31章 勇者の里帰り 05
実家の俺の部屋は、半分荷物置き場になっていたが、半分はまだ前の主の生活臭を残していた。
といっても勉強机とベッドと本棚があるくらいで、あとは目立つものはない。
「これが先生の部屋ですか~。思ったよりつまらないですねっ」
「男の部屋に何を期待してたんだ?」
文句を言う双党を小突きつつ、俺はベッドの上に座った。
青奥寺たちはそれぞれ適当に床に座って部屋を見回している。
双党はベッドの下を覗き込み始めたが……デジタルデバイス溢れるこの時代にベッドの下のエロ本などあるはずなかろう。というかそんな昔のお約束知ってる女子校生ってどうなんだ?
「俺の部屋なんか見ても面白くないと思うんだが」
「先生の強さのルーツがわかるかと考えました」
などと真面目なことを言うのは新良、しかし残念ながらそんなものはない。
「この部屋で生活してた時は完全に一般人だったからなあ。大学の時は家出てたし、もう見るべきものはなにもないぞ」
「『フォルトゥナ』にスキャンをさせればなにか分かるかもしれません」
「絶対分からんって」
相変わらずどこまで本気なのか不明な新良に困っていると、青奥寺が小声で聞いてきた。
「先生、ご家族には勇者だっていうことは言ってないんですね?」
「俺以外は一般人だからなあ。言っても困惑させるだけだろうし、しばらくは黙っていることにした」
「それがいいと思います。普通の人だとどういう反応をするか分からないですし」
「だな。まあ青奥寺たちも口裏は合わせておいてくれ。しかしなんでわざわざ家に来たんだ? いや、以前約束したのは覚えてるが……」
「あの時先生の家に行こうという話が出たのは、先生のことを知りたかったからです。かなりのことを知ってしまった今だと、確かに来る必要はなかったかもしれませんけど……」
「美園はそこでいい子になっちゃダメでしょ。私たちが来たのは、先生のご両親に顔を覚えてもらいたかったからですっ」
双党がピッと手をあげながら宣言する。
「覚えてもらってどうするんだ?」
「それは後々有利な状況を作るためですよ。こういうのは地道な積み重ねが大切なので」
「有利な状況ってなんだよ。新良も同じか?」
「はい、おおむね同じです。私の場合は、地球人の一般的な家庭の様子を知りたいという目的もあります」
「サンプル収集みたいなやつか。確かに青奥寺の家とか特殊過ぎてサンプルにはならないかもなあ」
双党のは意味が分からないが、新良の方はまあ理解できなくもない、のか?
とはいえ一応教師らしく、ここで注意はしておいた方がいいだろう。
「まあだからって担任の家に来るのもな。昔はその辺おおらかだった時代もあったみたいだけど、今はマズいからな。お盆中ってのも常識的にはダメな感じだぞ」
「申し訳ありません。両親にも注意はされましたけど、無理矢理来てしまいました」
「すみません~。反省してます」
「申し訳ありません。先生との約束に頼ってしまいました」
「まあ約束したのも確かだから俺も悪かったのは確かだ。だからこれ以上は言わない。ところで今日はどうするんだ? この後は帰るんだよな?」
「『フォルトゥナ』の転送で帰る予定です」
「ああ、その手があるのか」
と言っていると、ドアがノックされて巡が顔を出した。
「あの~、先輩たちって今日帰っちゃいますか?」
「はい、そのつもりです」
青奥寺が答えると、巡は両手を胸の前で組んでお願いポーズを取る。
「あっ、じゃあそれまで少しお話しませんか? 私の部屋で女子だけでどうでしょう」
「ええ、それは大丈夫ですけど……」
と言って青奥寺が俺の方を見てくるので、うなずいてやった。
「よければ相手してやってくれ。コイツは友達がいないんだ」
「走兄ぃと違っていっぱいいます~。そういうこと言うなら、先輩たちに走兄ぃの弱点とか恥ずかしいこと教えようかな~」
「あっ、それすごく聞きたい! 巡ちゃんすぐ部屋行こ!」
すごく嬉しそうな顔で立ち上がる双党。青奥寺と新良も微妙に楽しそうな顔をしているので、俺は一気に不安になってしまった。
「巡、あまり適当なことは言うなよ」
「それは約束できませんなぁ」
俺がさらになにか言う前に、4人は速やかに部屋を去ってしまった。
まあよくわからんが、妹が相手をしてくれるなら助かるな。
その後は女子4人が部屋にこもってしまったので、俺は特にやることがなくなってしまった。仕方ないので久しぶりに飼い犬のスケの散歩に行くことにする。
俺がガキの時から飼っているスケはかなりの老犬で、散歩中の歩みもゆったりしている。俺は右手にリード、左手にビニール袋を持ちながら、ぶらぶらと河原の方へ歩いていった。
俺の主観だと、本当に久しぶりの故郷である。家の並びや土手の様子や川の流れなど、遠い記憶にある通りで本当に懐かしい。そんな感傷に浸りながら土手の上でボーッとしていると、心配になったのか犬のスケが足にまとわりついてくる。
「よしよし、お前も変わらないな」
俺はしゃがんでその頭や背中をなでてやる。そしてふと家の方を眺める。高めの土手なので、家の周囲がよく見える。
「ん? 誰だ?」
実家から少し離れたところにある住宅街の交差点に、一人の男が立っていた。
しばらく観察するが、そいつは角にずっと立ったまま、歩き出す素振りを見せない。しかもその男は、明らかに俺の実家のほうをじっと見つめていた。
「あそこからだと見てるのは二階の窓か?」
妹・巡の部屋の窓だ。う~ん、これはちょっと良くない雰囲気だな。
俺はスケの糞の始末をしてから、その男のいる交差点まで歩いていった。
男は、俺が近づいても気付かないで、じっと一点を見つめていた。間違いなく巡の部屋を見ているようだ。
「あ、こんにちは」
声をかけると、その男はビクッとなって、そして俺のほうを振り返った。思ったより若い。20前後、いや、もしかしたら高校生かもしれない。
「……」
パッと見はそこそこカッコいいと言える風貌だ。
男は妙に昏い目を俺に向けようとして途中でやめ、そのままなにも言わずに去っていった。
やっぱりこれはアレだな。巡に話を聞いた方がよさそうだ。兄を兄とも思わない妹だが、さすがに守ってやらんといかんからな。




