3章 青奥寺と九神 07
というわけでこれで終わりかと思っていたのだが、山城先生に「一応青奥寺さんのお家にも連絡はしておいてね」と言われてしまった。
考えてみればその通りで、家庭との連絡は密にしないといけない。
それはいいのだが、青奥寺家に電話をした結果、なぜか急に2回目の家庭訪問をすることになってしまった。
「何度も急にお呼びだてして申し訳ございません。この間も美園を助けていただいたようで、本当にありがとうございます」
と応接間で挨拶をするのは青奥寺の母上の美花女史。もちろん本人と父上の賢吾氏も同席である。
「いえ、大切なお話があるとのことでしたので構いません。美園さんを助けたのも担任ですから当然と思ってください」
「ありがとうございます。助けていただいた分の礼は必ずいたします」
「そちらはあまりお気遣いなさらないでください。ところでお話というのは?」
「はい、お話したいのは私たちと九神家の関係についてです。先生には知っていただいた方がよろしいかと思いまして」
と俺の方を窺う美花女史の目には何か意味ありげな雰囲気がある。俺が九神家の研究所でやったことまで双党~青奥寺経由で聞いたのかもしれない。
「そうですね、お聞きしておいたほうがいいようです」
「ええ、それでは……」
と言って聞かされたのは、
・九神家は『深淵の雫』を加工することを裏の生業とする家である。
・青奥寺家は『深淵の雫』を九神家に買い取ってもらっている。
・両家ははるか昔から関係があり、仲がいい悪いは時代によって変わる。
といったことであった。
九神家が『深淵の雫』を何に使っているかまでは知らされなかったが、どうやら権力者とかなり強い結びつきがある家らしい。
まああの研究所の警備員が銃を持っていた時点で察しはついていたけど。
「美園さんと九神世海さんの関係も、両家の関係が微妙に影響しているという訳でしょうか?」
「本人たちに自覚があるかどうかは分かりませんが、ないとは言えないでしょうね。小さい頃は仲が良かったんですけどねえ」
とそこだけは母の顔になって娘の顔を見る美花女史。賢吾氏もあいづちを打つが、当の本人はそっぽを向いている。
「わかりました。当人同士は今回もある程度は一線を守って言い合っている感じでしたので大丈夫だとは思います。ただ、九神家の動きについては……」
俺がそこまで言うと、美花女史はきゅっと眉を引き締めた。
「実はそのことなのですが……先生はどこまでご存知でしょうか? 推察なさっていることでも構いませんのでお教えいただけませんか?」
「そうですね。やはりここ2回の『深淵窟』で『深淵核』が見つかったこと、2回目の現場に九神世海さんが現れたことから考えて、九神家の何者かが『深淵窟』を発生させたと見ていいと考えています」
「ええ、そうですね。しかも世海さんは誰がやったのか知っていそうだったとか」
「そう聞こえましたね。どうやら証拠集めをしてたようでした」
あの時九神は「あの男はまたやるでしょうし」と言っていた。
「あの男」というのがビルの最上階にいたナルシスト男だというのはほぼ確定だ。つまり九神はそれを知っていて糾弾するための証拠集めをしていた、と考えるのが妥当だろう。まあ九神がもっと腹黒くて、男の弱みを握ってさらなる悪事を働く……という可能性もなくはないが。
ただこのことを青奥寺家に伝えてもいいものかどうかは悩ましい。もっとも伝えたとして、あちら側の問題に手出しはできないだろうが。
「先生は、九神家の中でも一部の者が今回の件を引き起こしていると考えていらっしゃるのですね」
「ええまあ。九神世海さんも明蘭学園の生徒ですし、教師としては彼女がそういった危険なことをするとは信じたくないというのもあります」
「そうですか……。世海さんは九神家の直系の跡継ぎと目されています。今回の件に彼女の側が関わっていないというなら青奥寺家としても助かるのですが」
美花女史が目を伏せると、青奥寺が横から口を出した。
「お母さん、私も世海が『深淵窟』を作ったとは思ってないから。今日文句を言ったのは『深淵の雫』の管理がずさんだったからだし」
警備員に銃を持たせていたくらいだからずさんということもないだろうが、確かに数が少なかったような気もするな。『クリムゾントワイライト』に狙われる可能性を考えていなかったのか、それとも……いや、そこは今俺が考えることではないだろう。
まあともかくも、ちょっと雰囲気が重くなってしまった。
そろそろ切り上げさせてもらうか……と考えたところで、俺の首筋にピリッと来た。
同時に青奥寺のスマホが鳴ったので少しだけビクッとしてしまう。
「えっ、世海から? すみません、ちょっと電話にでます」
といって青奥寺が席を外した。廊下で通話を始めたのだろう、二言三言しゃべったかと思ったら、急ぎ足で応接間に戻ってきた。
「『深淵獣』が急に現れたって世海から今連絡が! 乙が少なくとも3体いるって!」
青奥寺を背負って飛ぶこと5分ほど、例の九神の研究所の敷地上空に俺はいた。
下を見ると、確かにカマキリ型の『深淵獣』が3匹、研究所の建物に囲まれた場所で暴れている。
どうやら何かを攻撃しているようで、3匹が集まってしきりに鎌を振り下ろしている。
しかしその鎌は見えない壁か何かに阻まれているようだ。どうも攻撃されている人物が結界か何かを張っているらしい。
俺は『深淵獣』の後ろに着地して青奥寺を下ろしてやる。緊張していたせいか慣れたせいか、今回はそこまで酔っていないようだ。
「戦えるか?」
「……はい、大丈夫……です」
一匹が俺たちに気付いて鎌を振り上げて襲い掛かって来た。
青奥寺が反応し、すれ違いざまに鎌を一本斬り落として、そいつを自分に引き付ける。
「先生は残り二匹をお願いします!」
と言ったのは、残り二匹が上位種なこともあるのだろう。
二匹のほうに近寄っていくと、襲われている人間がはっきり見えた。
青奥寺に電話をしてきたのだから当たり前の話だが、そこにいたのは金髪縦ロールお嬢様の九神世海と、あの時一緒にいた執事氏だ。
どうやら執事氏が結界のようなものを張っているらしく、両手で『深淵の雫』を持って精神集中をしている。ちょっと苦しそうな顔をしているので限界が近そうだ。
俺はミスリルの剣を取り出して『高速移動』、こちらに背を向けていた一匹の首を落とす。やっぱり防御力に難があるな。
もう一匹は俺に気付いて俺の方に向きを変え、鎌を高速で振り回してきた。
といってもすでに一度戦っているので相手にもならない。カウンターですべての鎌を斬り落としてやり、残った首を真っ二つにして討伐完了だ。
青奥寺の方を見ると、すでに3本の鎌を落として勝負はほぼついた感じになっていた。見る間に最後の鎌を斬り飛ばし、噛みついてきた頭部を、『疾歩』と同時の一閃で両断していた。
俺が見せた技をすでにものにしているようだが、ちょっと上達が早すぎる気もする。結局乙型を一人で倒してるし……。勇者が先生だから、ということにしよう。
俺たちが『深淵獣』を全滅させると、九神と執事氏がやってきた。執事氏はかなり消耗しているようだが、それでも姿勢を崩さないのはプロフェッショナルな感じである。
「乙型の上位種2体を一瞬で倒すなんて、これほどの手練れが青奥寺家にいらっしゃったとは驚きましたわ……え……?」
そう言いながら九神はお嬢様っぽく髪をかき上げ、そして俺の顔を見て目を見開いた。