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26章 留学生  03

「先生、それはなんですか?」


「ご主人様、それは……?」


 俺の手の上にある怪しげな水晶に、雨乃嬢も宇佐さんも興味をそそられたのだろう。不毛な言い合いを中断して、興味深そうな顔で近づいてきた。


「これは『魔導吸収体』という、異世界で作られた物質なんですよ。実は『深淵窟』の出現は、異世界で生み出される『魔導廃棄物』という物質が原因じゃないかと考えているんです。これはその『魔導廃棄物』を吸収する物質なんですが、なにか効果がないかと思ってもってきたんです」


 そう、実は最後女王陛下に会った時に、モンスター退治の報酬として『魔導吸収体』の試作品をもらってきたのだ。


 これが『深淵窟』でなにか反応したのなら、『深淵窟』が『魔導廃棄物』由来だという証拠になるんじゃないか、というかなり適当な考え……いや、勇者の勘に従った結果だ。


 ともかくそんな感じで取り出した『魔導吸収体』だが、俺の説明を聞いて2人は首をかしげた。


「申し訳ありませんご主人様。少し理解が追いつかないのですが……。異世界というのは、ご主人様が勇者をなさっていたという世界のことですか?」


「ええそうです。ちょっと土日に異世界に行きまして」


「えっ、先生。そんな重要なこともっと早く言ってくれないと困ります!」


「あれ? 青奥寺には言ってあったと思うんですが」


「うう、美園ちゃん私に内緒で……。もしかしてこれも寝取りの用意……?」


 親指の爪を噛むような仕草をする雨乃嬢を、宇佐さんは呆れたように眺める。


「雨乃はまた……。ところでご主人様、その『魔導吸収体』というものはなにか反応をしているんでしょうか?」


「そうですね……」


 俺は『魔導吸収体』を高く掲げてみる。今のところ特段の反応はないように見えるが、微かに『深淵窟』に漂う魔力を吸収しているようにも感じられる。


「ふぅむ、『魔導廃棄物』自体はここにはないから反応しないのか?」


 なんとなく思いついて、近くにあった鉄柵を模したダンジョン構造物に『魔導吸収体』を当ててみる。するとその鉄柵がするりと『魔導吸収体』に吸い込まれてしまった。


「ご主人様、いま……!?」


「ええ、吸収しましたね」


 さらに近くにあったパンダ型遊具に近づける。これもするっと吸収。ダンジョンは数えきれないほど潜ったがこんな反応は初めてだ。


 雨乃嬢もトリップから回復してそのおもしろ現象に食いついてくる。


「先生、それってどれくらい吸収できるんですか?」


「わかりません。とりあえず限界までやってみましょう」


 近くにある遊具や柵やゴミ箱や植木など、ダンジョン構造物を手当たり次第に吸収させまくる。


 研究所で見た限りでは、どこかで限界がくるはずだが……おっと、バレーコートくらいの広さを更地にしたところで吸収しなくなった。


「う~ん、一応これで『深淵窟』は『魔導廃棄物』由来ってことでいいのかな。全部吸収すれば『深淵窟』が消えるとかならありがたいんだが……」


 しかしこの深淵窟全部を吸収させようと思ったら、この『魔導吸収体』は1万個くらいは必要そうだ。ちょっと現実的ではないな。


 とか思っていたら、手元の『魔導吸収体』から魔力が放出され始めた。おっとこれはアノ反応だな。


「ご主人様、これは!?」


「どうやら『魔導吸収体』が崩壊するようです。多分『特Ⅰ型』の深淵獣が現れますが、2人で戦ってみますか?」


「ええ……先生そういうフラグめいたことは先に言ってくれないと困ります」


「雨乃、そういう問題ではないでしょう。ご主人様の期待に応えるのもメイドの務めです。戦わせてもらいます」


 宇佐さんがそう言ってスカートの下から片手棍を二本取り出す。


 雨乃嬢も『マサムネ』の鯉口を切って、すらりと構える。


 俺は膨張を始めた『魔導吸収体』を遠くに放り投げた。黒紫の水晶は空中で一気に巨大化するとビキビキと音を立てながら変形し、あの中型『クラーケンもどき』として地上に降り立った。


「これはイカの化物ですね。どのような攻撃をしてくるのでしょうか」


「水の槍魔法を撃ってきます。あとは触手と足の攻撃ですね。末端から潰していけば大丈夫ですよ。ただし再生するので短期決戦で」


朱鷺沙(ときさ)、足を斬るのは任せて」


「わかりました。私はなるべく注意をひきつけましょう」


 一瞬で役割分担できるあたり、この2人も息は合っているようだ。


『クラーケンもどき』がこちらに気づいて迫ってくると、2人は同時に前に進み出ていった。


 途中で宇佐さんが加速しつつ左に動く。『クラーケンもどき』の目がそちらに動き、水の槍が一瞬で生成、射出される。


 宇佐さんはメイド服を翻して、連続で飛んでくる氷の槍を避けていく。さすがの体さばきである。


 その隙をついて雨乃嬢が『疾歩』で接近、触手一本と足3本を『マサムネ』で斬り落とす。物理耐性がない相手とは言え『特Ⅰ型』を簡単に斬れるのはすばらしい。


『クラーケンもどき』は雨乃嬢を脅威ととらえてそちらに意識をもっていく。水の槍を放って牽制を始めるが、今度は宇佐さんがもう一本の触手を片手根『阿吽(あうん)』で強打する。さすがに切断できないが、強烈に弾き飛ばす。


 宇佐さんはそこで右手の棍を、『クラーケンもどき』の目に向かって突き出した。到底届かない距離なのだが、突き出された棍はその瞬間長さが5倍ほどに伸びて、『クラーケンもどき』の目玉に突き刺さった。


 実は右手の棍は俺が宇佐さんに譲った『如意棒』、つまり伸縮自在の棍なのだ。どうやらしっかりと使いこなしているようだ。


 目玉を一つ潰され、『クラーケンもどき』が意識を宇佐さんに向ける。その隙を逃さず、雨乃嬢が残りの触手と足を斬り落として、本体をなます斬りにする。


『クラーケンもどき』の足も再生を始めてはいるのだが、それが間に合うことはなく、その巨体は解体されて消えていった。


「いい連携でした。青納寺さんは攻撃力が上がってますね。もう斬れない深淵獣はいないでしょう。宇佐さんもいい動きでしたが、やはり早く魔力を身につけたいですね」


「えへへっ、相羽先生の想いが通じてますから」


「ありがとうございます。魔力はやはりご主人様のものを吸収しないといけません」


 2人がそれぞれ妙なセリフを言いながら戻ってくる。


 雨乃嬢が拾ってきた『深淵の雫』を俺に渡す。


「いやこれは青納寺さんが持ち帰って――」


 と言いかけて、俺はふとその『雫』に目を落とした。


 そういえばこの『雫』は、あっちの世界では魔道具の材料になると言っていた。その加工の過程で『魔導廃棄物』が排出されるとも。


 こちらの世界では『雫』は九神家がなんらかの手段で別のものに変化させて活用しているという話だったが、そこで『魔導廃棄物』に相当するものが排出されているという話は聞いたことがない。もしかしたら俺が知らないだけかもしれないが、ちょっと確認する必要はあるかもしれない。


「宇佐さん、九神家ではこの『雫』を使ってなにかを作っているんですよね?」


「はい。なにを作っているのかは申しあげることはできませんが」


「その時に、なにかこう気味の悪い、タールみたいな物質が排出されるなんて話を聞いたことはありませんか?」


「はい? ……いえ、そのようなことは聞いたことはありません。お嬢様が『雫』を扱うところは何度も見ておりますが、そういったことは一度もなかったと思います」


「ふむ……。九神さんが『雫』を加工しているところを見ることは可能でしょうかね。ちょっと気になることがありまして」


 無理な話かもと思ったが、宇佐さんは少し考えてからうなずいた。


「恐らくご主人様が頼めば見せてくれるとは思います。ただそれは、ご主人様が九神家に今以上に深く関わることを意味することになりますが」


 ん~、現時点でもう十分深く関わっている気もするが、これ以上関係が深まるというのはどういうことだろう。まさか九神家が犯罪行為をやっていて、共犯者になるとかそんな話ではないとは思うのだが。


「……分かりました。どちらにしろ話をうかがったりもしたいので、できれば九神のお父上にも話を通した上で見せていただきたいですね。自分から連絡をして大丈夫でしょうか?」


「問題ないとは思いますが、今日このあとお嬢様にお伝えしておきます。そうすれば、明日学校でお嬢様からお話をされるでしょう」


「助かります。では申し訳ありませんがお願いします」


 うん、できれば転校生とやらが来る前に一度確認をしておきたいな。


 しかしどうやら『深淵窟』が『魔導廃棄物』由来というのも確定した感じだし、そうなるとやはり『あっちの世界』の『魔導廃棄物』をどうするかが重要だな。


 九神家にいって話を聞くことで、その解決の糸口がつかめるといいんだが。

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[一言] 深く関わる(お前がパパになるんだよー)
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