30章 異世界修学旅行その3 07
建物の中には地下への階段があるだけだった。
もちろん俺はためらいなくその階段を下りていく。
途中に設置されている警備システムのような魔道具はすべて『拘束』魔法で機能を停止させ、階段の先にあった認証型の扉は『掘削』魔法で穴を開けた。
穴をくぐると、その先にあったのは近代的な装いの廊下だった。
研究施設を思わせる雰囲気で、この辺りは日本の『クリムゾントワイライト』の本拠地と同じ感じだ。
廊下は奥まで一本道だ。左右には扉が並んでいるが『気配察知』にはひっかかるものはない。いくつか扉を開いて部屋を確認するが、どれもただの職員の宿泊部屋だった。
廊下を奥へと進んでいくと、そこには厳重そうな金属製の扉がある。この先重要区画ということか。
問答無用で穴を開けて中へと入る。
そこもまた廊下だったが、左右に伸びる通路は車が通れるほどに広い。しかもその廊下は微妙に弧を描いて曲がっていて、どうやら廊下が円を描くようになっているらしい。その円の外側に沿って扉が等間隔で並んでいる。
俺はちょっと迷って右に進んだ。正直どちらにも人の気配はない。100メートルほど歩くと、廊下が描く円の反対側に出たようだ。円の内側にあたる壁に、大きな両開きの扉がある。かなり頑丈そうな金属製の扉だ。その向こうには多数の気配がある。
そしてその気配の一つが、なつかしい魔力を持っているのに気づき、俺は主観では半年前の激闘を思い出して身震いをした。
「先生?」
俺のわずかな変化をとらえて青奥寺が声をかけてくる。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと昔を思い出していただけさ。さて皆、この中では多分戦闘になる。準備をしておいてくれ。アンドロイド兵は非戦闘員をがっちり守ること。宇佐さんとカーミラは守りに徹してほしい」
「わかりました、ご主人様」
「了解よぉ。先生が真面目な顔をするとちょっと怖いわねぇ」
「強敵がいるわけでもないけどな。相手が知り合いだからちょっとナーバスになってるだけだ」
俺は全員が準備を完了したのを見届けて、扉に『掘削』魔法をかける……その前に、扉は左右にすうっと開いた。
そこはやはり広い円形の部屋だった。周囲に様々な魔導具が置かれているが、もっとも目を引くのは奥にある『次元環』発生装置だ。
そしてその手前には、50人ほどの人間が立っていた。いや、そのほとんどは人間ではない。
「先生、あれって『クリムゾントワイライト』のエージェント、ですよねっ!?」
双党が言う通り、それらはクゼーロが研究していた黒づくめの人造兵士たちだった。
そしてさらに、その奥には存在感が根本的に違う3人の人間がいる。
一人は黒いコートをまとった黒髪のイケメン、バルロ。俺が斬り落とした右腕が戻っているのは『エクストラポーション』を使ったか。
もう一人は赤い甲冑に身を包んだ、スキンヘッドの大男だ。顔は能面のように無表情、見ようによっては菩薩の顔にも見える。背に負った三日月形の大剣は、俺の『魔剣ディアブラ』に匹敵する魔剣のようだ。恐らく『魔人衆』幹部の最後の一人だろう。
そして問題は、その幹部に挟まれた位置に立つ、金の刺繍が入った純白のローブを羽織る人物だ。
背はそれほど高くない。目深にかぶったフードの奥は闇につつまれ素顔はうかがい知れず、ただ赤い目が炯々とするのが分かるのみ。手には杖頭に水晶を備えた高位の魔術師用と思われる長杖を持ち、一見すると魔法使いにも見える。
しかしそのローブの隙間から漏れる、肌を刺すような棘のある魔力は、間違いなく『魔王』のそれであった。
「半年ぶりの御対面か。いや、お前にとっては1500年以上ぶりってことになるのか? なあ『魔王』」
俺が語り掛けると、白いローブの人物は、かすかに身じろぎをした。
「貴様に言っても理解できまいが、余は余であっても、お前が倒した余そのものではない。ゆえに『魔王』という呼び名も相応しくない」
「そういや『導師』って改名してたな。一応理由はあったのか」
「そうだ。ゆえにこの場で貴様に討たれる理由はない。そうは思わぬか?」
なんかいきなり微妙な線をついてきたな。
『魔王』らしからぬ物言いに俺は一瞬笑いを抑えきれなかった。
「俺とお前は理由があって対立する間柄じゃないだろ。しょうがないんだよ、相容れないんだから。勝った方が正義、それだけだ」
「変わらぬか、貴様は」
「お前達がさんざん搦め手を使ってきたからだ。もう考えるのをやめたんだよ、面倒なことは」
魔王軍四天王の一人に、人間の倫理観とかそういうのをつついて戦いを躊躇させる、みたいな策を練ってくる奴がいたんだよな。あの時の俺はそれに結構振り回されたんだが、最後は結局考えるのをやめた。『勇者』と『魔王』は倶には天を戴くことのない敵同士。それでいい。
そう久しぶりに覚悟を固めていると、『魔王』改め『導師』は、さらに妙なことを言い出した。
「ふむ、貴様のその力、やはり混ざっておるな。前の余の力を吸収したか。道理で理に外れた力を持っているわけだ」
「なに……?」
「貴様も感じているだろう? 以前よりも魔力が満ちていると。それは余の……『魔王』の力を貴様が受け継いだ結果よ」
「ああなるほど、そういうわけか……。それは盲点だったな」
俺は『導師』の言葉に、ずっと感じていた違和感の正体をようやく理解した。
確かに元の世界に戻ってから、以前より身体能力も魔力も以前より上がっているのは感じていた。とはいえ深く考える前に、そういうものだと俺の中で処理をしてしまっていた。
言われてみれば『魔王の真核』に吹き飛ばされ、元の世界に戻った時、その『魔王の真核』の力の一部が俺に入ってきていた……という可能性はあるのかもしれなかった。
「だからといって返したりはしないぞ?」
「余もそのつもりはない。それ以上の力を再び貯めればいいだけの話であるからな」
「この場を逃げ出してか? させるわけないだろ」
俺はそこで魔法『ライトアロー』を発動、『導師』の背後にある『次元環』発生装置を破壊する。
一瞬の出来事に『導師』もバルロともう一人の幹部も反応できなかった……いや、しなかったのか?
3人がまったく感情を動かさないのを見て、俺は自らの勘違いを悟った。
「その周到さは変わらぬな、『勇者』。だが貴様がいま行ったのは、余らを追う手段を自ら失う行為にすぎぬ」
『導師』はそう言うと、手に持っていた杖を掲げるようにした。その瞬間、バルロともう一人の幹部の身体が、音もなく砂となって崩れた。
「本体のコピーか。そういえばそんなスキルを持ってたな」
「そういうことよ。我らはすでにここにはおらぬ。どこにいるかも教えてはやらぬ。余が再び姿を現すまで、せいぜい心して待っているがよい」
「姿を見せてくれる気はあるのか」
「貴様の寿命が尽きるのを待ってやってもよいのだがな。余の裡に残る、怒りと屈辱の感情がそれを許さぬ。では再び会おう、『勇者』よ」
そう言うと、『導師』の身体も砂となって崩れ落ちた。
残されたのは50体のエージェントだけだ。コイツらはコピーではないらしい。
「先生、今のは……」
青奥寺が後ろから声をかけてくる。
「どうやら逃げられた、というかすでに逃げた後だったみたいだ。ここはもう用はないから、目の前の連中を片付けて戻ろう」
「戦うんですね?」
「襲ってくればな。しかしこいつら動かないな」
という俺の言葉を聞いたからか、50体のエージェントは一斉に腰のポーチから注射器のようなものを取り出すと、自分の首筋に当てた。「プシュ」というどこかで聞いたような音が響く。
それに反応したのは新良だった。以前似たシーンを見ているからな。
「先生、あれはもしかして、フィーマクードの研究室で『違法者』が使っていた変身する薬では?」
「多分な。ちなみに『ヴリトラ』でも同じものを見た」
見ている間にエージェントたちの身体に変化が起きる。身体がふた回りほど肥大化し、額から二本の角が生え、牙がのび、爪も伸びる。着ていた黒い衣服が破れて上半身が裸になると、見た感じまんま鬼型モンスターの『オーガ』だ。
「『フィーマクード』の技術を持っているということは、あの『導師』というのがそちらとつながっているのも確定したということですね」
「そうなるな。『魔人衆』『クリムゾントワイライト』『フィーマクード』、いろんな組織を立ち上げて研究させてたってわけか。熱心な奴だったんだなあいつ」
「とりあえず全員倒すということでいいですね?」
「だな。戦闘開始だ」
俺が皆に指示するのと、オーガ化したエージェントがこちらに突っ込んでくるのは同時だった。
動きの速さ、まとう魔力からすると甲型くらいの強さか。この数だとちょっと面倒だな。
青奥寺、雨乃嬢、絢斗、そして宇佐さんが前に出て接近戦を始める。エージェントの武器は肉体ということらしく拳と爪での攻撃が主体だ。1対1なら問題ないが、2体以上を相手にするのは安定しない感じだ。
新良と双党は魔導銃で、リーララは弓型魔道具『アルアリア』で、カーミラは魔法で援護をしている。それでも九神たち非戦闘員の方に突っ込んでくるエージェントもいるが、アンドロイド兵が連携して防御に回るので問題ない。これはこれでいいデータ収集になりそうだ。
俺は危なそうな奴だけ首を落として回って、基本はメンバーに任せた。『導師』を逃してしまって無駄足になった分、戦闘訓練くらいはさせてもらおう。
戦闘自体は10分もかからずに終わった。相手が人型だったので清音ちゃんには刺激が強いと思ったが、アンドロイド兵に囲まれていたのでよく見えなかったようだ。
部屋を見回すが、エージェントの死骸以外で、めぼしいものはなにもない。当然すべて新たな本拠地に持ちさってしまったのだろう。
「残念ながら『魔王城探検』はここまでだな。決戦になると思ったんだがなあ」
「決戦に清音ちゃんとか連れてくるのはどうなんですか?」
双党の言い分はもっともだ。実はなんとなくこうなるんじゃないかという勘は働いていたのだ。なにしろ相手は元『魔王』だ。こんな簡単に追い詰められるはずがない。だったら『勇者』なんて必要ないって話になるしな。
「でもとりあえず、俺たちの敵がどういう感じかは分かっただろ?」
「まあそうですね。本当に悪の黒幕って感じでした。レアにも見せてあげたかったかも」
双党がそんなことを言うと、清音ちゃんが来て「今のスマホで動画撮っちゃいました」とニコニコして言ってきた。
あ~、山城先生結局スマホ買ってあげちゃったんだな。と思いつつ、清音ちゃんの強心臓っぷりにも驚く。
「あっ、清音ちゃん、その動画あとで私にもちょうだい?」
双党が素早く予約を入れているのを横目に見つつ、俺はそういえば『赤の牙』はどうしたものかと頭を悩ませ始めた。