3章 青奥寺と九神 01
「相羽先生、そういえば先週の青奥寺さんの家庭訪問はどうだったのかしら?」
職員室に戻ると山城先生に声をかけられた。なんてことはない言葉の端にも色気が漂っているのだが、そこもなぜか女子生徒には人気らしい。
「あ、ええと、新しい担任に挨拶と、ちょっと特別な事情があるというお話をされました」
「そう。あの家にとっては必要なことなんでしょうね。相羽先生は理解されました?」
「聞いたのは多分表面的なところだけだと思うんですけど一応は。ただ言葉上は理解できても、中身が信じられるかは別ですね」
「一般人には無理よねえ、あの話は。相羽先生に求められるのは担任としてどう対処するかだけだから、あまり深く考えない方がいいと思うわ」
「はい、自分もそう考えるようにしてます。今は授業の方で手一杯なので」
と適当に誤魔化す俺に、山城先生はニコッと微笑みかけた。
「そうね。それじゃ今日の授業について、授業研究をちょっとやっちゃいましょうか」
「あ、はい、よろしくお願いします」
俺が教科書と授業の指導案を取り出していると、職員室のドアがノックされ一人の女子生徒が入ってきた。
その女子生徒を見て俺はちょっとのけぞってしまった。
なぜならその女子生徒が絵に描いたような金髪縦ロールな髪型をしていたからである。
いやこんな生徒いたか? 授業に出てないクラスだったとしてもさすがに見かけたら記憶に残るだろう。
と思っていると、その生徒はつかつかとこちらに近づいてきた。
「山城先生、失礼します。少しお話よろしいでしょうか」
縦ロール娘は俺に一瞬だけ視線を向けたが、まるで一切認識しなかったかのようにすぐに山城先生に向き直った。
「あら九神さん、来るのは来週からじゃなかったかしら?」
「ええ、そのはずだったのですけれど、少し予定外のことが起きまして。急に戻ることになりましたので、そのご挨拶と両親からの手紙をもってまいりました」
「まあ、電話で十分なのにいつもキチンとしているわね。分かりました、預かります。授業は明日から?」
「はい、すぐに出たいと思います」
「座席は出席番号順だから分かるわね。九神さんなら時間割とかは大丈夫かしら?」
「はい、そのあたりは問題ありません。授業の進度も友人に確認してあります」
「そう。じゃあ明日からよろしくね。授業の先生方には九神さんが来るって伝えておくから」
「よろしくお願いします。失礼いたします」
金髪縦ロール女子はそう言うと一礼して去って行った。髪型のせいか、動作がすべてお嬢様っぽい感じがしてさらにのけぞる感じだ。
あの世界の貴族の令嬢もあんな感じだったのかもしれないが、なにせ会わせてもらえなかったからなあ。
しかしまあそれよりも彼女については見た目以外で少し気になることがあった。
そう、『九神』という姓は、先日『深淵窟』関係で青奥寺が言いかけて止められていた名前なのである。
「山城先生、さきほどの生徒は初めて見る気がするんですが」
「ええ、彼女は『九神 世海』さんと言って、『九神』っていう総合商社の会長のお孫さんなの。『九神』自体は一般的にそれほど知られてないけれど、結構大きな企業みたい」
「はあ」
「で、彼女は2年の初めから親御さんと本人の希望で超短期の海外留学に行ってたの。留学というより実際は会社を継ぐための研修みたいだけど。それで今日その留学から戻ってきて、明日から授業に出るってお話よ」
「ああ……、言われてみれば最初の学年会で熊上先生がそんなことを言っていたような……」
「ふふっ、はじめは何のことか分からないわよね。私のクラスだから相羽先生が直接相手をすることはないと思うわ。だからそんなに気にしなくて大丈夫よ」
「分かりました」
と言ったものの、どう考えても青奥寺つながりで彼女とは嫌でも関わらないといけない気がするんだよな。
勇者の勘の的中率は、悪い方には極めて高いからな。
翌日4限目の授業を終えて廊下を歩いていると、金髪縦ロールの後姿が見えた。
やっぱりメチャクチャ目立つな……と感心していたら、そこに近づいていく黒髪ロングの女子。
うむ、これぞ好一対、とさらに感心していたが、黒髪ロングが青奥寺なのに気付いて2人がどんな会話をするのか気になってしまった。
『隠密』スキルを弱く発動して聞き耳を立てる。
「世海、久しぶり。帰ってくるの予定より早くない?」
「あら美園さん、お元気そうね。ええ、向こうでの予定が早く終わったから早めに帰ってきたのよ」
「そう。この間の件もあったし、世海のところも大変そうだけど。帰ってきたのはそのせい?」
「それは美園さんには関係ございませんわ……、と言いたいところなのですけど、そうでもないのですのよね。かがりさんにはお礼を言っておいてくださいな」
「直接言わないとダメでしょう、そういうことは」
「さすがにそれはできませんわ。色々としがらみがございますので。その点青奥寺家はまだ気楽で羨ましいですわ」
「そんなこともないけど。どこかの誰かのせいで余計な仕事が増えてるから」
そこで金髪縦ロール……九神の肩がピクッと反応した。
「……それは大変ですわね。ま、青奥寺家の仕事が増えるなら、それはそれでこちらは助かるのですけれど。それとは別に美園さんもお身体には気を付けてくださいな。大切な跡取りなんですから」
「それはお互いでしょう」
「ええまあ。ところで1組は担任の先生が変わったのかしら? 熊上先生がそのまま継続だと聞いていたのだけれど」
「熊上先生は先日入院をされて、副担任の相羽先生が代理で担任になったの。今年教員になったばかりの先生だって」
「そう……。職員室で山城先生と話していた人ね。頼りなさそうに見えたけど、新採用の先生では仕方ないわね」
「相羽先生が頼りない……? ふふっ、世海にはそう見えるのね」
「なに?」
「いえ、確かに先生としては頼りないかもって思ったの。中間テストも近いし、お互い頑張りましょう」
「ええそうね。追試なんて受けている暇はありませんもの」
妙な緊張感を漂わせたまま、2人はそれぞれの教室に戻っていった。
う~ん、どうも言葉の裏で、事情を知らない人間には見えないやり取りが色々あった気がするな。
青奥寺が九神に対して何かを探ろうとしていたのは確かだろう。そしてそれが、先日の『深淵窟』発生と関係があることだというのも。
一方で九神も、そのことに対して明らかに何らかの反応を示していた。もっともどういう意味の反応だったかは一切分からないが。
推測しようとすればいくらでもできそうな部分もあるが、知らない方が幸せということもありそうだ。
むしろ俺としては、『裏で何かやってる系』の生徒が増えたことの方が驚きである。
今度はいったい何と戦っているのだろうか。できれば霊体系はやめて欲しいんだよな、相手するのがめんどくさいから。