27章 宇宙艦隊大決戦 04
翌月曜日から始まった一週間は、夏休み前最後の週である。
青春の代名詞みたいな期間を前にして、さすがに品行方正なウチの生徒たちもどことなく浮かれているような感じはある。
青奥寺と双党もちょっとそわそわしているように見えるが、彼女らに関しては宇宙艦隊が来ることと、異世界に行くことの2つがあって落ち着かないのだろう。
なお新良は作戦通り、今週いっぱいは公認欠席ということになっている。
授業は特になにもなく、放課後の『総合武術同好会』では約束通りレアに俺の体術を教えることになった。
「マスターアイバ、今日からよろしくお願いしまぁす!」
俺が道場に入っていくと、道着姿のレアが走ってきて礼をする。
気になるのは礼をした後にさらに近くまで寄ってくることなんだが……それ以上近いと前に突き出た部分が当たるからやめてね?
なんにしろキラキラした目を向けてくるレアを前に、ちょっとのけぞりながら対応をする。
「ええと、いろいろ考えたんだけど、ハリソンさんには短刀で戦う術を教えようと思う。それでいいかな?」
「はぁい! ナイフの扱い方は一通り学んでいますので、センセイの技術との違いがわかってとてもいいと思いまぁす!」
レアがさらに一歩近づこうとするので俺は合わせて一歩下がる。もし当たってしまったら近くで見ている青奥寺と双党になにを言われるかわかったもんじゃないからな。
「それじゃこの木刀を使って……ん? 双党なにか言いたいことがあるのか?」
俺が用意してきた小刀の木刀をレアに渡していると、双党がじっと拗ねたようにこちらを見ているのに気づいた。
「え~、そういう技も教えられるならもっと早く教えてくださいよ~」
「いやだって言われなかったし」
「じゃあなんでレアには教えるんですか? 教えてって言われたんですか?」
「そういうことだな。日本文化を学びたいんだそうだ」
「ホントですか~? なんか今日は朝からレアの先生を見る目が怪しいですし、今のやりとりもかなり怪しいんですけど。なにかあったんですか?」
「いや俺もそこはよくわからないが……そうなのか?」
俺が聞き返すと、双党だけでなく隣で聞いていた青奥寺もうなずいた。
「そうですね。朝からずっと先生のことを見つめていたような気はします。今のやり取りも妙に距離が近いですし。昨日の家庭訪問でなにかあったんですか?」
「いや、普通に俺が依頼を受ける条件の話をしただけなんだ。ハリソンさん、そうだよね」
確認を取ると、道着に着替えて待機していたレアはピシッと姿勢を正して答えた。
「イエスサー! その通りでぇす! ワタシはアイバセンセイの覚悟をお聞きしまぁした」
「覚悟の話なんてしたっけ?」
「センセイがまさにヒーローのような覚悟を持っているというお話を聞いたと思いまぁす」
「先生がヒーロー……ですかぁ? そんな覚悟ありました?」
すごくうさん臭そうな顔を向けてくる双党。
「やってることはヒーローと言えなくもないだろ」
「う~ん、結果だけを見るとそうなんですけど、言動にまったくヒーロー感がないというか……」
「私はそこがいいと思うけど。ねえレア、先生のどこにヒーローを感じるの?」
青奥寺がフォローはしてくれるが、どうやら俺にヒーローイメージがないというのは否定してくれないらしい。一応勇者ってヒーロー枠だと思うんだがなあ。
「アイバセンセイは権力などにはなびかず、市民を助けるために力を使うと言ったのでぇす。そこにヒーロースピリットを感じまぁした」
「なるほど、言うことはわかる……かな。」
「私はよくわからないけど、結局先生が勇者空間にひきずりこんだってことはわかりました。あの戦いを見せられたあとに真面目な話をされたら仕方ないですよね。レアって意外と純粋みたいですし」
双党は勝手に納得をしてくれたようだ。勇者空間というのはやはりよく分からないが、レアが勇者の在り方を理解してくれたという意味ならありがたい。
その後結局3人に対して短刀術を教えることになったのだが、レアだけでなく、青奥寺も双党も真面目にとりくんでいていたので俺自身少し楽しくなってしまった。
俺は勇者生活の中で様々な武器を扱ってきたし、その経験や技術を生徒が少しでも受け継いでくれるならそれはそれで嬉しいものである。
『その時』は水曜日の夜に来た。
俺がアパートで飯を食っているとブレスレット端末に着信が入った。言うまでもなく相手は新良しかいない。
「先生、ついに来たようです。『ウロボロス』から緊急通信が入りました」
「いいタイミングで来てくれたな。わかった、すぐに転送してくれ」
光につつまれ転送された先は、新良の宇宙船『フォルトゥナ』の客室。ここまでは予定通りだったんだが……
「なんで青奥寺と双党がいるんだ?」
そう、目の前にはいつもの3人組が揃っていた。
俺の言葉に反応して、双党がぷくっと頬を膨らませる。
「こんな大切なこと、璃々緒と2人きりでやろうとするのはひどいと思いますっ! 断固抗議しますっ!」
「いやでも双党がいてもなにもできないし……」
と言うと、さらに膨れてポカポカパンチを繰り出してくる小動物系女子。なんかずいぶん前に同じことがあったような気がするな。
「なにもできないかもしれませんが、先生が大きな戦いに出るのに、じっとしていることはできません」
なんて真面目なことを言うのは青奥寺だが、珍しくちょっと膨れているようにも見える。
「多分見ててもそんな面白いものじゃないとは思うけどな。新良、早速『ウロボロス』の所に向かってくれ」
「わかりました。ラムダジャンプで移動しますが、ジャンプアウト直後から向こうの攻撃をうける可能性がありますので防御をお願いします」
「任せてくれ」
新良が操縦室に向かい、俺たちは客室の椅子に座る。すぐに『ラムダジャンプします』という放送が入った。
俺が伸びをして身体をほぐしていると、青奥寺がじっと俺の方を見てきた。
「先生、今回はどうやって戦うんですか?」
「基本的には向こうの頭を潰す。たぶん『ヴリトラ』っていう『ウロボロス』と同じ戦艦がいて、それにトップが乗ってるはずだから、その船を潰す」
「また乗り込むんですか?」
「『ウロボロス』の兵装で倒せるならそれで済ませるけど、相手が多いと難しいだろうな。まずはある程度蹴散らさないとならないし」
相手が艦隊なら進路をふさいでくる艦も多いだろう。それらを蹴散らすのに『ウロボロス』には頑張ってもらうつもりなので、最終的には接舷しての海賊……勇者戦法になるはずだ。
俺の言葉を聞いて双党は急に眼を輝かせた。
「それじゃガチンコの宇宙艦隊戦が見られるんですね!? すごい楽しみですっ!」
「お前なあ……。一応戦争だからな、これ」
「先生の言いたいことはわかりますよぉ。でもしょうがないじゃないですか。どうせ先生が一方的にやっちゃうだけなんですから」
「戦争だというならなおさら先生一人で行くべきではないと思います。私はなにもできないかもしれませんが、先生を一人にはしませんから」
相変わらずおちゃらける双党と、妙に意味深なことを言う青奥寺。
しかし真面目な話、俺はフィーマクードに関しては一切の慈悲なく皆殺しにしてきている。今回も艦隊戦ということになれば、下手をすると1万を超す命を奪うことになるだろう。
思えば彼女たちもそのことにはとっくに気付いているだろう。その上で普通に対応してくれていて、積極的に関わろうとしてくれているのかもしれない。もし彼女たちがそんなふうに気を遣ってくれているのなら、勇者としては感謝しかない。
「あれ、先生なんか優しい目になってますよ?」
「ん? ああ、まあ、2人がいてくれてよかった気がしたんだ。一瞬だけな」
「なんで一瞬だけなんですか。一生感謝してくださいっ!」
「一生なあ。まあ嫁さんにでもなってくれれば――」
などと冗談を言おうとしたところで、『ラムダジャンプアウト30秒前』の放送。
俺は勇者専用魔法『隔絶の封陣』の準備をする。
『ジャンプアウトまであと5秒。4、3、2、1、ジャンプアウト』
同時に『隔絶の封陣』を展開。
客室のモニターに外の景色が映し出される。
光学処理された映像には、いかにも軍用といった趣の武骨なフォルムの艦艇が無数に映し出されていた。