30章 異世界修学旅行その3 02
「はぁ!? 一年間は元に戻れないっていうのか?」
「うむ。人化の業は秘技ゆえに、色々と縛りがあるらしい。まあ元の力は普通に使うことはできるゆえ心配はするな」
「いやそんな心配はしてないけど、せっかく皆にお前の神々しい姿を見せようと思ったんだがなあ」
「う、うむ。それについては早まったとは思っておる」
ドラゴンを紹介しようと思ったら美少女になっていた、という意味不明の状況に旅行メンバーからかなりつっこみを食らったが、とりあえず部屋のソファに全員で座って話をすることになった。
まず聞かされたのは、ルカラスは神獣や精霊など高位の存在のみに許された『人化の術』なるものを試したという話だった。その秘術はギムレット氏が統括する『魔導歴史研究所』の研究成果らしいのだが、それ自体もさらっと流していいような話でもない気がする。
ともあれ双党によるとドラゴンが人に化けるのは創作ではよくあることらしい。しかし一緒に旅した俺としては聞いたこともない話なので驚きしかない。
ともかく百歩譲ってそれはおいておくとして、俺が今疑問に思うのはそこではない。
「で、ルカラス、お前なんで急に人になろうとか思いついたんだ? 千年以上人間と一緒に生きてきて、そんなこと考えたこともなかったんだろ」
「む? まあそうだな。我は龍であることに誇りを持っておる。人になるなど考えたこともなかった」
「だったらなぜ今やったんだ?」
「それはな……」
足を組んで偉そうな雰囲気を醸しだしていたルカラスだが、そこで少し言いづらそうに目を逸らした。
「……どうもハシルが女を囲っているという話だったのでな。ハシルにはすでに我がいると知らせねばならぬと思ったのだ」
「何言ってんだお前」
「しかし事実これだけ多くの女を囲っているではないか。しかも我から見ても、いずれも人としては強い力を持つ、程度の良い女たちばかりだ。あの頃の高位の戦士たちと比較しても遜色ない者たちばかりではないか」
腕を組んで上から目線みたいな格好で話をしてくるルカラス。
何か重要なことを語っている風なんだが、正直コイツが何を言いたいのかさっぱりわからん。
いや、旅行メンバーのことを俺の恋人か何かだと勘違いしてるのは分かる。分かるんだが、それがなぜルカラスの少女化につながるのか全く理解不能である。
「そもそも彼女たちは俺の教え子とか弟子とか普通の知り合いとかそういう人たちだ。囲ってるとか失礼なことは言わないでくれ」
「本当にそうかのう? なあそこな女子よ。そなたはハシルの何であるのか答えてくれぬか」
俺の心配をよそにルカラスがそんなクリティカルな質問を始める。
ただ最初に青奥寺に聞いてくれたのはラッキーだったかもしれない。はっきりとただの教え子だと言ってくれるだろう。
「ええと、私は確かに先生の教え子で、弟子みたいなもの……です」
あれ、なんでちょっと言い淀んだんでしょうかね青奥寺さん。
「ふむ、ではお主は?」
次は双党。
「私ですかっ? まあ一応同じですかね。教え子で弟子でって感じです」
「ほほう。お主は?」
新良は指名されて少しだけ驚いた顔をしたが、
「教え子ですね。先生は恩人でもあります。両親には紹介してあります」
と簡潔に答えた。最後の情報は必要ないと思うけど。
とまあそこまでは良かったのだが、絢斗は「僕はルカラスさんの言うことを支持するよ」と言い、三留間さんは「あ、えっと、一応、弟子で、先生は恩人です……けど……」と顔を赤くし、リーララは「今のところは一緒に寝てるくらいかな~」とか爆弾を投げつけて来て、清音ちゃんは「未来の妻ですっ!」と断言し、雨乃嬢は「ドラゴン寝取りはアリです」と意味不明すぎる回答をし、九神は「今のところは教え子ですわね。将来的には分かりませんけど」と意味深な笑みを浮かべ、宇佐さんは「ご主人様です」と即答、カーミラは「もちろん妻候補ですわぁ」と妖艶に笑った。
う~ん、なんでこうカオスになるのだろうか。
だんだんとルカラスの視線に「我の言う通りではないか」みたいな雰囲気が加わるのだが、そもそもちょっとマズすぎる発言が混じっていたりして青奥寺と新良の視線がかなり痛いことになっていたりする。双党はニヤニヤして「あ、やっぱり私もお嫁さん候補ですぅ」とかふざけてるし。
「ハシルよ、弁明の余地はないようだな。我が人化を行ったのも間違いではなかったということだ」
「お前が変なこと言い出すからみんな乗っかってふざけてるだけだっての。まったく……。しかしお前が雌……女だったというのは初めて聞いた気がするんだが」
「実際には龍に性別など明確にあるわけではないがな。必要があれば変化するという感じか」
「そういうことね。しかし人化って言っても、そのツノとか翼とか尻尾はどうにもならないのか?」
「む? これは完全に人化したらハシルが分かりづらいだろうと思って残してあるだけよ。なくそうと思えばいつでもなくせる」
「あっそう」
なんか重要な話をする前に疲れたな。
俺がガックリきていると、清音ちゃんが目を輝かせながら手をあげた。
「あの、ルカラスさんはお兄ちゃんとどういう関係なんですか?」
「うむ、よい質問だ。我とハシルはいわば戦友だな。魔王という強大な敵と共に戦った仲、誰よりも強い絆で結ばれた人間同士というわけよ」
「お前は人間じゃないだろ……」
「もう人間だから間違いではない」
勝ち誇った顔をするルカラスにさらに質問をする清音ちゃん。
「お兄ちゃんとはどうやって知り合ったんですか?」
「んむ? それはな……我のところにハシルが乗り込んできて、情熱的に口説いてきたのよ。お前がいねば戦えぬとな」
「単に戦ってお前が負けただけだろ」
「だが我を必要としたのは確かであろう?」
「そりゃ空飛ぶ乗り物が必要だったからな」
そうそっけなく答えたら……というか当時からそう言ってあったはずなんだが……ルカラスはいきなり泣きそうな顔になった。
「ハシル、さすがにそれはないであろう!? 我も魔王軍を相手によく戦ったであろうが!」
「あ~、まあそれはまあそうだな」
ルカラスは強大な古代竜なので、ひとたび炎のブレスを吐けばザコモンスターなどは当然のように数百匹単位で炭にできる。ただ俺としてはそもそもルカラスを戦力としてはカウントしてなかったんだよな。というかさすがにそこまで頼むのは悪いと思うくらいの良識は俺にもあった。
「それを乗り物扱いは酷いではないか!」
「お兄ちゃん、今のは私もちょっとお兄ちゃんが悪いと思います」
清音ちゃんが真面目な顔でそう言うと、他のメンバーも同意するように俺の方を見はじめた。
「今のは言葉が足りなかった。俺が言いたいのは、もともとお前を戦いに巻きこむつもりはなかったってことなんだよ。だからまあ、お前が魔王軍相手に戦ってくれたのは感謝してる」
「本当か?」
「本当だって。まあ最初は乗り物くらいのつもりだったのも本当だが、途中からは仲間だと思ってたよ」
なんか皆の前でこんなことを言うのはすごく恥ずかしいな。そもそも俺の主観的な時間だと、ルカラスと別れてまだ半年くらいしか経ってない。それをさも遠い思い出のように語るのは相当精神にくる。
そんな俺の気持ちをよそに、泣き顔だったルカラスは一転したり顔になった。
「うむうむ、やはりそうであろう。ハシルにとって我は無二の存在なのだ。分かったか女子たち。我がハシルの第一のつがいである。そこを忘れぬように」
「ねえリーララちゃん、ツガイって何?」
「だからそういう言葉は大人に聞いてって」
「じゃあ雨乃お姉さん、ツガイってなんですか?」
「つがいっていうのは夫婦くらいの意味だけど、やっぱり寝取ピッ!?」
また青奥寺にげんこつを食らっている雨乃嬢は放っておいて、俺は立ち上がって、まだドヤ顔をしているルカラスのこめかみを拳でグリグリした。
「ちょ、ハシル、何を! 痛ッ、なぜ我の護りを容易く破るのだお前は……っ!」
「勝手なこと言って風評被害をまき散らすな。それより例の魔王城の地下室の件、なにか分かったことがあるなら話せ」
「分かった、分かったと言っておろう! その件も多少調べておる! だから手を放すのだ……っ」
まったく、こんなアホなことを言う奴じゃなかったんだがな。1500年も経てばドラゴンも変わるということか。
「まったく。ハシルがハーレムパーティを組んでいるのが悪いのであろうに……」
などとまだふざけたことを言っているルカラスだったが、俺が拳を見せるとすぐに黙った。
ただどうも他のメンバーの俺を見る目が少し冷たいというか、軽蔑の眼差し的なものを感じるのだが……被害者になりかけたのは俺の方のはずなんだがなあ。




