28章 異世界修学旅行その1 02
木曜日、終業式の前日夜。
アパートに戻ると、当たり前のようにベッドの上でスマホをいじっている褐色ひねくれ魔法少女がいた。まあ最近はひねくれ要素も少し薄らいできた感はなくはないが。
「おじさん先生お帰り~。今日は早かったね」
「明日は終業式だからな。それより今日は木曜日なんだが」
「別に金曜日だけしか来ちゃいけないわけでもないでしょ。いつ来るかはわたしの自由だし」
「そんな自由あるか。相手のこと考えろっての」
「おじさん先生以外なら考えるかもね~」
頭をグリグリしてやりたくなる生意気顔でこちらを見るリーララ。
俺が両拳を上げて見せると、慌てて身体を起こして構えを取る。クク、まだ身体が覚えているようだな。
「わかったから。今日来たのは話すことがあったからだから!」
「ほう。一応聞いてやろうか」
俺が拳を下ろし、ネクタイを外してテーブルの脇に座ると、リーララも力を抜いてベッドの上に座り直した。
「おとといなんだけど、清音が魔力を自分で出せるようになったの。あの娘やっぱり素質が段違いにあるみたい。わたしほどじゃないけど」
「へえ、そりゃ早いな。しかしそれなら一度俺も見てやらないといけないな」
「清音もおじさん先生に早くしらせたいって言ってたから明日見てあげて。で、それはいいんだけど、清音もあっちの世界に連れてって、魔法を使えるようにしてあげてくれない?」
「ああ、その話なあ……」
それは非常に難しいというか、微妙な問題ではある。
清音ちゃん本人は好奇心とかいろいろあって魔法は当然身につけたいと思うだろう。ただそうなったとき、彼女自身の人生にどんな変化が起きるのか、それを考えると安易に使えるようにはできない。
もちろん親である山城先生の理解と許可も必要であるし、なにより異世界でそれが許可されるかも分からない。まあ女王陛下に頼めばNOとは言わないだろうが。
「なに? もしかしてダメとか言うつもり?」
「いや、そんな簡単な話でもないからな。まあ分かった。明日山城先生にも話をして一度俺から説明をしてみるわ。それでOKがでたら異世界には連れていく。ただ向こう側の許可も必要だからな」
「ふ~ん、まあお母さんの許可は必要か。そのへんはおじさん先生に任せる」
「しかし魔法が使えるようになっても、こっちの生活の役に立つとも思えないんだけどな」
「『深淵獣』と戦うメンバーに入れたりすればいいでしょ。私の手伝いでもいいけど」
「普通の女の子を裏の世界になんて安易に入れられるわけないだろ。誘った側の責任も当然問われるんだからな」
「む~。まあそうだけど……」
「とにかく明日話をしてみるよ。身を守れる力があった方がいいのはたしかだからな」
「だよね。いざとなったらおじさん先生が責任とればいいだけだし」
「お前なあ……」
まあ清音ちゃんが魔法を身につけるかどうかにかかわらず、必要があれば彼女を守るのはやぶさかではない。
しかし魔法を覚えるのはまた違う話であるし……山城先生も驚いてしまうだろうな、こんな相談をされたら。
翌日の終業式はつつがなく終了した。
待ちに待った夏休みということで、生徒たちは成績表を受け取って嬉しそうに帰っていった。青奥寺たちも特に学校ではなにもなく、他の生徒たちと同様に帰宅した。
放課後になって、俺は補講の準備をしている山城先生に声をかけた。
「すみません山城先生、清音ちゃんのことで急ぎ相談があるのですが……」
「ふふっ、話は清音から聞いてるわ。さすがに少し詳しいお話を聞きたいから、今日の夜私の家まで来ていただいていいかしら?」
ドキッとするような妖艶な笑みを浮かべて振り返る黒髪美女に、勇者の魅了耐性が全力で抵抗する。
「え、ええ。その方がありがたいです。時間は6時でいいでしょうか?」
「そうね。お夕食も一緒に食べる形でいいかしら。清音も相羽先生に料理を食べてもらいたいって言っているから、ね」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
どうも今日の山城先生はサキュバスオーラがさらに増している気がするな。夏休み突入ということで彼女も少し気が浮かれているのかもしれない。
俺が席に戻ると、同時に席に戻ってきた学年主任の熊上先生が顔を近づけてきた。
「もしかしていよいよ山城先生にアタックをするのかい?」
「は? いえいえそんな滅相もない。ちょっと娘さんのことで相談がありまして……」
「相羽先生が山城先生の娘さんのことで相談? 仲がいいとは聞いてるけど、もしかして告白でもされた?」
「いやまさか。清音ちゃんは神崎リーララという友達がいるんですが、その子関係でちょっと……」
と言うと熊上先生は急につまらなそうな顔になった。
熊上先生もリーララが訳ありなのは知っているので、そっちの話だと理解したようだ。それでつまらなそうな顔をするのはどうかと思うが。
「相羽先生も色々大変だね。夏休みもどこか遠くに仕事に行くみたいだし、身体には十分気を付けてくれよ」
「学校の仕事に穴を開けないように注意しますよ。熊上先生も身体の方はもう?」
「おかげさまでこの間の検査でも問題なしだったよ。お盆休みは家族サービスができそうだ」
「あ~いいですねえ。自分もお盆は実家に一度帰ろうかと思ってます」
「まさか教員になってから一度も戻ってないのかい? なら必ず帰ったほうがいいね。親がいるうちに孝行はしといた方がいいよ。できれば彼女の一人でも紹介すればなおよしだ。いっそのこと青納寺でも連れてったらいいんじゃないか?」
雨乃嬢は少し前まで『総合武術同好会』に出入りしていたので、熊上先生はそちらの仲もずっと怪しんでいるようだ。
そういえば青奥寺たちを実家につれてくなんて話もあったような……。いやまああれは本気ではないだろう。さすがに実家に教え子を連れていくなんてマズいなんて話じゃないしな。
……と一瞬だけ考え事をしていたら、熊上先生はなにを察したのかニヤッと笑った。
「お、もしかしたら当たりかな? 応援するから頑張ってくれよ」
「いやいや、そんな話は一切ありませんから……」
と言ったものの、頼めば雨乃嬢は来てしまいそうな気もするし、たぶんカーミラやリーララあたりもノリノリでついてくる気がするな。
誰を連れて行っても騒ぎになりそうな気がするし、リーララに至っては犯罪者扱い間違いなしだから絶対にありえないけど。