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30章 異世界修学旅行その3  16

 俺は今、あの意味不明な巨大モンスターの斜め上空100メートルほどのところに浮かんでいる。隣には羽を広げたルカラスがいて、俺と同じように眼下でうごめく奇妙な手と口と目玉の集合体を睨んでいた。


--------------------

ヘカトンケイル Sランクモンスター


神話の怪物。


無数の腕、無数の目、無数の口をもち、近くにあるものすべてを捕食する、災厄ともいえるモンスター。


極めて高い物理耐性、魔法耐性を持ち、並の攻撃では傷一つつけられず、それ以前にほとんどの攻撃は察知され防がれる。


口からは常に猛毒のガスが吐きだされており、近くの生物すべてを死滅させる。


弱点は特になし。


特性


強物理耐性 強魔法耐性 状態異常耐性 


スキル


毒息 滅びの吐息 超反応 丸呑み 超再生

--------------------



『ヘカトンケイル』は神話に出てくる無数の腕を持つ巨人だった気がするが、さすがに目の前の()()にその名前をつけるのは、元ネタの人が怒るのではないだろうか。


 しかし『アナライズ』の説明はなかなかに絶望的だ。Sランクなんて表示は初めて見るし、『災厄』という言葉は魔王にしか使われていなかった。

 

「ハシルよ、どうする?」


「まずは遠距離から攻撃してみるか。ルカラスはブレスを頼む」


「心得た」


 俺は『増幅』『加速』『圧縮』の魔法陣を3枚ずつ、計9枚を前面に重ねて展開する。使うのはお得意の『トライデントサラマンダ』だ。これを強化してぶつければ、さすがに多少はダメージがあるはずだ。


 見るとルカラスが50メートルほどまで降下して、そこで上半身を大きくのけぞらせたかと思うと、そのまま顔を突き出してブレスを放った。


 見た目美少女が口から火を吐くのはどうかと思うのだが……見なかったことにしよう。


 ルカラスの口から放たれた青白い炎は、ほとんど太い光線のようになって一直線に伸び、『ヘカトンケイル』を直撃した。さすがに古代竜の一撃は腕で掴むことはできなかったようだ。


 数十本の腕が爆ぜ飛び、目玉も口もまとめて吹き飛んだように見える。命中した跡はえぐれたようになり、本体からは赤黒い体液がドロドロと流れだしている。見事にダメージは与えられたようだが、しかし『ヘカトンケイル』全体からすると50分の1くらいの面積をえぐったにすぎない。


「次は俺がやる、俺の後ろに下がってくれ」


 ルカラスが距離を取ったのを確認して、俺は久々の『トライデントサラマンダ』を発動。


 三重螺旋を描く炎の槍は『増幅』『加速』『圧縮』の魔法陣を通るたびに強化され、最終的には純白の光の螺旋となり、その螺旋はわずかに広がりながら『ヘカトンケイル』に突き刺さった。


 ゴボッ!!!


 その瞬間、白い火球が『ヘカトンケイル』の内部に生じ、巨体の半分ほどを蒸発させた。すべてを一発で吹き飛ばすつもりだったのだが、魔法耐性が思ったより高かったようだ。


「ハシル、いつの間にそんな強力な魔法が使えるようになったのだ?」


 ルカラスが隣に来て真紅の瞳を向けてくる。驚いているのかと思ったら、少し膨れたような顔なので悔しがっているようだ。子どもか。


「なんか『魔王の真核』を斬った時、魔王の魔力を吸収したらしい。『導師』もそう言っていたよ」


「なんと!? それは大丈夫なのか?」


「多分な。今のところ『魔王』になったりする感じはないから安心してくれ。それよりこれなら倒せそうだな……おっと」


 フラグ気味のセリフを口にしたせいか、半身を失った『ヘカトンケイル』に動きがあった。えぐれた部分が内側から盛り上がりはじめたのだ。しかも盛り上がったところから腕がニョキニョキと次々生えてきて、その付け根に目玉と口が浮かびあがってくる。なるほどこれが『超再生』か。強力なモンスターが持っていることも多いスキルだが、このレベルのものは厄介だな。


「『再生』持ちとは面倒な奴よ。しかし我とハシルが力を合わせれば問題なく倒せよう」


「ならいいんだけどな。さすがにさっきの魔法は連射はできないんだ」


「む? それはちとうまくないのではないか?」


「だな。思ったより『再生』が早い。嫌な感じだな」


 ルカラスが急降下して再度ブレスを吐く。再生途中の部分をえぐったが、その部分もルカラスが次のブレスを放つ前に再生してしまう。千日手パターンに入りそうな予感。


 しかもそれまで一方的に攻撃を受けていた『ヘカトンケイル』が、ここで初めて反撃の動きを見せた。なんと数十本の腕がいきなり伸びて来て、ルカラスや俺を掴もうと迫ってくる。


「そのようなものに捕まるはずなかろう!」


 ルカラスは巧みに迫る手をかわしながら、邪魔な腕は伸びた爪で引き裂いている。というか赤い爪が30センチくらい伸びているのがちょっと怖いぞ。 


 俺は『魔剣ディアブラ』を取り出して、伸びてくる腕をひたすら切り払う。しかし斬るはしから再生しているようで、いくら斬ってもきりがない。


「ハシルよ。これは『再生』を止めねば(らち)があかぬぞ」


「だな。しかし『再生』妨害か。そんな効果のある武器は……」


「ハシルが使っていた聖剣は『魔王』の再生を止める力があったのではなかったか?」


「そうなんだけど、真核を斬った時に爆発に巻き込まれて消えたんだよ」


「むう、それは困ったものだ」


 ルカラスがブレスを横薙ぎにして数十本の腕を消滅させる。しかし焼け石に水、同数の腕がすぐにまた伸びてくる。


 しかし聖剣か。あの時消えたはずなんだが、俺がそう思い込んでいただけで、実は『空間魔法』に入っているなんてことがあったりしないだろうか。


「……って、あるのかよ」


『空間魔法』から引き抜いた手の中に、輝かんばかりの光を放つ長剣があった。


 白銀の刃には九つの五芒星が刻まれ、天使の羽を模した鍔は神々しいオーラをまとっている。いかにも聖なる武具と言わんばかりの聖剣『天之(てんの)九星(きゅうせい)』。俺が勇者生活後半をずっと共にした相棒である。


 久々に握る――と言っても半年ぶりくらいだが――『天之九星』は、俺の手の内で微かに震えていた。もしかしたら「なぜ自分を忘れていた」と怒っているのかもしれない。


「なんだ、あるではないか」


「ああ、どうもなくなったと思い込んでいただけのようだ」


「その抜けっぷりがハシルよな」


 失礼なことを言った罰が当たったのか、ルカラスの足首を『ヘカトンケイル』の手が掴んだ。すかさず爪で斬ろうとしたルカラスの腕を、肩を、翼を、伸びてきた手が次々とつかんでいく。しかもそのまま、ルカラスの身体は『ヘカトンケイル』へと引っ張られていった。


「むうっ!? しまった! ハシルよ!」


「任せとけ」


 俺は『機動』魔法を最大出力にしてルカラスを追い越すと、掴んでいる数十の腕を『天之九星』でまとめて切り裂いた。ついでにあらゆる方向から迫ってくる腕を、草を刈るように切り払っていく。


 しばらく腕を斬りまくっていると、伸びてくる腕が次第に減ってきた。見ると斬られた腕が再生せず、本体から垂れ下がるようにして動きを止めている。どうやら『天之九星』の再生妨害効果が効いているようだ。


「さすがハシルだの。しかしあれに止めを刺すのはちと面倒かもしれぬ。その剣で片端から切り刻むか?」


「そうだな……」


 と話をしていると、腕を半分ほど失った『ヘカトンケイル』が全身の口を大きく開いた。その口から、直径1メートルはありそうな紫色の球体が高速で発射される。見た感じ猛毒のブレス的なやつだろう。それ以前に物理的な破壊力も相当にありそうだが。


 俺は『アロープロテクト』の魔法を展開してその弾丸ブレスを防御する。毒については俺もルカラスも完全耐性持ちなので効果はない。


「むう、ここまで連続で攻撃されると近寄れんな。どうするハシルよ」


「ちょっと黙らせるか。『ウロボロス』、パルスラムダキャノンをしこたま撃ち込んでくれ」


『了解でっす。最大出力で撃ち込みまっす』


 レールガンだと食われるみたいなのでエネルギー兵器だ。さっきは魔法も食っていたのでどうなるか微妙だが……


 上空から無数の光線がババババッと閃いて、『ヘカトンケイル』の巨体にまとめて突き刺さった。全身が見る間にえぐれていって、半分ほど本体が消失したところで『超再生』と拮抗したようだ。


「『ウロボロス』もう少しそのままだ」


『射撃継続しまっす』


 ブレスの連射も止んだので、俺はさっきの『トライデントサラマンダ』を用意する。魔法陣複数展開、『トライデントサラマンダ』射出。


 光の三重螺旋が『ヘカトンケイル』に突き刺さり、地上の太陽よろしく爆発を起こす。どうやらほぼ吹き飛ばせたようだが、まだ自動車一台分くらいの破片が残っていた。


「悪いルカラス、最後焼き払ってくれ」


「おお、任せろハシルよ」


 一応ルカラスにも見せ場を作ってやって、なんとか『特Ⅲ型』の討伐は完了となった。


 しかしさすがにあのレベルは俺でも力押しだけでは難しいようだ。多分本気を出せばいけるとは思うが、逆に言うと力が上がった分戦い方が雑になっているのかもしれない。


 そんな風にちょっと反省していると、手の中の『天之九星』がまたブルブルと震え出した。


「ああ悪い、せっかく取り出したのにあまり活躍できなかったな。次は活躍させてやるから」


 と声をかけると、聖剣の震えが止まる。いやいや、本当に言葉を理解しているのかコイツ。それはそれでちょっと怖いんだが、そう言えば『ディアブラ』も震えてた気がするな。


「しかしハシルよ、あの『ウロボロス』とやらは凄まじいな。悔しいが我の力では太刀打ちできぬ」


「いやあれはしょうがないって。ある意味俺より強いからな。それにお前の存在価値は力だけじゃないだろ、気にするな」


 本気で落ち込んでいる風だったので慰めてやったのだが、ルカラスはその瞬間パッと嬉しそうな顔になった。


「うむうむ、そうであろう! 我はハシルのつがいとしての価値もあるからな! そこは負けるつもりはないぞ!」


「だからそれはいいっての」


 まあこれでとりあえず、こっちの世界でやることは完全に終わった気がするな。


 後は元の世界に帰って夏休みを満喫するか。といっても部活の合宿とか書類の整理とか教員の研修とかたんまり予定は入っているんだが。

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― 新着の感想 ―
魔王の力取り込んだ勇者とか、最悪だろw まあ、暴れようと思ったとしても正妻には勝てないだろうけど
お前の価値は力だけじゃないだろ ……乗り物としても負けてる……
ウロボロス強すぎて草 一応最大火力の魔法と同等のを照射し続けられるのか
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