3章 青奥寺と九神 05
アパートに戻って晩飯を食い終わり、さて食後のトレーニングでも始めるか、というところでスマホが鳴った。
電話だが着信番号は未登録のものだ。生徒の親とかだろうか。少しビビりながら通話を開始する。
「はい、相羽です」
「あっ、先生ですか!? 双党かがりです」
「おう、どうした?」
「助けてください。今ちょっとピンチなんです」
「金はないぞ」
「違いますぅ。CTエージェントに囲まれちゃって動けないんです」
「それマジメにピンチじゃないか。場所は?」
「地図送りますので。そこの一番大きな建物の2階にいます」
「分かった、ここか……。5分で行く」
俺はアパートの窓から身を躍らせると、全速力で地図に示された場所に向かった。
双党に指示された場所は、海沿いの森に囲まれた、どこかの企業の研究施設のようなところだった。
上空から見るとその敷地は明蘭学園並に広く、周囲は高いフェンスで囲まれているのが分かる。
敷地内には大小の建築物が並んでいるが、その中にひときわ大きい3階建ての白い建物がある。双党はそこにいるのだろう。
その建物の2階の窓に近づいてみると、中から銃撃の音が散発的に聞こえてくる。
感知スキルで走査すると中央の部屋に一人誰かいて、その周囲を20以上の何かが包囲している。ちなみに動きを止めている人間……当然死体だろう……は建物全体でその倍くらいいるようだ。
さっきの電話からすれば囲まれてるのが双党で、周りは『クリムゾントワイライト』のエージェントということだろう。
CTエージェントが一か所に集まり始めているのは、多少の犠牲を覚悟で一気に正面突破を仕掛けようとしているのか。双党の言う通り彼らが人形のようなものだとしたら十分に考えられる戦法である。
「急ぐか」
俺は魔法で窓を溶かし、建物の中に侵入した。
CTエージェントが集まっている場所まで走り抜ける。もちろん『光学迷彩』と『隠密』スキルは忘れない。
途中の通路は酷い有様だった。CTエージェントとこの建物の警備員らしき者たちの死体がいくつも転がっている。
警備員が銃を手にしたまま倒れているのに少し驚くが……どうせ超法規的な施設とかそんな感じなんだろう。
大きな通路に出た。奥に堅牢そうな金属の扉が見える。その手前にサブマシンガンを手にした黒づくめの人間たちが集まっている。
一応『アナライズ』してみる。
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クリムゾントワイライトエージェント タイプ1
人間に近い身体構造を持つ人造の生命体
意志はなく命令に従って行動する
特性
なし
スキル
格闘 射撃
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なるほど確かに双党の言う通りのようだ。ならば遠慮は必要ないな。
俺はミスリルの剣を取り出すと『高速移動』スキルを発動。CTエージェントの間を一気に駆け抜けすべてのエージェントの首を刎ねる。
文字通り糸の切れた操り人形のように倒れるエージェントたち。
彼らが動き出さないのを確認してから、俺はスマホを取り出して双党を呼び出した。
「先生っ、今どこですか!?」
「全部やっつけたぞ。もう大丈夫だ」
「へっ!? 音が聞こえませんでしたけど」
「一瞬で終わったからな」
通話を切ると、金属の扉がゆっくりと開いた。中から出てきたのは特殊部隊っぽい装備に身を包んだ、小脇に銃を構えた小さな人影。
その人影は俺を見ると、銃口を下ろして目出し帽をとった。双党のくりくりした目にはちょっと涙が浮かんでいるようだった。
「ふえぇ~、さすがにダメかと思いました~」
双党はふらふらと俺のところに歩いてくると、そのまま俺に抱き着いてきた。
細い身体が震えているのは気のせいではなさそうだ。いきなり女の子に抱き着かれて戸惑ったが、なんかしないといけないっぽいので背中をさすってやることにした。
「あ~、もう大丈夫だから。しかしなんで今回はこんな急な任務なんだ?」
「襲撃の情報が入ったのが直前だったんです。大規模な動きなのは分かってたんですけど、動けるのが私しかいなくて」
「だからってこの数相手に一人は無茶だろ」
「でも今回は絶対に守らなければならないものがあったんです」
「お前の命以上に重要なものなんてないんだぞ」
と言って俺は双党の頭を軽く小突いた。こういう奴は『あの世界』でもいたが、大抵は上に利用されてるだけだったりするんだよな。双党はそうではないと思いたいが……。
小突かれた双党はしばらくキョトンとしていたが、なぜか急にクスクスと笑い始めた。首無し死体がごろごろしてる中で笑えるのはなかなかに神経が太い。
「ありがとうございます。大丈夫です、私も死ぬつもりはないですから。でも今回はちょっと見通しが甘かったなって」
「まったく、俺がいなかったらどうしてたんだ」
俺が溜息をつくと、双党はペロリと舌を出した。
「実は美園が先生に助けてもらってるっていうのを聞いて、私も助けてくれるかなって期待してました。ごめんなさい」
「お前なあ……。まあそういうことなら後でしっかりとお礼はしてもらわないとな」
「えっ!? もしかして身体で払うとかですか!?」
俺は両の拳で双党のこめかみを挟んでグリグリした。
「痛い、痛いですぅ、あぁ~」
「そういうことは冗談でも言わないように」
「はいぃ……」
「ところで双党は何を守ろうとしたんだ? そこの部屋にあるのか?」
「ええ、ありますけど……」
俺は金属扉を開けて部屋の中を覗いてみた。しかしそこにあるのは、更に頑丈そうな金属製の扉……巨大金庫の扉だった。
「ずいぶん厳重だな。中には何が入ってるんだ?」
俺が振り返って聞くと、双党はちょっと困ったような顔をして、すぐに諦めた顔になって答えた。
「どうせその内分かっちゃうかもだから言いますね。その中には『深淵の雫』が納められているんです。この施設は『九神』系列の研究所なんですよ」