26章 留学生 01
異世界から戻ってきた翌週は、火曜から4日間期末テストがあるテスト週間だった。
テストは異世界に行く前に作成が終わっているので、教師の俺としては一息つけるタイミングである。逆に生徒は一番嫌な時間だろう。
月曜の放課後、生徒たちを帰したあと校長から呼び出しがあった。
いつもの通り校長室の応接セットに座ると、対面にウェーブのかかったセミロング女優系美女の明智校長が腰を下ろす。
横には第2学年主任の熊上先生と、副主任の山城先生もいる。
普段とちょっと違う雰囲気に少し緊張していると、校長が軽く目礼をしてから口を開いた。
「急にお呼びして申し訳ありませんね。相羽先生は公私ともにお忙しいようですが、特に私的なほうは最近いかがですか?」
「そうですね、例の『深淵窟』については青奥寺家や九神家で対応をしているので自分の方は今のところなにもありません。昨日一昨日と異世界に行ってきたのですが、そちらは夏休みに入ってから本格的に対応する予定です」
隠してもしょうがない、というか夏休み期間にガッツリと休みを取る予定なので、異世界の話はしてしまった。
校長先生だけなく熊上先生も山城先生も一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。極めて普通の反応だな。
「そ、そうですか。その、異世界ではなにか問題が起きているのですか?」
「実は今回の『深淵窟』騒ぎの原因が異世界にあるようなんです。なのでできれば夏休みの間にそちらを解決できれば……少なくとも解決の入り口くらいにはたどりつけたらと考えています」
「つまり相羽先生が異世界に行くのは、こちらの世界を守るためということですか?」
「そうなります。恐らく青奥寺や新良、双党、それから中等部の大紋絢斗、三留間とねり、それと初等部の神崎リーララも連れていくことになります。あらかじめご承知おきください」
「それは今明蘭学園にいる『訳のある』生徒ほぼ全員ということですね?」
「はい。事態解決のために必要なので」
これは半分……というより90%くらいは嘘である。
単純になにかするだけなら俺と『ウロボロス』と、せいぜい案内役のカーミラがいれば十分だ。ただ彼女たちを連れていかないと処刑……後で恨まれるからな。これは身を守るために必要な措置である。
もちろん青奥寺たちにとっては貴重な体験になるだろうし、訳ありの人間として今後異世界と関わる可能性もあるだろう。そういう点では必要な生徒に体験学習をさせるという、教師としての業務と言えなくもない。
「そちらは分かりました。熊上先生、相羽先生については夏期講習の講師は免除する方向で調整をしてください」
「分かりました。今年も夏期講習は希望者のみの予定なので問題ありません」
熊上先生が答えてから俺の方を見てうなずいた。これはありがたい配慮である。やっぱり正体をバラした方が話が早くていい。
「ありがとうざいます」
と礼を言うと、明智校長はニッコリと笑った。
「相羽先生のそちらのお仕事を思えばこれくらいの対応はするのが当たり前です。今後もこういった対応が必要な時は申し出てください」
「分かりました。その時は相談にうかがいます」
「ええ、そうしてください。さて、とても重いお話をした後ですが、本来の学校の話に戻しましょう。実は2学年に急に留学生が一人来ることになったのです。そこで主任副主任と相談をした上で、その留学生を2年1組で受け入れるようにお願いをしました。つまり相羽先生に、その留学生の対応をお願いしたいのです」
「は、はあ……」
うえ、そっちの方が俺にとっては異世界よりよっぽど重い話なんですが。ただでさえ臨時担任でいっぱいいっぱいなのに、その上で留学生対応というのはちょっと厳しくないでしょうかね。
そんな気持ちが顔に現れていたのか、校長は多少申し訳なさそうな顔をして、しかしそれでもはっきりとこう言った。
「留学生のことを相羽先生にお願いするのは、明らかにオーバーワークになるのは分かっています。しかしそれでも今回の件はどうしても相羽先生にお願いしないといけないのです」
「それは……?」
「今回来る留学生が、青奥寺さんたちと同じく『訳のある』生徒だからです。レア・ハリソン、彼女はアメリカの対『クリムゾントワイライト』機関、『アウトフォックス』の一員なのです」
『アウトフォックス』――それはかつて双党が一度だけ口にした、どこかの機関の名前だった。もう数か月も前の話なので正直『アウトフォックス』なんて名前すら忘れかけていた。
まさかそれが今頃になって出てくるとは思わなかったが、それが他国の対クリムゾントワイライト機関だというなら今関わってくるのはむしろ必然ではあった。なにしろ日本は、少し前に世界で唯一クリムゾントワイライトの支部を殲滅した国になっているのである。
「ええと、それはもしかして向こうも正体を知らせつつ転校を希望してきているということですか?」
「いえ、もともとは正体を隠して来るつもりだったようですね。ただ少し強く念を押したら正直に答えてくれました」
ニコッと女優が演技するように笑う校長。やっぱりこの学校の校長だけあって、そのあたりの押しの強さはあるわけだ。
「それは……なるほど。しかしそうなると、ハリソンさんもなにか目的があって留学に来るわけですね」
「でしょうね。もっともそのあたりは相羽先生の方がお詳しいと思いますけれど」
「そうかもしれません。それで、彼女はすでにこちらのことを知っていてやって来るということでいいんでしょうか?」
「レア・ハリソンさんとその背後にある『アウトフォックス』がこちらの情報をどこまで掴んでいるのかは分かりません。ですので、不用意に彼女に生徒たちの秘密を話すようなことは避けてください。それはもちろん相羽先生自身についても、です」
「わかりました。注意をしながら対応します」
ま、この学校にわざわざ留学しに来るくらいだから、すでにある程度の情報は持っていると考えるのが妥当だろう。
双党も言っていたが、『白狐』はすでにある程度の情報を海外の機関に伝えている。その上で探りに来るというのなら、レア・ハリソンという名の留学生の目的は一つしかない。
クリムゾントワイライトの支部長であるクゼーロを倒した謎の人物――勇者の存在を探り当てること、だ。