っているのは先に水晶球がついた短めの杖だ。
「あ、ちょっと待って、結界張ってなかった」
女の子の一人がそう言って、やはり手に持っていた杖をかざす。するとこの部屋を丸ごと包むような魔法的な力場が形成されるのが分かった。
「結界」と言っていたので、外と内とを切り離して、内でどれだけ暴れても音が漏れないとかそんな感じのやつなんだろうと勝手に推測する。
「いいよカズキ、始めて」
そう言われて、坂峰少年は杖を化物に向かってかざした。
「『ライトニングボルト』!」
その言葉と同時に、杖の先から強烈な電撃がほとばしり化物を直撃した。
化物は大きくのけぞると、それまで10人の人間にのばしていた触手を引っ込め、自分の身体を守るように周囲に持ち上げた。
それまで立っていた10人は、全員力を失ったように崩れ落ちる。ありゃ、頭を打ってなきゃいいんだが。
「カズキ、効いてないよ!」
「わかってる! 『フレイムピアサー』!』
今度は細い炎の槍、というか光線が伸びて、触手の隙間を抜け胸に直撃した。
『ギエェェッ!』
今度は効いたようで、化物は汚い叫び声を上げた。
『おのれぇニンゲンどもめ、我らの餌になっていればよいものを!』
しかも普通にしゃべり出した。こいつただのモンスターじゃなかったのか。
「ふざけた奴だ。『フレイム……」
『させぬわッ!』
それまで防御に回っていた10本の触手が、一斉に坂峰少年の方に向かってきた。先端がドリルみたいになっているので貫くつもりなのかもしれない。
「やっぱ一人じゃダメか~」
そう言いながら坂峰少年の前に、もう一人の少年が出る。手に持っているのは長剣だ。彼はそれを縦横に振り回し、迫る触手を次々と斬り落としていく。
「悪いソウヤ。『フレイムピアサー』!」
坂峰少年が再度熱光線を発射する。今度は化物の額に命中し、『オゴッ』とかいう悲鳴を上げさせる。
触手が一瞬力を失い床に落ちる。
「ナイスだカズキ! 『ヘブンリーソード』!」
ソウヤと呼ばれた少年が『高速移動』に近い動きで化物に接近、光る長剣でその首を一気に刎ねた。
床に落ちた首の上に、力を失った化物の身体が覆いかぶさる。すると不思議なことに、そのまま化物の死骸は、床に吸い込まれるように沈んで消えてしまった。床に魔法陣みたいものが一瞬見えたので、もしかしたらどこかに転送されたのかもしれない。
戦いが終わって、少年たちは互いにハイタッチなどをしている。
戦いに参加しなかった少女たちは倒れた人たちの様子を見ながら、回復魔法などをかけているようだ。
「ふぅ、第3階梯相手にあそこまでやれるならカズキもいい感じになってきたな」
「だがまだ火力が足りない。どこかで練習でもできればいいんだけど」
「魔法はなあ。見られたら大変だし、山にでも行くしかないんじゃないか」
「面倒だな、それも」
「サヤ、そっちはどうだ?」
「ん~、全員間に合ったみたい。一応子どもとかにはヒールかけたから、朝までは余裕でもつと思う」
「んじゃこのままで、後は警察に任せるか。ところでカズキ、お前なんか女に振られたんだって?」
「……んで知ってるんだよ」
「そっちにも知り合いがいんだよ。まあドンマイ。オレも経験あるけど、見た目変わっても急にはモテるようになんねえんだよやっぱさ」
「女子って結構中身見るからね~。見た目変わった途端にイキったりすると、陰でバカにされたりするから注意だよ」
「ちっ、先言えよそういうのは」
そんな事を話しながら、少年たちはその場を去っていった。
いや、久々にびっくり案件に出会った気がするな。
まあ確かに、訳あり人間が青奥寺たちだけと決まってるわけでもないから他にいてもおかしくはない。おかしくはないんだけど、まさか国家機関である『白狐』にも捕捉されてない人間や化物がいるとは思わなかった。
自分が勇者だからってこっちの世界を舐めてたのかもしれないなあ。
申し訳ありません、11月3日の投稿がなされていませんでした。
本日は2話投稿いたします。