29章 → 30章
―― ババレント侯爵邸 侯爵執務室
「バカなッ! なぜだ! なぜ負けた!? 王都は内外の『オーバーフロー』で戦力を失っているはずではなかったのか!」
「原因は分かりません。少なくとも8カ所の『オーバーフロー』は確実に起きていたのですが、なぜか王都へとたどり着いたモンスターの数が少なかったようです。観測班によると、特Ⅱ型も4体しか王都周辺に出現していなかったとのことで……」
「なんだそれは! 特Ⅱ型が勝手に消えるはずなどないであろうが! 別の街を襲っていたのではないのか!」
「いえそれが、王家直轄領の他の都市にはほぼ被害が出ていないようです。特務班の最後の通信では、すべての場所で特Ⅱ型は出現しております。しかしその後突如として消滅したようで。原因はまったく不明です」
「まさか、以前『オーバーフロー』を消滅させた謎の存在が現れたとでも言うのか!? 情報部は結局否定をしていただろうが!?」
「は、それについては今回もまったく実態が掴めていないようで……」
「なんという体たらくだ! そのような意味のわからぬ話がここにきて再び出てくるとは! ここまで準備をしておきながら、軍の半数近くを失って終わりなど、そんなことが受けいれられると思うか!? バルロはどこへ行った!? あの小娘をついでに暗殺するという話はどうなったのだ!?」
「バルロ殿は『魔人衆』の本拠に戻ったままでございます。暗殺についてですが、さきほど女王陛下が王都民の前に姿を現して演説を行ったようで、恐らく失敗したものと思われます」
「手練れを送り込むなどと言っておきながらッ! くそ! くそ! あと少しで王の座が手に入ったものをッ!」
「お館様、ともかくまず残った兵力で守りを固めなければならないかと思います。王都の軍もすぐには動けないでしょうが、いずれ間違いなく圧力をかけてくるかと……」
「そんなことは分かっておる! とりあえず小娘からの話は私には一切通すな! こうなれば最終的にはこの領だけで独立するしかない!」
「お館様、それは……いえ、それしかございませんな」
「当然だ。王家に弓を引いた以上、我らが生き残る道はそれしかない! 魔道具の性能や生産量はこちらに分がある。他の貴族たちにとっても我が領の生産する魔道具は必需品となっておる。そこを利用して王家以外は手を出さぬように牽制を入れろ!」
「ははっ。情報部を総動員して工作に当たります」
「それと小娘の暗殺も計画を立ち上げておけ。こうなれば手段を選ばずに生き残る方策を考える。小娘には今有力な後継者はおらぬ。アレが死ねば王室派の貴族どもは勝手に争いを始めるだろう。それと『オーバーフロー』も可能な限り継続して起こせ」
「かしこまりました」
「しかしいろいろやるとなると魔石がさらに必要か。そうだな、領内の冒険者どもにも鞭をくれてやれ。今の3倍納品するよう強制しろ」
「3倍、でございますか」
「あのクズどもは怠けておるのだ。3倍くらいは余裕で取れるはずだ。いざとなったら小さな『オーバーフロー』を起こして戦わせろ」
「そ、それは……」
「さっさとやれ。小娘に負ければ全員が処刑になるのだぞ! それと例の実験体の起動も準備にかかれ。最悪アレを出す!」
「お館様……!?」
「黙れ! 言われた通りにしろ!」
「は、ははっ!」