26章 留学生 10
すっかり慣れてしまった応接間にて、再び九神父の仁真氏と対面する。
「本日もお呼びして申し訳ありません。先日の件につきまして一応の結論が出ましたのでご相談できればと思います」
「こちらが無理を言っていることなのでお気遣いなく。それでどのような形になったのでしょうか?」
「まず結論として、九神の技を伝えることに関しては問題なしということになりました。伝える相手が異なる世界であるということ、さらに言えばもともとはその世界から伝えられた技術であること。さらに伝えることで今起きている『深淵窟』の異常発生が抑えられる可能性があること。そしてなにより相羽先生からの依頼であること。それらの点から、伝えないという選択肢はなかろうという結論です」
「ありがとうございます。助かります」
「ただやはりその前に、九神の者が直接向こうの責任者……女王陛下にお会いして、その人となりや現地の状況などを確認する必要があるだろうということにもなりました。どちらにしろ技を伝えるには九神の者が向こうの世界に行かねばなりませんので、その時に確認し、あまりにも信用が置けないというのならお断りすることもありうる……そのような形で対応したいと思います」
「それは当然だと思います。次回向こうの世界に行くのは、学校が夏季休業に入ってからを予定しています。その時までにどなたが行くかを決めていただければありがたく思います」
俺がそう言うと、仁真氏は目を細めて笑った。
「それに関しては世海が行くということで決まっております。護衛の宇佐朱鷺沙も一緒という形でお願いいたします」
「それは……大丈夫なのでしょうか?」
だって九神世海は次期当主である。万が一があったら大変なことになると思うのだが。
俺の質問に、仁真氏は相好を崩して答える。
「そこは相羽先生を信用しておりますので。世海とも宇佐とも、相羽先生のそばが世界で一番安全な場所だろうという話で一致しております」
「信用いただいているのは大変嬉しいのですが……」
「あら、わたくしが行くとなにか不都合がおありになるのでしょうか?」
九神が俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、そういう訳ではないよ。まあ青奥寺たちも行くことになっているから、ちょうどいいと言えばちょうどいいか」
「むしろ美園が行くのならわたくしも行かない訳には参りませんわ。宇佐も同じ気持ちだと思います」
「分かった、じゃあ九神さんに頼むよ」
まあ九神は青奥寺に対抗心があるだろうから仕方ないか。宇佐さんが同じ気持ちというのはよく分からないが。
俺が了承すると、仁真氏は「よろしくお願いします」と一礼をしたあと、隙のないキリッとしたエリートビジネスパーソンの表情になった。さすが大社長、オーラが違う。
「ところで相羽先生、その異世界に行った時に、向こうの物品をいくつか持ち帰ることは可能でしょうか?」
「ええと、まあ市販されているものならいくつか持ち帰っても大丈夫だとは思います。ただ購入するには向こうのお金が必要になりますが」
「なるほど、確かにそうですね。例えば金製品を持ち込んで換金したりはできないのでしょうか」
「たぶん可能だと思います。ただ向こうの素材などを持ってくるならともかく、いわゆる魔道具と言われる、こちらの世界の電子機器や機械製品にあたるものはこちらの世界では稼働しないと思います。こちらの世界にないエネルギーで動いていますので」
「ああなるほど。しかしそれはそれで興味深いですね。素材とおっしゃいましたが、例えばこちらの世界にない素材などもあるのでしょうか」
「有名どころだとミスリルとかオリハルコンといった金属がありますね。それは自分も持ってはいますが」
そう言うと仁真氏の目がキラリと光った。まあそこは商売人としても気になるところだよなあ。
「ふうむ、とても気になりますね。ちなみに向こうには自動車もあるのでしょうか?」
「ええ、走っていましたね。やはりこちらにはないエネルギーで動いていたようです」
「ああそうですか……。いやでもスポーツカー的なものなら是非一台欲しいですね。異世界の車がどのようなデザインなのか非常に興味がありまして」
そういえば仁真氏はそっちの趣味の人だった。
隣で九神が呆れた顔になっているので、家族の間でも話題になることなんだろう。
「お父様、それはわたくしが写真を撮ってきますので、それで我慢してくださいな」
「いや世海、車というのは立体物だから、やはり実物でないとだな……」
おっとどうやら語りが始まってしまいそうな雰囲気だ。
まあ男としては趣味の世界の話なら共感はできる。一台くらい『空間魔法』に入れて持ってきてあげてもいいだろう。仁真氏ならいい値段で買ってくれるだろうし。