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28章 異世界修学旅行その1  09

 翌日、『ウロボロス』の食堂で朝食をとった俺たちは、約束の時間に女王陛下のもとに向かった。もちろん全員にイヤホン型の翻訳機は手渡し済みだ。


 さすがに前回のようにいきなり執務室に転送ということは避け、きちんと歩いて行政府建物――王城へと行く。


 王城前の庭園はまだ立入禁止の措置が取られていたが、警備の人間に話をするとあっさりと通してもらえた。


「お城って聞いてたけど、見た目国会議事堂みたいですねっ」


 という双党の感想は、前回俺が感じたものと同じだった。


 王城の入口で受付をすると、迎えに来てくれたのは口髭の似合う老紳士、執事のパヴェッソン氏。女王の最側近のお迎えというあたりに俺たちに対する扱いの重さが見て取れる。


 氏のあとについて磨き抜かれたお城の廊下を歩いていくと、『会談の間』とプレートに表示されている部屋に通された。


『会談の間』は、大きなソファとテーブルが設えられた部屋で、嫌味にならない程度に美術品などが並べられていた。全員席についてメイドさんにお茶などの給仕を受けていると(異世界メイドさんを見て宇佐さんの目が輝いていた)、すぐに女王陛下が、パヴェッソン氏を伴って部屋に入ってきた。


 結い上げた金髪が美しい、しかし見た目はキャリアウーマンといった感じの美人である。


 しかしその顔には多少の疲れが見て取れる。下手をすると昨日からほとんど寝ていないのではないだろうか。


 俺たちは全員腰を上げて一礼をすると、疲れた顔の女王陛下は、それでもにっこりと微笑んだ。


「お待たせいたしました。アイバ様とカーミラ、そしてリーララさんはお久しぶりですね。そして他の方々は初めまして。この国の代表をしております、ラミーエル・ロード・バーゼルトリアと申します。呼ぶときはラミーエルでお呼びください」


 そう言って、女王陛下は優雅な所作でソファに座る。俺たちも促されて再度腰を下ろすが、青奥寺や九神、三留間さんなどの真面目組はかなり硬くなっているのが分かる。さすがの双党も神妙な顔をしているのがちょっと面白く、清音ちゃんがキラキラした目を女王陛下に向けているのになごむ。


 全員が席に着くと、女王陛下はまず俺に向かって頭を下げた。


「まずはアイバ様にはお礼を申し上げます。昨日都市内でのオーバーフローの対応をしてくださってありがとうございました。アイバ様がいらっしゃらなければ、大変な被害が出ていたでしょう。兵士の話によると、城の庭園にもいらっしゃり、人々を避難させたとお聞きしています」


「畏れ多く存じます。今回は偶然気付くことができたのが幸いでした。陛下の方でも今回の件は予測をしていらっしゃったように見受けられましたが」


「ええ、いつかは都市内でもオーバーフローが起こりうるのではないかとは考えておりました。オーバフローそのものを防ぐために例の品の持ち込みにも目を光らせていたのですが、どうやらそれとは別に起こってしまったようです」


「陛下はあれが偶然起こったものとお考えですか?」


「人為的なものということも考えております。先月アイバ様が去られてからオーバーフローは3回起きております。主な都市周辺での警戒を強めて、辛うじて被害は少なく抑えられているのですが、警戒の目の届かない場所を狙って起きていますので、そちらは例の品が使われたと考えておりますが……」


「仕掛けてくる者が、例の品を使わない方法を編み出したのかもしれませんね」


「……ええ、その可能性は考えなければなりません。そしてもしそれが事実なら、今回の件は歴とした侵略行為にあたるでしょうね」


 そう言って、深く息を吐きだす女王陛下。たしかに彼女の言う通り、今回のオーバーフローが人為的なものであり、なおかつそれが例の悪徳侯爵によってなされたのであれば、これは完全な宣戦布告である。


「すみません。この件はあくまで王家にて対応すべきもの。すでに調査も行っていて、多少先方の動きもつかみつつあるところですし、アイバ様にこれ以上お助けいただくわけにも参りません。ともあれ今回の件につきましては、お礼はさせていただきたいと思います」


「それに関しては後ほどお願いがありますので、それをお聞きいただければと思います。ところで今回私がこちらに参りましたのは、『魔導廃棄物』関連の扱いについて、女王陛下にご提案があるからなのです」


「それはどのようなものなのでしょうか?」


「実は我々の世界には、『深淵の雫』……こちらでは『魔石』でしょうか。それを『魔導廃棄物』を出すことなく加工できる技術があるのです。その技術が使えれば、こちらの世界でも『魔導廃棄物』の排出を減らせると思いまして、今回その技術を持っている人間を連れてまいりました」


 と俺が言うと、女王陛下だけでなく、執事のパヴェッソン氏まで前のめりになった。


「それは……教えていただけるものであれば、是非ともお教えいただかないといけないもののようです。しかしその技術は、簡単に教えていいものではないのではありませんか?」


「おっしゃる通りではあるのですが、『魔導廃棄物』についてはこちらの世界にも関わる話なので無理を通しました」


「そこまで力添えいただけるのは嬉しく思いますが……もとはといえばこちらの世界の不始末を押し付けているだけですから非常に恥ずかしく思います。しかしそれでも、もしお教えいただけるのなら是非お願い致します。もちろん相応の対価は用意させていただきますので」


「そう言っていただけて安心しました。とはいえまずはその技術が実際の場で使えるかどうかですから、まずは見ていただきたいのですが……」


「それは時間がかかるものでしょうか?」


「実演だけなら十数分で済みます」


「そのような技術が? 分かりました、すぐに技術官を呼んで準備をさせます。パヴェッソン、お願いします」


「かしこまりました」


 一礼して部屋を出ていくパヴェッソン氏。


 準備ができるまでの間女王陛下とやりとりを続け、魔法の儀式に関しては受けられるという確約を得ることができた。


 また九神自身にも女王陛下と会話をさせたが、九神は特に問題なしと判断したようだ。ラミーエル女王陛下は勇者の勘的にも信用できる人だと感じているところだ。


 20分ほどでパヴェッソン氏が戻り準備ができたとのことで、俺たちは別室へと移動をした。


 その部屋は城の地下にある、白い壁に覆われた体育館ほどの広さの空間だった。聞くと魔法の練習場とのことで、王族は今でも魔法を生身で使う技術を身につけることが伝統として決まっているらしい。


 部屋には中年の男女がひとりづつ待っていた。宮廷の技術官ということで、彼らが九神の技が実際に工業的に使えるかどうかを判別するようだ。


 なお俺たちの方は、九神以外で立ち会うのは俺と宇佐さんの2人だけで、他は『会談の間』で待機となった。これは九神の秘術に関わることなので仕方がない。


 女王陛下自らが技術官から『深淵の雫』を受け取り、それを九神に渡す。


「こちらをお使いください。錬成した『魔導液』はこちらに」


 そう言って大きなビーカーのような容器をテーブルに置く。


 なお女王陛下が口にした『魔導液』というのは、『深淵の雫』を加工して得られる液体のことだ。『深淵の雫』は、液体とすることで様々な用途に使えるようになるらしい。


「それでは参りますわ」


 九神が『深淵の雫』を両手で挟むように持ち、胸の前に持ってくる。


 そして九神は、魔力とも違う、『霊気』とでも言うべき第三の力を『雫』に送り込む。


 それが九神の秘技ということなのだが……俺も初めて見せてもらった時は驚いたものだ。


 ともあれその力を送り込まれた『雫』は、表面がにわかに波うったかと思うと、するりと透明な液体となって容器にこぼれ落ちた。


「これが九神家に伝わる『()き落とし』ですわ。この状態になれば、『深淵の雫』はいかようにも扱えるようになりますの」


 九神は少しだけ得意そうに胸をそらすと、液体で満たされた容器を女王陛下に差し出した。


「ありがとうございます。これはたしかに『魔導液』に見えますが……調べてみてください」


 陛下は受け取った容器を一度見つめてから、技術官に手渡した。


 男女の技術官はその液体を手持ちの魔道具で調べる。と、一瞬驚いた顔を見せてから真剣な顔を女王に向けた。


「陛下、こちら間違いなく『魔導液』です。しかも純度は99.9%以上、これほどのものは相当に精製しないと得られません。その上見た限りでは『魔導廃棄物』を一切排出していませんでした。これは……」


「どうやら本当にとてつもない技術をお教えいただけるようですね。もしこれが広く扱えるようになるのなら、『魔導廃棄物』を大きく減らすことができるかもしれません」


「はい。しかしこの目で見ても信じられません。一体どのような技術なのか、恐らく大陸中の技術者が知りたがると思います」


 女王陛下と技術官たちが明るい顔になったので、どうやら『使える』技術だったようだ。


 もちろん使うためには九神の秘技を伝授する手間などがあるわけだが、秘技についてはそこまで習得が難しくはないことは分かっている。


 実は事前に俺も教わった……というか見せてもらったらやり方が分かってしまったのだが、魔力が扱える人間にとってはちょっとコツをつかむだけで済むレベルのものだった。『霊気』というのは、『魔力』にかなり近い力だったからだ。


 九神家の古文書を読んだ時に分かっていたことだが、これは古に偶然日本に来てしまった異世界人が伝えた技術らしい。つまりもとはこちらの世界の技術のはずで、女王陛下たちから見ればいわゆるロストテクノロジーにあたるものだろう。


「先生、どうやら九神家の技がお役に立てそうですわね」


「だな。九神のおかげで両方の世界が助かりそうだ。伝えてもらって俺からも感謝する」


「うふふっ、九神家の次期当主としては当然のことですわ。もちろん先生からのお願いだから応えたのだということもお含みおきくださいませ。九神家としても先生には多大な恩を感じておりますので」


「そりゃありがたいことだと思っているよ」


 さて、これで懸案事項の一つは片付きそうだ。あとは女王陛下がこの技術をどう広めるかだが、人員の育成や魔道具製造工程の見直しなど、すぐにできるものでもない。一番の問題は一部の宮廷貴族や王家の御用商人たちがこの技術を独占して金稼ぎなどを考え始めることだろうか。


 まあそこは女王陛下が上手くやってくれることを願うしかない。さすがにそれは勇者の腕力でなんとかできるものでもないしな。

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