28章 異世界修学旅行その1 14
転送されたのはもちろん森の上空だ。
俺は『光学迷彩』や『隠形』などの各種欺瞞スキルや魔法を全開にして気配を隠す。
『ウロボちゃん』に指示されたあたりを中心に魔力を探っていくと、確かに『魔導吸収体』と思われる魔力反応がある。
反応からして地下ではなく、地上を移動しているようだ。速度は人の歩行スピードくらい。となれば、誰かが『魔導吸収体』を持って森の中を移動しているのは間違いない。
『気配察知』スキルを集中させて探っていくと、森の動物たちとは別の、何らかの方法で隠蔽された微かな気配が2つ、『魔導吸収体』と同じ場所にあるのがわかる。
俺は空から森の中に入っていく。木の枝に触れないように細心の注意を払い、木の間を飛びながら気配に近づいていく。
姿は見えない。やはり『光学迷彩』やその他の欺瞞スキルかそれに類するものを使っているようだ。
ただ森の中を歩いている以上、木の葉や土などを踏みしめた時の地面側の変化までは誤魔化せない。よく見るとたしかに2人分のなにかが、森の中を移動しているのがわかる。
さて、まずは欺瞞スキルを解かないといけないが、これは簡単だ。
俺は見えないそいつらに近づいて、いきなり跳び蹴りを食らわせてやる。すると2人の黒っぽい軍服を着た人間が、腐葉土の上にすっ転がった。
もちろんこの時点で『魔導吸収体』を格納した魔道具は俺の腕の中だ。
「……ぐぅっ、なんだっ!? なにが起きたっ!」
「わからん! だが……おい、あいつは!?」
「バカな、気配はまったくなかったぞ!?」
「王家のエージェントか! クソ、『誘導器』を奪われた!」
宙に浮いている俺に向かって拳銃型の魔導銃を構える2人の兵士。動き自体はかなり練度が高そうだが少し慌てすぎだな。
容赦なく射撃をしてくるのはプロとしては好ましいが、魔導銃の『ライトアロ―』では勇者の『アロープロテクト』は貫けない。
「くっ! 高位のプロテクションだと!」
「左右から攻撃するぞ!」
おっと、遊ぶのはこの辺にしとくか。
俺は『拘束』魔法を発動、2人の動きを止める。もちろん殺すつもりはないので手足を動けなくするだけだ。
2人の兵士はその場でピタッと動きを停止した。いや、停止したのは両手両足で、身体だけで必死にもがいているのだが。
「なんだこれは……っ!? 手足が……動かん!」
「魔法か!? しかしどういう理屈で……!?」
ふむ、どうやら『拘束』魔法もロストテクノロジーになってしまったようだな。もともとかなり高度かつ危険度の高い魔法ということで公にはされてなかったから、失われるのも仕方ないか。
俺は着地して2人の近くまで歩いていく。どうやらどちらも30前後のベテラン兵のようだ。
「ええと、お前達、自分の所属とかしゃべるつもりはあるか?」
「なんだと……?」
「答えるはずなかろう……っ」
まあそうだよなあ。
仕方ない、ここは尋問のスペシャリストを呼ぶか。俺のやり方はスマートじゃないからな。せっかくだから専門家をこき使ってやろう。
「『ウロボロス』、カーミラにつないでくれ」
『あ、艦長、了解でっす。カーミラさん、艦長から通信ですよ~』
『あら、なにかしらぁ? もしかして夜のお誘い?』
「違うわ。ちょっとカーミラの力を借りたい。精神魔法で尋問してほしい奴がいるんだ」
『なぁんだ、つまらないわねぇ。しかし先生はお仕事熱心なのねぇ』
「とりあえずすぐに転送するけど大丈夫か? 靴は履いておいてくれよ」
『はいはい。いつでも大丈夫よぉ』
「『ウロボロス』、カーミラをここに転送してくれ」
『了解でっす。転送しまっす』
俺の隣にいきなり光が現れ、それが消えるとカーミラがガウン姿で立っていた。よくそんな姿で出てこられるなこいつは。
「ちょっとちょっと、森の中なんて聞いてないわよぉ」
「知るか。それよりこいつらに精神魔法をかけてくれ。とりあえず素直になる感じのやつで頼む」
「もう、人使いが荒いわねぇ。はい2人とも、ちょっと素直になってもらうわねぇ」
カーミラが手のひらを兵士の前にかざし、魔法を発動する。
突然現れた歩く猥褻物に驚いていた2人の兵士だったが、すぐにその目から光が失われていく。必死にもがくのをやめ、全身から力が抜けてぐったりした感じになる。
「はい、これで大丈夫よぉ。なんでも聞いてあげてねぇ」
そう言いつつカーミラは俺にしなだれかかってくる。今回はちょっと無理を言ったから放っておくことにしよう。
俺は兵士に向き直って尋問を始めることにする。
「よし、じゃあまずはお前、自分の所属を言え」
「……自分の所属は……ババレント領軍、特務隊……です」
「それはどういう部隊だ?」
「……主に拠点に潜入、突入しての……要人暗殺や……破壊工作を行う部隊……です」
「今回はどういう任務を受けてここにいる?」
「『誘導器』と呼ばれる魔道具を……指定された場所に……埋没設置する任務……です」
「『誘導器』というのはどのような機能がある魔道具だ」
「……『誘導器』は、地下に浸透した魔導廃棄物を……地上に集める……機能があります」
「なんの目的でこれを設置しに行くんだ?」
「そこまでの目的は……我々には知らされて……いません。ただし、誘導器は……『オーバーフロー』を……起こします……」
「お前達がこの作戦を完遂した後、大規模な軍事行動があるという話は出ていたか?」
「はい……全軍が出動準備を……進めていました」
「お前達に命令をしたのはババレント侯爵ということでいいんだな?」
「我々に直接命令をしたのは……将軍ですが……将軍に命令をできるのは……侯爵閣下だけです」
なるほど、ここまではやっぱりという感じだな。
「ふむ……。お前たちは『誘導器』を設置した後はどう動くように指示されていたんだ?」
「安全な場所まで移動したうえで、本部に作戦完了の連絡を入れることに……なっています。その後『オーバーフロー』が起きた騒ぎに乗じて……帰還することになっています」
ということは、こいつらには一応このまま作戦は続けてもらって、完了の連絡はしてもらった方がいいな。その後でふんじばって女王陛下のところに連れて行くか。ババレント侯爵が裏で動いていたという確固たる証拠があれば、もし内戦が始まったとしても、女王陛下も大義名分が立てやすいだろう。
「カーミラ、こいつらの直前までの記憶は消せるか?」
「ええ大丈夫よぉ」
なら問題ないな。俺が一息ついていると、カーミラが耳元に口を近づけてくる。
「なんとなくなにが起こりそうなのかはわかったけど、先生はどうするのぉ?」
「基本的には女王陛下に丸投げだな。ただ8カ所でオーバーフローが起きたらさすがに王家の軍だけじゃ対応できないだろうから、そこは俺がなんとかするつもりだ」
「へえ。先生がそこまで積極的に動くのは珍しい気もするわねぇ」
「どうもこの件の裏には俺の宿敵がいるみたいなんでな。思い通りにさせるのはちょっと気に食わないんだよ」
「先生の宿敵、ね。まあともかく、もしラミーエルと侯爵の間で戦争なんて始まったら大変なことになるからねぇ。ワタシもそれだけは防ぎたいわぁ」
「恐らく戦争自体は防げないけどな。被害を減らしたいなら女王陛下を手伝ってやってくれ。よし『ウロボロス』、こいつらにはマーカーをつけておいてくれ。タイミングを見計らって捕まえる」
『了解でっす。生体波を記録しました。これで常時追跡が可能でっす』
さてさて、随分と忙しくなってきたが、まずはダンジョンの様子を見極めるのが先か。
その後はババレント侯爵に暴発してもらって、罪を明らかにした上で『魔導廃棄物』関係にはケリをつけてもらおう。さすがに侯爵が怪しいってだけで勇者が突っ込んでいって殴って吐かせるわけにもいかないからな。こういう手続きはきちんと踏まないと、後で面倒なことになったりするのである。