29章 異世界修学旅行その2 06
転送された先は、王城内の作戦指令室みたいな部屋だった。広さは学校の教室を4つくっつけたほどか。真ん中に王都周辺の地図を広げたデカいテーブルがあり、周りには固定電話機のような魔道具がいくつも並んでいる。
その場には当然カーミラがいて、背後にいるラミーエル女王と側近のパヴェッソン氏、それから以前九神の技を伝えた技術官2人をかばうように立っている。それ以外にも護衛や将官たちが15人ほどいたが、彼らは全員が倒れたり膝をついたりしていた。
カーミラと対峙しているものは3人。頭までを黒い装束に身を包んだ人間で、体型からすると全員男だろう。2人は右手にショートソードを持ち、1人はいかにも呪いがかかってそうな禍々しいナイフを二刀で持っている。ちょっと気になるのは、そのナイフ持ちの奴の腰が曲がっていて前かがみになっていることだ。その体型と構えにはどこかで見た覚えがあった。
俺の姿を見て、カーミラがホッとした表情を向けてきた。見ると左腕から血を流している。
「あら先生、助かるわぁ。ちょうど危ないところだったのよぉ」
「危機一髪って感じだな。しかしなんだ、暗殺狙いか?」
「そうみたいねぇ。しかもこいつら間違いなく『魔人衆』配下よぉ」
「なるほど……」
黒づくめの3人衆は、いきなり現れた俺に一瞬だけ面食らったように下がったが、当然逃げるつもりはないようだ。
というかこの人数で派手な行動に出た以上、決死隊みたいな連中なのだろう。
俺が『空間魔法』からミスリルソードを取り出すと、3人衆の真ん中の、腰の曲がったナイフ持ちの男がピクッと反応した。
「……あァん、こんなところでテメェに会うとは思わなかったなァ」
粘りつくような声を出すその男は、顔を覆っていた頭巾を外して素顔を見せた。
黄色く濁った眼、突き出た鷲鼻、どう見ても堅気とは見えない異相の男。ガイゼルとかいう名前の、だいぶ前に俺を殺しに来た男だ。確か『釣り師』などと自称する、手段を択ばないゲスい暗殺者だったはずだ。
「お前まだこんなことやってるのか。懲りない奴だな」
「テメエのおかげでこっちは散々だったんだよなァ。折角だから恨みは晴らさせてもらうとするかァ」
「俺には勝てないって分かってるだろ。こっちじゃ手加減はしないがいいのか?」
「相変わらずふざけた奴だよなァ! だが強いのは確かだなァ。3人でかかるぞッ」
ガイゼルの言葉に、他の2人も構えを取る。雰囲気的には3人ともそこそこ強そうだが、前に戦った『赤の牙』ほどではなさそうだ。ただガイゼルの戦い方はエグいからな。そこは注意だ。
「カーミラ、女王様たちを守ってくれ。こいつは平気で汚いことをするから気は抜くな」
「わかったわぁ。任せるわねぇ」
できれば部屋から出てもらいたいが、扉はガイゼルたちの後ろだ。ちょっと本気で行くか。
俺はミスリルソードをしまって、代わりにバルロから奪った短剣『ディアブロ』を取り出した。こいつは魔力を吸うから魔法封じになる。
俺の手にある魔剣を見て、ガイゼルが歯をむき出した。口の端が持ち上がっているので笑っているらしい。
「おい、そいつァ『ディアブロ』じゃないかよォ。まさかあのバルロともヤったのかァ?」
「よく知ってるな。あいつはなかなか強かったぞ。お前よりはずっとな」
「うるせェよ。だがあの色男も自慢の武器を奪われちァ形無しだなァ。いい気味だぜェ」
たしかにバルロは見た目カッコいい奴だったからな、ガイゼルが嫉妬するのも仕方ないか。コイツだって性格さえマトモならそこそこ能力はある方なんだがなあ。
「てめえなんだその目はァ。オレを憐れむんじゃねえよォッ!」
どうもガイゼルのナイーブなところに触れてしまったようだ。
目を剥きだしにし、二刀のナイフを閃かせて、『高速移動』スキルで突っ込んできた。他の2人も合わせて左右から挟み込むように迫ってくる。
「死ねッ! すかし野郎がよォッ!」
ガイゼルの身体が独楽のように回転する。つむじ風のような動きから、二刀のナイフが赤い光となって閃く。
俺はステップで身をかわしながら、迫る刃はすべて『ディアブロ』で弾いていく。響き渡る金属音はまるでマシンガンの音のよう。
絶妙のタイミングで左右から差し込まれるショートソードの刃もかなり厄介だ。しかし勇者の守りを抜けるには色々と足りていない。
「ちいィッ!」
ガイゼルの動きが一瞬変化し、ナイフのかわりに薬のビンを投げつけてくる。間違ってビンをナイフで受けたら毒をかぶるという狙いか。相変わらずエグい男だ。
「ほいっと」
俺はビンを軽く弾いて一人の黒づくめの方に飛ばしてやる。そいつはショートソードで防ごうとしたようだが、ビンが割れて中身を腕にかぶってしまった。
「ヒギィッ!?」
瞬間奇声を上げ、全身を硬直させて倒れる黒づくめ。いやいや、どんな劇物ならあんな反応になるんだよ。
しかしこれで1対2だ。ガイゼルは動きに変化をつけながらも、なおも二刀で斬りつけてくる。
そろそろ面倒になってきたので、俺はガイゼルのナイフを強めに弾き返し、バランスを崩してやる。そこをフォローするようにもう一人が斬りかかってくるが、俺はギリギリで見切ってかわしてみぞおちに前蹴りを食らわす。
「グエッ!」
とガマガエルみたいな鳴き声を上げて、そいつは壁まで吹き飛んで動かなくなる。
「てめえェとはマトモにやり合ったら勝てねェかよ……ォ。クソがァッ!」
バックステップしながらナイフを投げつけてくるガイゼル。射線上に女王陛下を入れるところはさすがと言ってもいいだろう。俺が二本のナイフを弾いていると、ガイゼルはいつの間にか野球のボールみたいなものを取り出していた。
勇者の勘がその球は危険だとささやく。たぶん爆弾だろう。
もろともに死ぬつもりか? と思ったが、ガイゼルはそこまで潔くはなかったらしい。
その球を床に投げつけると同時に身を翻し、扉からするりと抜けて部屋を出て行った。
床に叩きつけられるはずの爆弾球は、俺があけた『空間魔法』の穴にそのまま吸い込まれて消えていく。
「やれやれ、逃がすわけにもいかないか。『ウロボロス』、いま部屋から出て行った奴をこの部屋に転送してくれ」
『了解でっす』
一瞬の後に光が目の前に現れ、走っている体勢のガイゼルがそのまま現れた。
「な、なんだァッ!?」
状況が飲み込めずに戸惑うガイゼルの顎を拳で打ち抜いて、女王と技術官の暗殺計画は阻止終了となった。