30章 異世界修学旅行その3 11
「つまり我々にババレント侯爵を暗殺しろというのだな」
「いや別に暗殺しなくてもいいって。捕まえて女王側に引き渡せばそれでいい」
孤児院のことはリーララたちに任せ、俺は一人『ウロボロス』に戻ってきていた。
すぐに四人組『赤の牙』を『統合指揮所』に呼び出した。そしてとある提案をして、金髪イケメンのランサスに難しい顔をさせたところである。
「命令というならやるが……しかしなぜ私たちにそれをやらせる? 貴殿なら簡単にできるのではないか。このような魔導船まで持っている貴殿ならば」
「だってお前ら王国にとってはお尋ね者だろ? それを解消するには丁度いいと思うんだよ」
「まさかババレントの首を手土産にして、王国と取引しろというのか?」
「そういうこと。お前らは『魔人衆』から切られた身なんだし、いまさら侯爵に肩入れしてもしょうがないだろ?」
「……それは確かにそうだが……」
「それとも侯爵のやり方はお前達の元の目的に合致してんのか?」
「古の世界に戻す、という意味ではそうだな。だが『導師』が去った今となっては、それが実現しても新たな秩序が生まれるとは思えん」
「あ~、そういえばお前達の目的って何だったんだ?」
迂闊なことに、今まできちんとそれを聞いてこなかった。迂闊というか、裏に『魔王』がいると分かった時点で聞くまでもなかっただけなんだが。ただこいつらは別の目的を信じ込まされてた可能性はある。
「古の時代……大帝国以前の神と魔が対立する時代に戻し、そこで新たな秩序を生み出すことだ」
「なんでそんなことを?」
「神も魔もなき今の時代、あまりに人間が自分勝手に生きているからだ。互いに利を求め互いに抑圧し合う。人と人が騙しあい傷つけあう、そんな時代を変えたかった。古の時代に戻り神と魔が復活し、人間が卑小な存在に戻れば、人が一つになって協力し合うのではないかと考えたのだ」
「なるほどね……。強力なモンスターが復活すれば人はまとまらざるを得ない。そうなったところで『導師』とやらが強力なリーダーシップを発揮して人を正しい方向に導く。そんなところか」
「……大雑把にいえばその通りだ」
思ったよりフワッとした目的で少し驚いてしまったが、まあ言っていることは分からなくもないか。こっちの世界もたぶん『閉塞した現代』とかなんとか言われてるんだろうな。それを打破するためにモンスターやダンジョンの復活を目論む。う~ん、言葉を飾らなければ大規模テロだなこれ。やっぱりこいつら女王に差し出すか?
そんな気持ちが伝わったか、ランサスは咳ばらいをした。
「とはいえ貴殿の話によって、それが理想通りではないことは分かった。その上我らに自由がないのも分かっている。やれと言われればやる。ただ王国の指名手配が消えても、我らはこの大陸に居場所はない。それ自体にメリットはあまりない」
「俺がお前達を使うのに、指名手配が取り消されていたほうが使いやすいだろ。こっちで動いてもらう可能性もなくはないからな」
「なるほど、それは確かに」
「というわけで、お前達は『魔人衆』から派遣されたふうを装って侯爵邸に進入、侯爵をさらって王国へ行け。それくらい楽勝だろ?」
「我らの力を使えば大した仕事ではない。ただ用意は必要だが」
「道具は用意してやる。お前達は大規模な内戦を事前に止めた立役者になれ」
「……分かった、その命令を聞こう」
ということで、ドラマチックな内戦終結劇がこれで決まった。
ただやっぱり、指名手配が消えてもこいつらはこの世界には置いておけないかもしれないな。こいつら自身、変わらないこの世界に居続けるのも耐えがたいだろう。
ただ正直、俺たちの世界も似たり寄ったりだからなあ。彼らには目先の生活に汲々としてもらって、高邁な思想など考えられないようにしてやったほうがいいかもしれないな。
孤児院に戻ると、青奥寺たちは全員リビングにいてハリソーネさんと話をしていたようだった。どうやら孤児たちは遊び疲れて寝てしまったようだ。
俺が入っていくと、青奥寺が寄ってきた。
「先生、何かあったのですか?」
「ん? いや、ちょっと『ウロボロス』に戻って野暮用を済ませてた」
「野暮用ですか? それより、孤児院の年上の子たちが遺跡でモンスターと戦っているみたいなんですけど……」
「知ってる。一応ポーションとか渡してあるから、よほどのことがなければ大丈夫だ。それに数日中に解決する予定だから」
「解決……? 先生がなにかするんですか?」
「いや、現地の人間同士で解決してもらう予定だ。まあ上手くいくよ、たぶん」
と安請け合いすると青奥寺は変な顔をしたが、
「先生が言うならそうなんでしょうね」
と言って引っ込んだ。どうも妙な信頼感があるようだが……諦められているわけじゃないよな?
「ハリソーネさん、今日は急に来て申し訳ありませんでした。そろそろおいとまさせていただきます。侯爵については近々動きがあると思いますので、それまで子どもたちにはくれぐれも命を大切にするよう伝えてください」
俺がそう言って追加のポーションを50本ほど渡すと、ハリソーネさんは立ち上がって頭を下げた。
「ありがとうございます。アイバさんにいただいたポーションのおかげで、あの子たちも何度も助かっています。本当なら直接お礼を言わせたいのですが……」
「いえ、生きていてくれればそれで結構ですよ」
「本当に勇者のようなお心をお持ちなのですね。子どもたちにもよく言って聞かせます。この孤児院には勇者が来たと」
「それだけはやめていただけるとありがたいんですが……」
「先生ってそういう風に照れることもあるんですねっ」
からかう双党の脳天にチョップを浴びせつつ、俺たちは孤児院を後にした。
別れ際にハリソーネさんがリーララを抱きしめて涙を流していたが……落ち着いたらリーララとカーミラはこっちの世界には自由に行き来できるようにしてやるか。次元環発生装置は『ウロボちゃんず』たちに管理させておけば大丈夫だろうしな。