31章 勇者の里帰り 01
異世界修学旅行を終えて元の世界に戻った俺たちは、ひとまずそれぞれの家へと帰っていった。
俺は清音ちゃんを送っていきながら山城先生に一通りの報告をしたり、三留間さんのお宅にお邪魔をして魔法が使えるようになったことを説明したりした。このあたりは教員として必要な業務である。
それから九神家に行き、異世界スポーツカーの納車もした。女王陛下が気前よく3台用意してくれたので、それを九神家のガレージに取り出して置く形である。
九神世海の父である仁真氏が顔をほころばせて「おお、ありがとうございます相羽先生! これは3台とも素晴らしいものですね! 確かにどの国のデザインとも違う、見たことのないフォルムの車です! いやこれはいい! ウチのデザイナーにも見せてやらないといけないものです」と大層上機嫌であった。
なおこの時になって、九神グループが自動車メーカーまで傘下に置いていることを知った。九神世海によると、どうも仁真氏の趣味が多分に入っているらしい。さすが金持ちは同じ趣味でもやることが違う。
さてそんな中でまず問題となるのが、ついてきてしまったルカラスと、連れてきた『赤の牙』4人の処遇であった。
といっても『赤の牙』についてはもともと九神家のほうで何とかしてくれということだったので、ついでにルカラスについても頼んでしまった。一般人である俺にはどんなカラクリがあるのか不明だったが、数日後には全員日本国籍を取得して、大手を振って日本で生活ができるようになっていた。
『赤の牙』については、例の『定在型深淵窟』での『深淵獣』間引き作業をしばらく担当してもらうことにした。雇い主は九神家、住むのは職場近くのアパートとした。仕事としては収入は悪くないようなので、とりあえずそれで平和に暮らしてもらいたい。
なお獣人レグサ少年の耳と尻尾、それと鬼人族ドルガの角は、俺が持っていた変装用の魔道具で適当に誤魔化すようにしてある。
リーダーの金髪イケメン剣士ランサスは別れ際に、
「貴殿には礼のしようもない。侯爵を引き渡したあと少しだけ女王と話をしたのだが、彼女は我々が考えているような為政者とは少し違うようだった。それを感じた後に思ったのだが、我々はやはり貴殿に命を救ってもらって幸いだった。貴殿の顔に泥を塗るような生き方だけはしないと誓わせてもらう」
と堅苦しいことを言ってきたが、4人とも少し晴れやかな顔をしていたので、まあ第二の人生を楽しめるようにはなりそうだ。ただしその内こき使うつもりだが。
一方でルカラスはしばらくカーミラと一緒に俺の隣の部屋に住むことになった。考えれば奴は元が古代竜なので、人間の生活がまだわかっていないのだ。なのでカーミラが先生になって、独り立ちできるまで常識や家事スキルなどを叩き込んでくれるらしい。
俺の中でひそかにカーミラの株が爆上がりしたが、それは口にはださなかった。出すと柔らか地獄を仕掛けてくるし、よく考えたらカーミラはもともと『ルカラス財団』の人間なので、面倒を見るのが当然といえなくもないからだ。
その後は俺も日常に戻り、学校で書類の整理をしたり、部活の指導をしたりと、研修に出たりと普通に夏休み中の業務をこなした。
そして日付が進んでいき、世間は『お盆』なる期間に突入しようとしていた。
「ああ、母さん、明後日そっちに帰るからよろしく。は? 子どもじゃないんだし半年くらい連絡なんてしなくてもいいだろ。こっちも仕事で余裕がなかったんだって。そうそう、わかったわかった。え、ご近所さんに配る土産? 別に旅行してるわけじゃないんだから要らないだろそんなの。あ~あ~、わかったよ。は? 女の声? テレビの音声だから。じゃあ明後日ね、よろしく」
一度はもう聞くことができないと思っていた母親の声だが、スマホ越しだったからか意外となんの感動もなかった。
まあ向こうからしたら別にいつも通りだからな。俺だけ感動してても気持ち悪いしそれでいいのかもしれない。
などと思いながら俺がスマホをテーブルに置いて溜息をつくと、ルカラスが俺の顔を覗き込んできた。
「ハシル、今の会話の相手はハシルの母親か?」
「そうだ。たまには会いに行かないとマズいからな。明後日から3日間里帰りだ」
「なるほど。我には親の記憶がないのでわからぬが、ニンゲンには必要なことなのだろうな」
「お前親っていなかったの?」
「我は古代竜ぞ。我があれと思った時には我はすであったのだ」
「意味が分からないけどそんなわけないだろ。長生きしすぎて忘れただけじゃないのか」
「馬鹿にするな。そのような訳ないであろう!」
白銀の髪、真紅の瞳の美少女状態のルカラスが両手でポカポカと俺の肩を叩いてくる。こいつ、いつの間にそんなあざとい動作を? きっと教えたのは双党だな。
「うわ~、おじさん先生そうやって絡ませにいくとかサイアクだよね~」
ベッドで横になって冤罪製造を始めるのはもちろん褐色ひねくれ娘のリーララだ。
夏休み中は当たり前のように2日に1回は泊まりに来るという暴挙に出ているのだが、そのうち完全に住み始めるのではないかと気が気ではない。
「『絡ませにいく』って意味が分からんわ。それより今電話したように、俺は明後日から3日間いなくなるからな」
「里帰りね~。おじさん先生にも実家があったのが驚きだよね」
「驚き要素はどこにもないだろ。実家が羨ましけりゃお前ももう一回孤児院帰るか? 転移装置使っていいぞ」
「はぁ? この間行ったばっかりなんだし行くワケないでしょ。それよりおじさん先生、一人で帰るつもりなの?」
「誰か連れてく必要ないだろ」
と答えてからふと思い出した。
たしか以前処刑に……青奥寺たちにリーララの件を問い詰められた時に、実家に連れて行くなんて約束をさせられた気がする。
まあ教師が教え子の女子生徒を実家に連れてくとかどう考えても社会的にアウト中のアウトだし、今思えば冗談だったとは思うんだが……。
熊上先生には嫁さん候補を連れて行って親を安心させてやれなんて言われたが、俺はまだ23だしなあ。
なんて考えてると、歩く18禁のカーミラが鍋をもって玄関から部屋に入ってきた。
「今日はカレーにしたからねぇ。リーララお皿用意してもらえるかしらぁ」
「しょうがないなぁ。あ、すごくいい匂い」
「おお、さすがカーミラだ、我の好物がよくわかっておる」
う~ん、なんかここのところ俺のプライベートタイム&スペースは完全になくなってしまったんだよなぁ。
まあカーミラの料理はかなり美味いのでいいのだが……なんでこんな狭い部屋で4人集まって飯を食う必要があるんだろうか。
「ところで先生、実家に帰るって話は大丈夫だったのぉ?」
「ああ、明後日から3日間帰るわ。その間ルカラスの面倒は頼む」
「それはいいけど、むしろ連れて行ってしまったほうがいいんじゃなかしらぁ。ついでに私もご両親にご挨拶しておきたいしねぇ」
「お前らが来たら大変なことになるんだよ。田舎の情報網を甘く見るな。お前らみたいな目立つ美人とか連れていってみろ。相羽さん家の息子がとんでもない女たらしだとか、身に覚えのない事実が作り上げられるんだぞ」
俺が真剣な顔で言ったからだろう、リーララとカーミラは凍り付いたような顔になった。ルカラスはひたすらカレーを口に運んでいるが。
「……身に覚えのない、ねぇ。たしかに事実と本人が自覚しているかどうかは別だから、そういう言い方はできるのかしらねぇ」
「そんなふうに無理矢理納得する必要はないと思うけどね~。おじさん先生が単におバカなだけってことで十分でしょ」
しばらくして再起動した2人がなにか言っているが、やはり異世界人であるこいつらに日本の田舎の怖さは理解できないようだ。
「とにかく誰も連れてはいかないからな。リーララはこの部屋を使ってもいいが、火事だけは気をつけろよ」
「おじさん先生がいないなら来ないから大丈夫」
「待てハシル。まさかつがいである我を3日も放っておくのか?」
「つがいじゃないから3カ月でも3年でも放っておくわ」
「そんな言い方はないであろう!?」
カレーのスプーンを持ったままポカポカしてくるルカラス。こいつ人化して知能が子ども並になったんじゃないだろうか。
頭をなでてやると「そんなので誤魔化されんぞ」と言いつつカレーに戻るあたりもちょっと怪しい感じである。
まあともかく俺にとっては久しぶり過ぎる実家だ。できればゆっくりとしたいところだな。