29章 異世界修学旅行その2 02
『統合指揮所』のモニターには、王都周辺を上空から見た画像が表示されている。王都の周りに8カ所表示されているアイコンは、『オーバーフロー』発生予想地点を示している。
そのアイコンの上にあるタイマーが3分を切ったところで、唐突に王都の中にもアイコンが出現した。
モニターを見ていた『ウロボちゃん』がこちらを振り返る。
『艦長、王都の内部にも複数の反応が出現しました~。ほぼ同時に出現する感じでっす』
「ずいぶんと念入りなことだな。しかしやっぱり『魔導廃棄物』を魔道具なしで集める技術を持ってるみたいだな。侯爵……いや『魔人衆』の技術か。アイツの得意技だもんな」
言うまでもなく、『魔王』は自分が望む場所にモンスターを召喚するスキルのようなものを持っていた。もし魔人衆のバックにいる『導師』とやらが『魔王』なら、そんな技術を侯爵に供与することも可能だろう。もちろん本人がやっているという可能性もなくはないが、勇者の勘がそれはないと言っている。
王都の外にはすでに陸軍が展開していて、大勢の兵士や戦車、その他の車両の姿が見える。一方で王都の内部にも多くの兵士の姿が見えるので、女王陛下も一応は想定しているようだが、先日の規模の『オーバーフロー』が複数起きたらさすがに被害がでるだろう。
「『ウロボロス』、王都内で『オーバーフロー』が始まったら、手薄なところにアンドロイド兵を派遣してやってくれ。女王には一応許可はとってある」
『了解でっす。4カ所発生するみたいですが、間に合うと思いまっす』
「問題は外側を守る軍だな。空軍の先制攻撃がどこまで通用するかで決まるな」
と口にしてみたが、さすがに8カ所は間に合わないのはわかっている。周辺の街に被害が及びそうなら俺と『ウロボロス』でカバーするしかないだろう。
『各地点、臨界に達しました。『魔導廃棄物』が地表に出現しまっす』
壁のモニターの画像が9分割され、中央に王都、その周囲はそれぞれのオーバーフロー発生地点が拡大して映し出された。
8カ所の発生地点ではほぼ同時に地面が陥没し、直径20メートルほどの穴が開いた。穴の底から黒いコールタール状の物質がせりあがってきて、見る間にあふれていく。
「うわぁ、気持ち悪ぅ……」
双党のつぶやきは皆の気持ちを代弁しているのだろう。普段無表情な新良ですら眉を潜めている。
あふれたコールタール状の『魔導廃棄物』は、端からモンスターに形を変えて周囲に広がっていく。
『各場所、1分でおよそ1000体のモンスターが生成されてまっす。前回のデータと合わせると、1カ所につき2万体のモンスターが生成されると思いまっす』
『ウロボロス』の報告はなかなかに絶望的だ。8カ所で16万体のモンスター。しかもそれぞれ特Ⅱ型……Aランクのモンスターが最後に出てくる仕様だ。
生まれたモンスターのほとんどは王都方面に向かって行軍を始めるが、一部は近場の街にや集落などに向かっているようだ。
「これは凄まじい光景ですわね。あれほどのモンスター、もし日本に現れたら恐ろしいほどの被害が出ますわ」
「そうですね。しかも普通の武器が通用しづらいはずですから、自衛隊では対処しきれないでしょう」
九神と宇佐さんがそんな恐ろしい話をしているが、『深淵獣』が増えていることを考えれば決してありえない事態ではない。
『航空機部隊が発進しまっす』
王都の基地から攻撃機が次々と飛び立っていくのが見える。攻撃機は5機一組の編隊を組むと、あっという間に出現地点近くまで到達し、両翼に懸架された武装から、次々と炎の槍のような魔法を射出しはじめる。地上に降り注ぐ炎の槍は着弾すると爆発を起こし、ぞろぞろと行進しているモンスターどもをまとめて吹き飛ばしていく。
しかし8カ所すべてに攻撃機を派遣していることもあり、数十万体はいそうなモンスターに対してその弾幕はあまりに薄い。1、2割は減らせただろうが、残りのモンスターはまさに蟻の大群のように王都に向かって進んでいく。
攻撃機は武器を撃ちきったのか、王都の基地へと戻っていく。再度魔力を充填して出撃をするのだろうが、その前に足の速いモンスターが王都に達するだろう。
8カ所の出現地点はザコのモンスターが湧き終わり、最後に残った『魔導廃棄物』が集まって巨大なモンスターとなった。
現れたのは、巨大イカの『クラーケン』と、怪獣みたいな『三つ首ドラゴン』、全長100メートルくらいありそうなミミズの『超巨大ワーム』と、身長30メートルくらいの『一つ目巨人』が2体ずつだ。
いやこれはエグいな。普通に国が亡びるレベルの災厄みたいなモンスター集団だ。いくら軍の兵器が先進的になっているとはいえ、対応できる限界を軽く超えているだろう。
それに周囲の街に散っていったモンスターもそろそろ無視できない感じだ。
『艦長、王都内にも『オーバーフロー』が発生したようでっす。兵士が移動を開始していますが、このままだと被害が出そうでっす』
「アンドロイドを出してくれ。50体ずつだ」
『了解しました~。各場所に50体、計200体転送しまっす』
別のモニターがさらに4カ所、王都内の様子を表示する。道路や公園などに直径10メートルほどの穴が開き、そこから『魔導廃棄物』があふれモンスターが湧き出てくる。数は外の物と比べると格段に少ないが、それでも市民にとっては脅威でしかない。
それぞれ兵士が急行しているようだが、数が揃う前にモンスターが拡散してしまいそうだ。見ると冒険者風の連中も対応に集まってきていて、普段は荒くれ者だがこういう時はきちっと戦いに来るあたり、冒険者としてのプライドはあるようで安心する。
ともかくも兵士と冒険者が魔導銃による銃撃をはじめるが、やはり数が足りてない。放っておくとモンスターの波に飲まれそうだ。
その戦場の周囲に、いきなり光と共に50体ずつのアンドロイド兵が転送される。なお今回のアンドロイド兵は、普通に全身金属感のあるいかにもロボットっぽいタイプの奴である。ただ頭部は口だけ出るヘルメット状のものになっていて、その口の部分は人間――たぶん女の子――のものになっている。なのでギリギリ鎧を着た人間に見えなくもない。全員が剣やら槍やら斧やら魔導銃やらで武装しているが、もちろんそれらは俺の『空間魔法』の肥やしになっていたものだ。
いきなり現れた謎の軍団に王国の兵士や冒険者は一瞬呆気にとられたようだが、アンドロイド兵がモンスターを倒し始めると、味方だと判断したようで共闘を始めた。
アンドロイド兵の動きは『ウロボロス』が気合を入れて造ったイチハたちに比べると劣るが、それでも出現するモンスターのランクからいくと十分対応はできそうだ。
さて、そうするとこっちは外のモンスターを少し間引かないとだな。
俺はモンスターの一部が向かっている小都市や集落を『ウロボちゃん』に指示する。
「『ウロボロス』、この集落にアンドロイドを派遣して守ってやってくれ。俺は緊急度の高いところから回る。こっちが指示したら次の場所に俺を転送してくれ」
『了解でっす。アンドロイド兵転移完了。艦長については、指示をいただきしだい緊急性の高い場所に直接転送しまっす』
「頼む。じゃあやってくれ」
光につつまれた俺は、次の瞬間荒野を走る幹線道路の上空に転送された。