30章 異世界修学旅行その3 10
翌朝、俺たちはリーララが育った孤児院の前に全員集合していた。
「ここがリーララちゃんの育った家かあ」
「家じゃなくて孤児院。もとは教会だったみたいだし」
清音ちゃんの言葉にリーララは少し恥ずかしそうな顔をしつつ、玄関へ向かって歩いていく。
リーララが呼び鈴を押すと、すぐに眼鏡をかけた中年女性……院長のハリソーネさんが玄関口に現れた。
「はいはい……あらリーララ、また来てくれたのね。うれしいわ」
ハリソーネさんが抱き着こうとするのを、リーララは頬を赤くしながら押し返した。
「もう、それはこの前やったでしょ。それより今日はお客さんが多いから」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいでしょうに……。あら、アイバさんもいらっしゃったのですね。それに可愛らしいお嬢様方がこんなに。子どもたちもきっと喜ぶと思いますわ」
ハリソーネさんはそう言って、俺たちを孤児院の中に入れてくれた。
急な来客に孤児院の子どもたちははじめ遠巻きに見ていたが、リーララがいると分かるとすぐに寄ってきて、遊んでくれとせがみ始めた。
そんな様子を見て双党や絢斗、三留間さんが率先して相手をし始め、結局学園組は全員別室で子どもの相手をすることになった。九神までそちらに行ったのはちょっと意外だったが、そう思うのは彼女に失礼だったかもしれない。ちなみに宇佐さんと雨乃嬢もそちらに参加している。
結果としてハリソーネさんと一緒にテーブルについているのは俺とルカラスだけになってしまった。なおカーミラは、情報収集と護衛を兼ねて女王陛下の方についてもらっている。
「いきなり大人数で来てしまって申し訳ありません」
「いえいえ、むしろ来てくださってありがとうございます。なかなか外の人が来ることもなくて、子どもたちに刺激が少ないのが悩みの一つだったものですから」
「そう言っていただけると助かります。あ、こちらつまらないものですが……」
「これはご丁寧にありがとうございます。子どもたちも喜びます」
大量の菓子折りを差し出すと、ハリソーネさんは頭を下げて受け取った。よく見ると目の下に隈ができているような気がする。これはよくないサインだな。
「ところで、アイバさんたちはどのようにこちらの街にいらっしゃたのでしょうか? 今この侯爵領は大変なことになっているのですが……」
「話は少しお聞きしています。私たちがこちらに来られたのは、そういう手段があるのだと思ってください。絶対に足がつかない方法で来ているので心配はなさらなくて大丈夫です」
「はあ……? まあリーララも平気な顔をしていますし、大丈夫というのは分かりますが……」
「ところで冒険者をしている子たちは元気でやっていますか? 今日も出かけているようですが」
俺がやや強引に本題に入ると、ハリソーネさんは溜息をつきながら、ゆっくりとうなずいた。
「ええ、ジークたちはアイバさんにいただいたポーションのおかげでなんとか生きて冒険者を続けてはいます。ただ昨日から、急に『雫』を3倍納品しろと言われて……。今日も朝早くから遺跡に行っているのですが、無理をしていないか心配で」
「3倍というのはずいぶんと無茶な注文ですが、それは当然侯爵の命令ということですね?」
「そうだと思います。話によると、女王陛下がこの侯爵領を取り潰しにくるので、それに対抗するために『雫』が必要なのだということらしいのです。しかしいきなり戦争と言われてもこちらは驚くばかりで」
「そうでしょうね。しかし女王陛下が取り潰しにくるなどと言っているのですね」
「アイバさんは詳しい事情をご存知なのですか?」
「ええ、実は――」
ここに至るまでの詳しい話をすると、ハリソーネさんは目を見開いてから、今度は盛大に溜息をついた。
「そのようなことになっていたのですね。あの聡明な女王陛下が一方的に侯爵領を取り潰すことなどないと思っていましたが……。しかしそのような理由で命をかけさせられる子どもたちが不憫でなりません」
「おっしゃる通りだと思います。この内戦自体はすぐに解消されるでしょうが、その過程で子どもたちが犠牲になることは避けないといけません」
恐らく女王陛下側はすぐに侯爵領を攻め落とそうとするはずだ。なぜならこの急な内戦が長引くと、侯爵が派閥の貴族を糾合して独立するとか言い出すはずだからだ。国が二つにわかれるなど最悪の事態である。その悲劇性は、地球の歴史を紐解くまでもなく明らかだ。
しかしそうなると、先の戦いで兵力の多くを失った侯爵は、一般人まで駆り出して戦場に立たせようとするだろう。もしそれによってこの孤児院の子たちが戦場に行くようなことになったら、さすがに俺としても感じるところはある。
俺とハリソーネさんが互いに無口になっていると、出されたジュースを飲んでいたルカラスが不思議そうな顔をした。
「ハシルがその侯爵とやらを懲らしめればいいだけではないか。何を悩む必要がある?」
「それはそうなんだが、この世界の人間同士の戦いに俺が首を突っ込み過ぎるのはどうもな。こういうのは当事者が解決しないと後で問題になったりするんだよ」
「前に会った時もそんなことを言っていたの。言わんとすることはわからぬでもないが……手を貸せば女王も礼はするであろう?」
「多分な。だが女王陛下自身、それを良しとはしないと思うんだよ。内輪揉めに異世界出身の勇者の力を借りるなんてのは、為政者としても最低だってのは分かってるだろうし」
「ならば秘密のうちに手助けをすればよいではないか」
「う~ん……」
まあすでに多少の力は貸してしまっているので、ルカラスの言うことにも一理なくはない。ただ今までは裏に『導師』こと『魔王』の影がちらついたからって理由がなくもない。しかしその『導師』もすでにこの世界にはいない。俺が積極的に手を貸す理由はもうないと言える。
「この世界の人間で、サクッと侯爵を叩きのめせる奴がいればなあ。っていうかルカラスがやればいいんじゃないか?」
「やるはずがなかろう。我は古代竜ぞ。そのような卑小なやり取りなど関わるつもりはない」
「お前も俺と同じじゃないか。しかしそうなると……あ!」
その時ピンときた。いるじゃないか、現地組な上に厳戒態勢の館に乗り込んでいって侯爵を叩きのめせる奴らが。しかもそれ自体あいつらの罪滅ぼしにもなるという、一石二鳥の奴らが。