26章 魔人衆バルロ 01
「あ、先生、ちょっとお話が。相談室でお願いしたいのですが」
翌週水曜の昼休み、青奥寺がそんなことを言ってきた。
久しぶりの『生活相談室』で、黒髪ロング女子とサシで座る。
今日は目つきがそこまで鋭くはないので俺の処刑関係の話ではなさそうだ。まあそもそも覚えもないし。
「どうした、例の『深淵窟』でなにかあったのか?」
「いえ、そちらは今のところはなんの問題もありません。むしろ皆いい経験を積めているって前向きになってるくらいですね」
「青奥寺の一門は頭が下がるな。表の生活にも影響してるだろうに。青奥寺も現代文は点数良かったしな」
「そこは手を抜きませんから」
ちょっとだけ得意そうな表情を見せる青奥寺。こういう時はかわいいんだけどなあ。
「それよりレアのことなんですけど……」
「なんかあったのか? 一応青奥寺については納得はしていたふうだったけど」
「あ、すみません。実はレアかどうかはわからないんですが、私が家を出る時に、視線を感じるようになったんです。2日前からなんですけど明らかに見張られているような感じで……」
「それは穏やかじゃないな。それで、青奥寺としてはレアが探っているんじゃないかと思ったわけか」
「ええ。それまでこんなことはなかったので、心当たりがあるとすれば彼女だけなんです。たぶん彼女にしても青奥寺のことは気になるとは思うんですよね」
そう話す青奥寺だが、そこまで嫌がっているという感じではない。まあそれなりに仲はよくなっているようだし、彼女の公人としての任務も知っていれば、調査されるのも理解はできるといったところだろうか。このあたり感情的に処理しないのは青奥寺のいい所だろうな。
「『深淵』関係の情報はあっちにはまだ知られていないみたいだしな。ちなみに青奥寺はどう対処したんだ?」
「家を出て物陰に隠れてから『隠身』を使っています」
『隠身』というのは俺の『隠密』と同じようなスキルだろう。単に遠くから望遠レンズで覗いているだけなら、それで追えなくはなるはずだ。
「なるほど。しかしどうするかな。また俺が踏み込んでやめさせてもいいけど、そうすると青奥寺になにかあると進んで言いに行くようなもんだからなあ」
「もし可能なら相手が誰だけでも知りたいんです。レアなら別にそのままでもいいんですけど、他のなにかだったらちょっと」
「ああ、たしかにそうだな。じゃあ今日青奥寺の家のあたりに行ってチェックするよ」
「すみません、先生にこんなこと……」
「いやいや、可愛い教え子がストーカーされて困ってますみたいな話だろ。教師として普通に対処するからなこれくらい」
俺の言葉に、青奥寺は少しだけ驚いた顔をして、それから普通の表情……というかちょっと不機嫌そうな顔になった。あれ、なんかマズいこと言ったかな。
「教師として……ですか。あ、いえ、すみませんがよろしくお願いします。私は6時に家を出ますので」
「了解だ。任せてくれ」
その後は普通なんだけど……う~ん、女の子の心の機微は難しすぎるな。文脈が見えないからな、文脈が。
6時前に青奥寺家の近くまで姿を隠して飛んでいき、門の前に着地をしてそのまま潜んでいると、時間通りに青奥寺が出てきて歩いていった。
ちらりと俺の方を見た気がするんだが、青奥寺の魔力探知能力はかなり鋭くなっているようだ。実力的には四天王の副官レベルにほぼ近いからな。現代社会に生きる人間としてはすでに破格の戦闘力をもつ女子である。
さてたしかに視線を感じるのだが、言われた通り九神家の前で感じたレアのそれと同じ気配である。
再度飛び上がって近くを『気配感知』で探ると、近くの3階建ての建物の屋上に隠れているレアを発見した。
とりあえず青奥寺の懸念は解消されたわけだが、このまま放っておくのもちょっとなあ。やっぱり裏でこそこそやられるのは教師としては気持ち悪いんだよな。
仕方ないのでレアのそばに着地して『光学迷彩』『隠密』を解く。
その瞬間レアは飛び上がってナイフを構え……そして俺だとわかるや否や目をまんまるにした。
「アイバセンセイ!? あっ、あっ……ご、ごごごごっ」
「ごごご?」
「ごめんなさいでぇすっ!!!」
まさかの全力土下座をする金髪ポニーテール女子。なんか頭をコンクリの屋根に打ち付けてるんだけど……ええ、なにしてんのこの娘。
「あ~、気持ちはわかったから落ち着け」
「ごめんなさいでぇす、ごめんなさいでぇす!」
「わかったから静かにしろって。人が来るぞ」
実際は『防音結界』張ってるから誰も来ないけどね。
俺が背中を叩くと、レアはゆっくりと顔を上げた。
本当に申し訳なさそうな顔をしているんだが、これが演技なら大したものだ。勇者の勘的にはたぶん本心と演技半々といった感じかな。
「で、今度は誰を調査していたんだ?」
「アオウジサン……でぇす」
「なぜ青奥寺を調べようと思った?」
「この間の『シャドウ』との戦いで、ソウトウやダイモンは化物との戦いに慣れている気がしまぁした。ですが『白狐』が化物と戦っているという話は聞いたことがないのでぇす」
「ふむ……」
ということは『白狐』の東風原所長は『深淵獣』については伝えてないのか。まあ確かにその話をすると青奥寺家や九神家にも影響がいく可能性があるからな。
しかしそれならよけいにレアが青奥寺に目をつけた理由がわからない。
「そこで気になったのが、アオウジサンが『獣と戦う剣術』と言っていたことだったのでぇす。なので調べていまぁした」
「なるほど?」
いやいや、『白狐』の2人が化物に慣れていることと、青奥寺の話はどう考えてもつながらないと思うんだがなあ。
しかしそういう一見つながらないはずの糸をつなげるっていうのは、実は能力としては存在するものではある。なにしろ今の話は実際つながっているわけであるし、レアにはその才能があるのだろう。彼女もまたただ者ではないということだ。
「話はわかるんだが、前にも言った通りこそこそやるのは見逃せないからな。それから少なくとも青奥寺の剣術についてはクゼーロの討伐とは無関係だ。そちらから攻めても意味はないからやめとけ」
「う~、それだともうこれ以上ワタシのやることはなくなってしまうのでぇす。後はアイバセンセイの力を調べるくらいしかないのでぇすが……」
捨てられた子犬みたいな目をして見上げてくるレア。いつものアメリカンな感じとのギャップ攻撃はなかなかに強力である。
「俺については現代のニンジャマスターってことで話は終わりだ。それ以外になにか考えていることがあるのか?」
そこでレアは姿勢を正して、俺のことをじっと見つめてきた。
「……実はクゼーロを倒したのはアイバセンセイではないかとワタシは思っていまぁす。もしアイバセンセイが倒したのであれば、クリムゾントワイライトの支部長を倒す方法を教えてもらいたいのでぇす」
「あ~なるほどね……」
まあやっぱりその結論には行きつくよな。先日『白狐』のエースである双党と絢斗の戦いを見て彼女らがクゼーロを倒すほどの力がないということは気付いただろうし、そうなると協力者である『ニンジャマスター』に目が向くのは当然である。
まあとりあえず話をするだけならしてもいいのだが……一番の問題は、たぶん俺自身がどこまで我慢できるかなんだよな。