26章 留学生 09
そんな感じで3日経った。
レアは予想通り、双党を中心にして青奥寺や新良とも仲がよくなったようだ。
教師としては訳あり女子同士のシンパシーと思いたいところだが、実際は青奥寺と新良に対しての調査命令がでている可能性もある。基本的には敵同士にはならないはずの子たちなので、それでせっかくの交友関係が壊れないことを願うのみだ。
水曜の昼休みに九神が職員室に来て、再度九神邸に来て欲しいという言伝をしてきた。
「今日の夜7時にお願いしたいというお話なのですけれど……」
「ええと今日は……ああ大丈夫だ。俺が直接行けばいいかな?」
「いえ、迎えを出しますわ。少し先生とは車の中でお話をしたいこともありますので」
「それなら学校でいつでも聞くけど」
「学校ではできないお話もありますから。では今夜7時に先生のアパート前にうかがいます」
九神は意味深に微笑んで、身を翻して職員室を出て行った。
その姿を見て、隣の席の学年主任・熊上先生が「う~ん……」と唸った。ちなみに熊上先生は元の熊っぽい風貌に戻りつつある。
「九神はずいぶんと相羽先生にはくだけて話すようになったねえ。家にも呼ばれてたみたいだけど、やっぱり引き抜きの話があるんじゃないのかい?」
「俺を引き抜いても九神家にメリットなんて……あ~、まあ多少はあるかもしれませんが……」
「話を聞く限りむしろメリットしかない気もするけどね。九神がすべて家のために動く人間だとは言わないけど、でもあの態度にはなにか意味があるんじゃないかなあ」
「意外とお婿さん候補に挙がってたりしてね。ふふっ」
さらに隣の席の美人副主任山城先生が、恐ろしい冗談を言いながら妖艶に笑う。
「なるほど、その線もアリかもしれないねえ。今のうちに相羽先生にゴマすっておいたほうがいいかな」
「いやいや、冗談でもそんな恐ろしいことは言わないでくださいよ。せっかくあの冷たい態度がなくなってきたところなんですから」
「まあねえ。でも九神さん自身、最近はあの壁を作る雰囲気がだいぶなくなってきたのよ。彼女も大人になって余裕ができたのかもしれないけど、相羽先生の力もあるんじゃないかしら?」
「彼女自身に対してなにかしたことはそんなにないですから関係ないと思いますよ。それより青奥寺との関係が良くなったのが大きいんじゃないかと思います」
「あらそうなの? そういえば今日レアさんと青奥寺さんと3人で話をしてるのを見たわね。確かに和やかな雰囲気だった気がするわ」
うん? 青奥寺と九神は分かるが、そこにレアが絡む理由がよく分からないな。
やはりレアは九神にも探りを入れてるんだろうか。『クリムゾントワイライト』日本支部壊滅の関係者の1人ではあるからな。
そうすると俺が九神と親しくしてるとそこも調べられる対象になるのか?
なんて考えなきゃならないんだから隠すってのはめんどくさいんだよなあ。レアの背後にデカい国がなければ隠すこともないんだが。
その日の夜、時間通りに九神家の迎えは来た。
老紳士中太刀氏が運転する車の後部座席に座ると、そこには九神世海が待ち構えていた。制服ではなく落ち着いた色のワンピース姿の九神は、やっぱりお嬢様感が凄まじい。
流れる夜の灯りに照らされた九神の顔には、年齢にそぐわない色気というか迫力というか、そんなものが備わっている。これが生まれつきの支配階級という奴だろうか。
「わざわざ九神が来るなんて、そんな重要な話があるのか?」
「ふふ、そうですわね。大変重要なお話……になるかもしれません」
また意味深な微笑みを口元に浮かべる九神。女優でもいけそうな雰囲気だ。
「まあ話があるなら聞くけどな。中太刀さんもいつもありがとうございま……ん?」
中太刀氏にお礼を言おうとして気づいたが、なんと今日の車は後部座席の前にアクリル板の仕切りがある。どうやら防音仕様になっているようだ。
「こちらのお話は中太刀には聞こえませんわ。父が社用で使う特別な車ですの」
「マジか、こんな車初めて乗るな。それでここまでしてする話ってのはどんなレベルの話なんだ?」
「そうですわね……まずは相羽先生のご趣味などを伺いたいですわ。ちなみにわたくしの趣味はヴァイオリンと古書を読むことですわ」
「ええ……? あ~、俺の趣味はなんだろう、剣と魔法の鍛錬か? 一応読書も好きだけど……いやこれってなんの話――」
「本はどのような本をお読みになりますの?」
「え、いや、普通に話題になった小説とか……国語の教師だしな」
「休みの日はやはり読書を? それとも鍛錬をされているのですか?」
「そうだな。鍛錬は欠かさないようにしてるよ。大きな声じゃ言えないけど山の奥とかでね。読書は最近はする時間がなくて……いやだから」
「先生はいろいろと女性のお知り合いも多いと聞いていますけど、特にお付き合いしている方なんていらっしゃるのかしら」
「またずいぶんとプライベートなことを聞くな」
「失礼とは思っていますが、ぜひ知りたいことなので」
なんか青奥寺と同じ圧を九神から感じる。もしやこれって下手なこと言うと処刑されるやつだろうか。さすがに九神にそれをされるいわれはないはずだが……よく考えたら青奥寺にもないな。いやまあ教師の女性関係が乱れてたら糾弾するくらいの資格はあるのかもしれないが。
「確かに身の回りに女性が多いのは認めるけど、そりゃ女子校に勤めてるんだから当然だろ? それに特定の誰かとお付き合い、みたいのはないしな」
「あら、アパートには何人も女性を入れていると美園から聞いておりますけど。彼女自身もいったことがあるとか」
いやいやいや、青奥寺さんなにを言ってんの!?
まあ女子同士の情報網がザルだっていうのは研修とかでも聞いてるけど、さすがにそれをしゃべっちゃダメでしょ。まあ一番ダメなのは俺自身だから文句は言えないんだが……
「……例のクリムゾントワイライトの件とか、そういう話をするときには入れたこともあるけどな。俺もいろいろ事情があってだな……」
「相羽先生はいろいろな方に頼られているようですから仕方ないのでしょうね。わたくし自身も先生に頼っている人間ですからそこは分かりますわ」
「理解してもらえると助かるよ」
「ふふふっ、そういうことを理解するのも女の務めですわ」
「いやそんなことはないと思うけど……」
う~ん、九神はずいぶんと古臭いこと言うんだな。そのあたりもエスタブリッシュメント的考え方なんだろうか。
その後も家族の話とか学生時代の話とかをいろいろ聞かれて……結局なにが重要な話だったのか不明なままで九神邸に着いてしまった。