26章 留学生 12
「で、私たちを集めて話し合わせるっていうのもかなり無茶ですよね~。結局自分のこと隠すのも面倒になってるし」
双党が俺の胸をつつきながらニヤニヤと笑う。これに関しては双党の言う通りだからなにも言い返せない。
今いるのは宇宙戦艦『ウロボロス』の会議室だ。
結局『ウロボロス』は、異世界から戻ったあとは新良の『フォルトゥナ』と同じく、地球の衛星軌道近くでラムダ空間内に待機してもらっている。
なので今回のように、簡単に青奥寺や新良たちを集めることができる。まあ担任が教え子を部屋に呼び出すのはどうかという話もあるが、そこはもう仕方ないと諦めることにした。別に後ろ暗いことをするわけでもないし。
俺が双党にからかわれて苦い顔をしていると、青奥寺が助け舟を出してくれる。
「かがり、からかうのはその辺にして、実際レアさんにどこまで話すか決めておかないと」
「私については基本的に全部話してあるから大丈夫だよ。美園はどうするの?」
双党が俺をいじるのをやめて椅子に座り直す。
「う~ん……今のところ向こうは青奥寺家のことは何も知らないのかな?」
「多分知らないんじゃないかな~。『アウトフォックス』とやりとりをしたときに『深淵獣』の話が出たことはないんだよね」
「日本以外の国で『深淵獣』は出現してないのか?」
俺の質問には新良が答えた。
「主要国の通信等はすべて傍受してAIで処理をしていますが、『深淵獣』や『深淵窟』に類する情報がでてきたことはありません。恐らく日本だけの現象だと思われます」
「それじゃ青奥寺のことも下手に話すことはできないな。ちなみに双党、『クリムゾントワイライト』が異世界から来たなんて情報は共有してるのか?」
「それは東風原局長が一応それとなく伝えたみたいです。ただあくまでも確証がない可能性としてという扱いですね。幹部であるクゼーロがそう話している、あと彼らの拠点にこちらの科学技術では説明できない技術があった、そんな感じで伝わっていると思います」
「クゼーロの身柄とか、拠点にあった魔道具を寄越せなんてのは言われてないのか?」
「それは東風原局長より上の話になっちゃうので……。今のところは局長はなにも言っていませんし、少なくともクゼーロが移送されたみたいな話は聞いてないですね」
「ふむ……。しかし日本とアメリカの力関係を考えたらその内ゴリ押しされるのは間違いない、か」
「それはそうでしょうねえ」
双党がうなずきつつ肩をすくめる。国家間のパワーゲームはいち組織ではどうにもならないから仕方ない。
少しの間があって、新良が再度口を開く。
「ところで話の続きですが、私の銀河連邦関係の話は一切しないということでお願いします。国に知られたら地球を出ていかなければなりませんので」
「それは当然だな。新良に関しては単純にシラを切ればいいんじゃないか? 多少格闘の素養がある人間ってことにしておけばいい。どうせ調べても分からないだろうしな」
「そうですね。地球の技術では私の正体を明らかにすることは不可能でしょう」
「青奥寺についても秘密ということになりそうだな。先日獣を相手にする剣術とか話をしていた気がするが……」
俺が指摘すると、青奥寺はバツの悪そうな顔をした。
「あれはちょっと話しすぎました。でも一応そういう剣術が日本にはあるってことで大丈夫じゃないでしょうか」
「かもな。『疾歩』とか魔力とかを見せなければ問題はないだろう」
「そうすると結局ほとんど話せないんですね。世海の方はどうするんですか?」
「宇佐家の話はするみたいだ。クゼーロとの戦いに協力したということも話はするらしい。ただ『雫』の話はしない感じだな」
「なるほど、それなら青奥寺家としても『深淵獣』の話はしなくて大丈夫そうですね」
という感じで対応がまとまったところで、部屋の扉が開いて、猫耳アクセサリ付きの銀髪美少女型アンドロイドが入ってきた。
お盆にティーカップを乗せてきているのでどうやら給仕してくれるらしい。服もいつもの未来的な露出度高めのものではなく、なぜかクラシカルなメイド服だ。
「みなさんお疲れ様でっす。お茶をお入れしましたので一服なさってください~」
『ウロボちゃん』がテーブルにお茶を並べる姿を見て、青奥寺が溜息をつく。
「先生ってやっぱりメイド服が好きなんですか?」
「いやそんな趣味はない。ウロボロス、その服にしたのはなにか意味があるのか?」
「地球では給仕をするときはこの格好だと学習しました~。おかしいでしょうか?」
「ぜんぜんおかしくないからオッケーだよウロボちゃん。可愛いし似合ってるから大丈夫!」
双党が親指を立てながら食い気味にそんなことを言うと、ウロボちゃんは嬉しそうな顔でひらりと一回転してみせた。銀河連邦のアンドロイドは芸が細かい。
その姿に目を細めながら、新良が光のない瞳を俺に向けた。
「まさか戦闘砲撃艦のクルーアンドロイドがこのような姿になるとは思いませんでした。しかしこの見た目は、たしかに銀河連邦で厳しく制限されるはずです」
なにが「たしかに」なのかはあえて突っ込まないでおくとして、3人が初めてアンドロイドウロボちゃんを見た時の反応はかなり大変だった。
青奥寺は目から殺人冷凍光線を出すし新良の瞳は光を失ってブラックホールみたいになるし双党はニヤニヤが止まらないし。俺が指示したわけじゃないというのを理解してもらうのに30分くらいかかってしまった。
「ところで先生、ほかにもクルーを造らせているんですよね?」
「ああ、船を維持管理するのに1000体は必要らしい。ウロボロス、今どれくらい造っているんだ?」
「え~と、今完成して稼働しているのは275体でっす」
ウロボちゃんが指を口元にあてるというあざとい仕草をして答えると、双党がニヤっと笑う。
「もしかして全部ウロボちゃんみたいな姿なのかな~?」
「いえ、まずは数を揃えないといけないので外装は最低限にしてありまっす。数が揃ったのち外装は整える予定でっす」
「外装って、美少女型にするってことだよね?」
「地球ではそれが好まれると学習しました~。見た目はかわいいですが、艦長にいただいた未知の金属などを使用して、非常に高耐久のアンドロイドになっていまっす。装備を換装すれば、銀河連邦の汎用戦闘アンドロイドに対してキルレシオ50:1が達成可能でっす」
「ん?」
「キルレシオ」とは撃墜対墜落比のことで、「50:1」ってのは簡単に言えばこっちが1体やられるあいだに向こうを50体倒せるって話である。
と、それはいいのだが、たぶん今とんでもないこと言ったんだよなウロボちゃん。新良の目つきが刃のように鋭くなってるし。
「先生、どういうことですか?」
「ああ、俺が出したガラクタにファンタジー金属が混じってるって話だ。ウロボロス、結局どんな金属があったんだ?」
「ひとつはちょっと青みがかった銀色の、エネルギー伝導率が非常に高い金属でっす」
「あ~ミスリルかな?」
「あとは薄い金色の、硬度の非常に高い金属と……」
「オリハルコンだな」
「それよりさらに硬くて重い金属と……」
「アダマンタイトか」
「ちょっと赤みがかった、軽くて硬くてエネルギー効率の高い金属の4つですね~」
「ああ、ヒヒイロカネだな。一番のレアものだ」
なるほど、魔王軍の壊れた武具を大量に提供したわけだが、やっぱりファンタジー希少金属が結構入っていたようだ。今考えると魔王軍ってそのあたりもかなりズルだったよな。
俺がひとり納得していると、新良がズイッと近づいてきた。
「それで結局どういうことですか?」
「今言った異世界の希少金属は、普通の金属に比べてはるかに高性能な金属なんだ。どれもさびず腐食せず安定してる上に、硬度が高かったりそれ自体魔力を帯びていたり、とにかく高性能な道具が作れる優れものだ」
「優れもの、なんて言葉で片づけていいんですか?」
「まあどうせ俺の戦艦スペシャルだしいいんじゃないか?」
「キルレシオ50:1ということは1000体いたら銀河連邦の戦闘アンドロイド5万体分の戦力ということになるのですが。普通に連邦加盟の大国の軍隊に匹敵しますよ。ちなみに地球の一般陸軍兵士と戦闘アンドロイドだとキルレシオは100:1くらいになります」
「あ~……まあそのあたりは今さらじゃないか? このウロボロスだけで同じくらいの戦力だろ? そもそも俺自身がアレだし、な?」
俺がごまかし笑いをすると、新良は目の前で盛大に溜息をついた。
青奥寺はじっとこっちを見たままで、双党は再びニヤニヤし始めている。ウロボちゃんはよくわかってない顔だが、アンドロイドだから実は理解しているのかもしれない。
「まあ先生だから仕方ありませんけど……。絶対に銀河連邦には知られないようにしてください。あまりに危険すぎます」
「いざとなったら『空間魔法』に放り込んでシラを切るから大丈夫だ」
まあ俺的には今さら戦力が増えたところでどうにかなるものでもないが、レアに知られたら大変なことになりそうだな。
どの国だって、自分の国を一瞬で制圧できる戦力がフリーで存在しますなんて話を知ったら全力で対処しようとするだろう。そう考えると青奥寺と双党はとんでもない秘密を知ってしまったことになるんだが、まあ彼女らは俺に毒されてるからな。
そういう意味ではレアも毒してしまえば……はさすがにマズいか、やっぱり。