26章 留学生 02
火曜日から期末テストが始まった。もちろん青奥寺たち訳あり娘も普通にテストを受けている。
青奥寺と双党は今も例の『定在型深淵窟』の対応に追われているはずだが、さすがにテスト期間中は免除してもらっているらしい。
俺が武器を貸した『白狐』や宇佐家も対応しているので問題はないのだろうが、ちょっと気になったのでテスト初日の午後、下校指導を行ったあと俺は『定在型深淵窟』の様子を見に行ってみた。
廃業した遊園地跡地には、立入禁止の表示がかなり厳重になされていた。
近づいていくとどこからともなく『白狐』の隊員が現れて「立入禁止です」と声をかけてくる。
しかし来たのが俺だと分かるとすぐに遊園地の中に案内してくれる。すっかりこっちでも顔パス勇者になった感がある。
ドーム状の『深淵窟』がある中央広場は、すっぽりと仮設の建屋に覆われていた。
確かに上空から黒い半球の『深淵窟』が見えてしまうのはマズい。当然の処置ではあるだろう。
その建屋のそばには仮設の事務所が設置されていて、青奥寺関係の人たちや『白狐』の隊員、宇佐家の人間が数名出入りしているのが見えた。
近づいていくと、その事務所から黒髪をポニーテールにした、パンツルックの美人女子大生が出てきた。
「青納寺さんお疲れさまです。深淵窟はどんな様子ですか?」
「あっ相羽先生! 私に会いに来てくれたんですね!」
キリっとした美人顔をニヘラッと崩しながら、雨乃嬢が駆け寄ってくる。
「ええ、いや、様子を見に来ただけなんですが」
「私の様子を見に来てくれたんですね!」
今日は青奥寺がいないせいか圧が強いな。そういえば初対面の時も別の方向に圧は強かった気がする。
「いえそうではなく深淵窟の……もちろん青納寺さんのことも大切ですが……」
「はぅっ! 大切ってそんな面と向かってはっきりと言うのはダメですよ。寝取られのフラグがたちますからっ!」
「いや寝取られって……」
「先生は青奥寺の分家筋でもすでにBSSの伝道師とか言われてるんですからね。先生はフラグの塊であることを意識してください。ちなみに私のフラグは回収待ちです!」
『全言語理解』スキルがあっても理解不能な言葉をあびせてくる雨乃嬢。いったい彼女は何語を話してるんだろうか。
「あ~、青納寺さんがお元気なのは分かりましたけど、深淵窟はどんな感じなんでしょうか」
「はい、私は元気です。深淵窟はなんとか今のところは対応できてます。これも相羽先生が武器を貸してくれたお陰です。あ、もちろんこの『マサムネ』のことは先生だと思って大切に使ってます!」
雨乃嬢はトリップ顔で両手で抱えたファンタジー日本刀『マサムネ』に頬ずりする。確かに俺があげた武器ではあるけど……まあ気に入ってくれてるならいいか。
「なにか騒がしいと思ったら雨乃ですか。大学生になったのだから少しは落ち着いたら……あ、これはご主人様」
俺がちょっと反応に困っていると、仮設事務所からメイド服姿の眼鏡美人が現れてこちらへと歩いて来た。
九神家の守護を担う宇佐家のエース、宇佐朱鷺沙嬢だ。深淵窟で戦う時もメイド服とは、さすがプロフェッショナルな戦うメイドさんである。
「しばらくご主人様にお会いできずに寂しく思っておりました。わざわざ会いにきていただけるとはメイド冥利に尽きます」
「宇佐さんもお疲れ様です。怪我などはしてませんか?」
「メイドの身体を心配してくださるとはなんとお優しい。もちろんご主人様に捧げるこの身体、深淵獣ごときには指一本触れさせません」
んん? なんか妙な言い回しをされたような……。
いや、ここで言う『ご主人様』は俺のことではなく九神世海のほうのことだろう。彼女はいま2人のご主人様に仕えていることになっているからな。それなら宇佐さんの言っていることも特におかしくはない。
「ちょっと朱鷺沙、どさくさに紛れてなにを言ってるの!? そういうセリフが寝取られフラグになるからダメ。特にメイドがご主人様にそんなこと言ったら100%フラグが立つからね」
「相変わらず雨乃は意味の分からないことを言いますね。私がご主人様以外のものになることはありません。絶対に、です」
「だ~か~ら、そういうのがダメなの! あっ、でもフラグを立ててもらったほうが私にとってはいいのかも? そうすれば相羽先生を独り占めに……でもそうすると今度は私のほうに逆寝取られフラグが……?」
「ああ、もうこうなると何を言っても無駄ですね。ご主人様、雨乃は放っておきましょう」
まだぶつぶつ言ってる雨乃嬢を横目に見ながら、宇佐さんが溜息をつく。雨乃嬢の言っていることが理解できないのは俺だけじゃないようだ。
「ところで宇佐さん、深淵窟の方はどんな感じですか? さすがに特Ⅱ型は出てきてないみたいですが」
「ご主人様が特Ⅱ型を倒されてからは最高でも甲型までしか現れていません。ご主人様に強力な武器をいただいているので、宇佐家のものも十分に対応できています」
「武器があるとはいえ、あの化物に臆さず対応できるのはさすがですね。こちらの世界に宇佐さんのような方が多くいらっしゃるのは本当に驚きますよ」
「そんな。こちらこそご主人様のように、力を持ちながらもそれをひけらかすことなく、それでいて正しく使うことができる方がいることに驚いています」
「まあそこは勇者としていろいろありましたからね。さて、ちょっと深淵窟の中を覗いてみましょうかね。俺が入っても大丈夫ですよね?」
「もちろんです。ご一緒に参りましょう」
宇佐さんがすっと俺の隣に寄り添ってくる。メイドさんの定位置ということなのか、時々このポジショニングをとるんだよな。
すると雨乃嬢も慌てて反対側にやってくる。『深淵窟』を前にすると元のキリっとした顔に戻るのはさすが青奥寺一門という感じだが、いつもこうならイメージが違うんだがなあ。青奥寺の話だと普段はキリっとしてるみたいなんだが……
3人でドーム状の『深淵窟』に入ると、以前入ったときのように、そこは廃棄された遊園地を模した解放型ダンジョンになっていた。
水晶型探知アイテムの『竜の目』を使うと、2か所で『深淵獣』とこちらのメンバーが戦っているようだ。反応から見て丙型までしかいないようだから大丈夫だろう。
「最初の時ほどの魔力は感じない気がしますね」
「ご主人様が『特Ⅱ型』を倒されたからでしょう。今のところ対応はかなり楽ではあります。ただ24時間体制をとらないといけないのが面倒ですね。私も早くご主人様との魔力トレーニングを再開したいのですが……」
「朱鷺沙は私の魔力を吸収してトレーニングできてるんだから、もう相羽先生のところに行かなくても大丈夫でしょ?」
「雨乃の魔力とご主人様の魔力では質があまりに違いすぎます。ご主人様の、あの森の清浄な空気のような魔力でないと私の心も体も満たされないのです」
う~ん、魔力に違いがあるというのは聞いたことがないが……一応密度の違いとかはあるんだろうか。
「そんなこと言って、単に先生と二人っきりになりたいだけじゃないの? 朱鷺沙は昔からむっつりだったからね」
「誰がむっつりですか。妙な本で妙な知識ばかり増やしている雨乃に言われたくはありません」
なんか幼馴染同士にはさまる男になってる気がするな。かなりいたたまれないので本来の目的を行おう。
俺は『空間魔法』から黒紫色の、いびつな水晶のような物体を取り出した。
※※感想について※※
拙作『勇者先生』をお読みいただいてありがとうございます。
本作についてはいくつも感想を いただいているところですが、現在本作を含め複数の書籍化作業が入っており、さらに本業のほうが以前より多忙化して、web連載版の執筆の時間がとりづらくなってきてしまいました。
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