31章 勇者の里帰り 03
主観的に超久々の実家のリビングは、やはりなんとも居心地のいいものであった。
俺は椅子に座って、飼い猫である三毛猫のマルを膝の上に抱きながら、のんびりとお茶をすすっている。
テーブルの周りには俺の父親と母親、それと妹・巡とお客さんの雨乃嬢が座っていて、久々に帰ってきた息子を完全無視で話をしていた。
「隣の市の青納寺さんとおっしゃると、もしかして青納寺精工の?」
「はい、青納寺精工は父方の実家が営んでいる会社ですね。母もそちらに勤めています」
「やはりそうですか。実はウチの会社も随分お世話になってましてね。もしかしたらお母様にもお会いしているかもしれませんねえ」
などと話をしているのは父・正良、ごく普通の中年サラリーマンだ。見た目はギリギリいい男と言えなくもないが、基本的にいつも疲れている男である。
「もしかして妹さんがいたりしないかしら。私3年前まで市立小学校に勤めていたんだけど」
「あっ、それじゃお世話になっているかもしれません。晴乃って言うんですけど、今中学3年です」
「ああやっぱり、青納寺晴乃さん。担任はしてなかったけど授業では見てたわ。いい子だったわね。雨乃さんと同じく可愛くて男子に人気があったみたいよ」
などと教員らしい話をしているのは母・亜季子。ベテランの域に足を踏み入れている小学校教員だ。妹に言わせると美人の範疇に入るらしいが、俺には判断がつかない。
「それで雨乃お姉さんは兄とはどこで知り合ったんですか? というかこの兄が自分から声かけたんですか? 多分それはありえないと思うんですけど」
「相羽先生が勤めている明蘭学園は私の母校なんです。それで久しぶりに母校に挨拶にいったら相羽先生がいらっしゃって、同じく明蘭学園にいる私の従姉妹の担任の先生だっていうことで知り合った感じですね」
「うわ~、それってちょっとギリギリダメな感じじゃないですか。お母さん、それってアリなの?」
「生徒として受け持っていたっていうなら怪しいけど、赴任する前の卒業生なら問題ないでしょうね。そんなこと言ってたら、教員は付き合う相手の学校をいちいち聞かなくてはならなくなっちゃうでしょ」
「あ~、まあそれもそうか~」
とか言いながら俺のほうを何か罪人みたいに見てくるのは妹・巡だ。というかコイツのせいで家の中に勘違いが蔓延している気がする。
「なんか変に勘繰っているようだが、そもそも俺は青納寺さんと付き合ってるわけじゃないからな。今言ったように従姉妹を担任してるってのと、ちょっとだけ私的に世話をしたってだけだ」
「そんな人がわざわざ挨拶には来ないでしょ~。ねえ雨乃さん?」
「ふふっ、どうでしょうか」
いやなんでそこでミステリアスなお姉さんっぽい雰囲気を醸し出すんですかね雨乃さん。はっきりと否定してくれないと、このクソ妹がしつこくいじってくるから困るんですが。
俺が苦い顔をしていると、今度は母が訳知り顔でこっちを見てくる。
「走、こんな素敵な女性は二度と現れないんだから、しっかり誠意を見せてお付き合いしなさいね。お金も貯めて、彼女の卒業に合わせられるようにしないと」
「だから付き合ってないし、そういう決めつけは青納寺さんも困るからやめてくれって。青納寺さん、変な家族で悪いね」
「そんな、とてもいいご家族だと思います。私も落ち着く感じがします」
「挨拶に来てもらってしかも気を遣ってもらって申し訳ない」
「走兄ぃ、もし付き合ってないなら余計しっかりしないとダメだと思うけどねぇ。大学まで彼女なしで来たんだから、ここで挽回しないと一生チャンスないかもよ」
「余計なお世……」
「えっ!? 相羽先生って学生時代は彼女いなかったんですか!?」
いきなりテンションが上がる雨乃嬢。くっ、誰にも言ってなかったのに……と言いたいところだが、双党あたりにはバレていた気もするな。
「走兄ぃは部活に打ちこむって言い訳して、ずっと女の子を避けてたみたいなんですよねぇ」
「そうなんですね! 私と同じです!」
「えっ、雨乃さんずっと彼氏なしなんですか? そんなに美人なのに?」
「ええ。私もずっと剣に打ち込んでいて、そういうのはなかったんですよね。まあ好きになる相手もいなかったっていうか。やっぱりちょっと寝取られ……いえ、とにかくそんな感じです」
今すごくマズい言葉を言おうとしていたような気もするが、巡も両親も気づかなかったようだ。
ともかくなぜか雨乃嬢が嬉しそうな顔で俺を見てくるようになったのだが、なにかシンパシーでも感じ始めたのだろうか。多分俺と雨乃嬢では、相手がいなかった理由はまったく違うと思うのだが。
「ところでお世話をしていたという話ですが、ウチの息子がなにをお世話したんでしょうか。性格はまあ悪くはないと思うんですが、お世話するようなこともない気がするんですが」
とここで父が鋭い質問をする。
「いくつかあるんですが、一つは変な男に絡まれているのを助けてくれたことですね。それと合コンで酔いつぶれていたところを介抱してくれたりとか」
う~ん、前者は『釣り師』ガイゼルの話かな? 後半はそのまんまか。
「合コン? 走が合コンに参加したんですか?」
「いえ、たまたま同じ店にいたんです。ちょっと男子が怪しい動きをしてたらしいので、それも相羽先生に助けてもらった感じです」
「なるほど……。どうもドラマのような話ですね」
「走兄ぃがストーカーしてただけなんじゃないの? そんな場所にたまたま出くわすとかないよねぇ」
「あ、合コンの方は、実は事前に助けてもらうようにお願いしていたんです。私お酒に弱いので」
「なんだぁ。ストーカー疑惑はなかったか」
「あるかそんなもん。社会人はそんな暇じゃないんだぞ。1年目なのに担任はやってるし部活と同好会の顧問だし妙な生徒には絡まれるし」
「あら、初任者で担任は厳しいわね。小学校ならなくはないけど、明蘭学園はそんなに人手不足なの?」
さすがに現役教員だから母はその異常性がわかるらしい。
「いや、元の担任の先生が急に入院して、代打で仮の担任やってそのまま。元の先生は戻って来たんだけど、体調が十分じゃないって感じかな」
「へえ。でもまあ、やれてるのなら大したものじゃない? クラスは何人?」
「30人。全員女子なのがちょっとキツいけど」
「えっ、明蘭学園って女子校なの? 走兄ぃそんなこと言ってなかったよねぇ」
と驚いた顔をするのは巡。この辺りは男女別学の高校はなくなって久しいので、そんな反応にもなるか。
「……実は知らなかったんだ。行ったら女子しかいなくてビックリした」
と正直に言ったら、家族全員が白い目で俺を見てきた。
まあこれは仕方ない、自分でもアホだと思ったし。
一人雨乃嬢だけがクスクスと笑っている。
「相羽先生もそういうところがあるんですね。いつも完璧寝取られ超人なんだと思ってました」
「寝取られ超人……?」
巡が首をかしげるが、正直俺も意味が分からないので突っ込みようもない。両親は聞かなかったことにしたようだ。
ともかくそんな話を夕方までして、さすがに泊めるなんて話にもならず、結局俺が雨乃嬢を駅まで送ることになった。
巡は最後は「兄をよろしくお願いします。捨てないであげてください。それと雨乃さんが私のお姉さんになってくると私が喜びます」とか言っていたが、どうも雨乃嬢とはかなり仲良くなったようだ。まあ時々発せられる意味不明言語以外は美人でカッコ良くて聡明そうなお嬢さんだからなあ。巡が憧れるのも分からなくはない。
ただ残念ながら、彼女が義理の姉になる可能性はスライムがドラゴンに勝つレベルで低いんだ。悪いな、ダメな兄で。