28章 異世界修学旅行その1 03
夕方6時、約束通り俺は山城先生のお宅にお邪魔をしていた。
築10年も経っていないような新しめの家で、俺はそのリビングで少し小さくなって椅子に座っている。隣には清音ちゃんが座っていて、ずっとニコニコしながら俺の腕にしがみついている。そういえば清音ちゃんとプライベートで会うのは久しぶりかもしれない。
「清音ちゃん、本当に魔力を出せるようになったんだね」
「はいっ! リーララちゃんに教えてもらって、一生懸命やったらできました。リーララちゃんにはすごく早いって言われたんですよ」
「そうだね、俺も早いと思う。間違いなく才能はあると思うよ」
「ですよね! これで私もお兄ちゃんにいろいろ教えてもらえるようになりますよねっ」
嬉しそうな顔をして俺の腕に頭をぐりぐりと擦りつけてくる清音ちゃんはまるで子犬のようで微笑ましい……のだが、それを母親の山城先生の前でされるとちょっと困る。
しかしそんな心配をよそに、正面に座っている山城先生は楽しそうに微笑んだままであった。
「本当に清音は相羽先生のことが好きなのね。リーララちゃんに魔力とかいうのを習ってる時も、早く先生にできたって報告したいってずっと言ってたものねえ」
「だってリーララちゃんだけ相羽先生と仲良くしててズルいんだもん。でもこれからは私の方が仲良くするの」
「相羽先生もごめんなさいね。この子がこんなことを言うようになるなんて思わなかったから私も少し驚いちゃって」
「いえいえ、自分としては嬉しいことですから大丈夫ですよ。ただ山城先生にはご心配をおかけしないかと気がかりなくらいで」
「あら、相羽先生のことは信用しているから大丈夫よ。ところでお話を詳しく聞きたいのだけど」
そう言って、山城先生は少しだけ姿勢を正した。俺も姿勢を正そうとしたのだが、清音ちゃんが離れないのでそのまま話すしかなかった。
「ええとですね、簡単に言えば、清音ちゃんをこことは異なる世界に一度連れて行って、魔法を使えるようにしたい……というか、清音ちゃんがそうしたがっているので、よろしいでしょうかというお話なんですが……」
「一応少し清音から話は聞いていたのだけど……本当にそのままのお話なのね。それで、その異なる世界というのと、魔法というのどういうものなのかしら?」
「まず異世界についてですが、前にもお話した通り、自分が少し前まで飛ばされていた世界なんです。行く場所はそうですね……政治制度として身分制が色濃く残ったままの、地球の先進国……みたいな感じのところになります」
「つまり世界が違うだけで、基本的には人間が住む普通の世界ってことなのね?」
「そうなります。感じとしては海外に行くのと同じようなものですね。あ、病気とかウイルスとかその辺りは魔法とか新良が持ってる科学力とかで万全の体制はとりますので」
実際は「新良の科学力」というより『ウロボロス』を連れてって対応させるだけなんだが……まあ嘘というわけでもない。
「新良さんも行くんだったわね。清音の安全に関しては相羽先生がいれば大丈夫なのはなんとなくわかるわ」
「ええ、そこは万全を期します。ただその異世界なんですが、今ちょっとキナ臭い感じなのも事実なのでそれはお伝えしておきます。もちろんたとえば戦争が起こっても、完全に清音ちゃんを安全なところに移動させることは新良の技術で可能ですので心配はいりません。こういう言い方はなんですが、自分のそばが世界で一番安全な場所だという自信はあります」
とちょっと強く言ってみたが、俺としてはそこまでして清音ちゃんを連れて行きたいわけでもないんだよな。彼女を連れていく理由としては、ただ魔法の才能がもったいないというだけであるし。
ただその言葉に清音ちゃんはキラキラした目を俺に向けてきて、山城先生も少し驚いたような顔をした。
「お兄ちゃんかっこいいです。お兄ちゃんのそばが一番安全……えへへ、ずっとこうしていれば安全ですね!」
さらに腕に頭をこすりつけてくる清音ちゃん。う~ん、だんだん冗談で済まなくなってくるような気がしないでもないな。
「ふふ、今の相羽先生はたしかにかっこよかったわ。普段は優しい若い先生って感じだけど、裏の顔は自信に満ちたスーパーマンなのね」
ん? どうも山城先生のサキュバスパワーがにわかに強まってきたような……なにか交渉をミスっただろうか。
「あ~、ええと、それから魔法ですが、これはそのままの意味です。リーララも使えますが、例えば……」
俺は手のひらの上に、炎や氷や岩などを出現させては消していく。一応断って『ファイアボール』を発射、途中でキャンセルなんてもの実演する。
「こんな感じで、まあ色々な力が使えるようになります。もちろんすぐに使えるようになるわけではなく、今回はその魔法が使えるようになる下準備をするという感じですね」
「校長先生にも話は聞いていたけれど、相羽先生は本当にそんな力が使えるのね。しかもその力を清音が使えるかもしれないなんて……本当に驚くことばかり」
山城先生はしばらく目を見開いてから、ふうと息を吐きだした。
「でもその力は危険なものではないのかしら。清音のような子どもが持っていい力ではないと思うのだけれど」
「それについては山城先生のおっしゃる通りです。ただ、先ほども言いましたが、異世界で行うのは下準備だけで、それだけで魔法が使えるようになるわけではありません。魔法については清音ちゃんの成長を見ながら教えていこうかと思っています」
「そう……。ねえ清音、清音は魔法でなにがしたいの?」
「う~ん、相羽先生とかリーララちゃんのお手伝い、かな? それと聖女先輩みたいに傷を治す魔法とかもあるんだって。だからそういうのもやってみたい」
答える清音ちゃんはかなり軽い感じだ。今のところは好奇心とかそういうのが先に立っているだけだろうし、力を得たことによるもろもろの面倒なんてまだ考えてもいないだろう。
「でももし魔法が使えることが知られちゃったら、悪い人とかに狙われるかもよ?」
「リーララちゃんだって大丈夫なんだし、それにいざとなったら相羽先生に助けてもらうから。お兄ちゃん助けてくれますよね?」
「え? ああ、それはもちろん。ただ、清音ちゃん自身がしっかりと自分を守ることが前提だよ。魔法はすごく危険な力だから、言うことは守らないと教えられないからね」
「わかりました。お兄ちゃんの言うことは守ります。魔法も簡単には使いません」
真面目な顔でそう言って、清音ちゃんは山城先生の方に身体を乗り出した。
「ねえお母さん、私どうしても魔法を勉強したい。覚えられるのに覚えないでおくのは嫌なの」
「そうねえ……」
溜息をついてから、俺の方に目を向けてくる山城先生。
「相羽先生、もし清音が魔法を覚えるとなると、ずっと相羽先生のお世話になってしまうと思うのだけれど、それはいいのかしら」
「清音ちゃんは明蘭学園の高等部までは進学するんですよね? 少なくともそれまでは見てあげられますよ。もちろんその先も必要があれば見ますが、その時には自分の身は守れるくらいにはなっているでしょう」
「むう、お兄ちゃんはずっと一緒です。学校を卒業したら結婚してください!」
なんかとんでもないことを言い出す清音ちゃんに山城先生はぷっと吹き出す。正直俺はそれどころではないが……ここは子どもの言葉として流すべきなんだろうな。
「……ま、まあその時はその時で、ね。俺もどうなってるかわからないし」
「お兄ちゃんは今恋人とかいるんですか?」
「いやいないけど、できる可能性もなくはないから……」
「じゃあ私が今から恋人になります」
「それは俺が捕まっちゃうから……」
なんてしどろもどろになっていると、山城先生はふふっと笑ってから口を開いた。
「なんか真剣に考えても仕方ない気がしてきたわ。よく考えたら習い事の一つとでも思っておけばいいのかしらね。そもそも不思議な力をもった子なんて意外と多いみたいだし、いざとなったら清音も明蘭学園の先生になればいいのよね」
「ええと、それでは……?」
「ええ、相羽先生、清音のことをよろしくお願いしますね。というか本当ならお礼をしないといけないことなのよね。清音も相羽先生にどんなお礼ができるかちゃんと考えるのよ」
「は~い。それとお母さんありがとう。私頑張るから!」
「ええ、そうしてね。それで相羽先生、異世界に行くのになにが必要になるのかしら」
「とりあえず着替えと……」
というわけで清音ちゃんの魔法習得については山城先生の理解は得られたようだ。
その後は山城先生と清音ちゃんが作ってくれた料理を食べたりしてまったりした時間をすごした。のはいいのだが、なんとなくこんな生活もいいなと感じている自分がいることに気づいて驚いてしまった。
まさか親子で勇者に魅了魔法をかけてくるとは、山城親子恐るべし、なのかもしれない。